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第18話:外堀のコンパイル

真摯に向き合えばわかってもらえます

「じゃ、僕これだけあればいいんで。……あとの領地運営とかの面倒なログは、カイルさん、全部受理アクセプトしておいてくださいね」


ハミルトン邸の一室。

机の上に広げられた「国王直轄地の暫定授与通知」を前に、カイルは物理的な処理落ちでフリーズしていた。


「お、俺が、ここの領主……? 辺境とはいえ、今日から!? 子爵、子爵か......。名前だけって言われても、現実感がちっとも……えっ、おい、ルーカス!?」


カイルの狼狽をノイズとしてパージし、ルーカスは山のような書類の中から、自分に関する「名誉男爵内定」と「騎士叙任」のペラ一枚だけを、鮮やかな手際で抜き取った。


「あ、よかったですね、カイルさん。そこ、僕の家も近いんです。さて、必要書類アクセスキーは手に入りました。……ちょっと、大事な『上書き保存(ご挨拶)』に出かけてきます」


「え、あ、ちょっ、ルーカス!?」


ルーカスは、呆然とするパーティメンバーを背に、軽やかな足取りで邸を後にした。


「......はぁ」


全てを仔細なく理解したゼノだけが、ルーカスの背中を見送りながら、これから災厄に遭遇するだろうユス団長に祈りを捧げた。


「では、書類を整理しよう、カイル。1ヶ月前倒しになっただけだ。こうなった以上、受け入れるしかない。私の実家は男爵だし、『名誉男爵』は叙爵式の準備だけでいいから。お前の仕事は、私も責任を持って手伝う。領地の現状把握、今後の方針、人事、さらにお披露目までに礼儀作法を一通りと、衣装の新調もいるな」


「.........あ、ああ、そう、だな」


深刻そうな二人を前に、ガラムは呑気だ。

『直参の家臣(騎士待遇)』の種類を手に、ペラペラと表裏をひっくり返している。


「こんな紙っぺらまで王宮は凝ってんのな。カイルの部下、ね。給与はカイルからになるのか?そんで、俺は何が変わるんだ?今までと変わんねぇなぁ?」



途中、ルーカスはかつてリーゼに散々聞かされていた『馴染みのパン屋』に立ち寄る。

ルーカス自身がここに来るのは初めてだ。

だが、その『日常』の空気に、どこか頬が緩む。


「リーゼが一番好きな、あの甘いパッチ(パン)を。……ええ、袋は二重にして。香りが逃げないように」


店主の世間話を 1bit も受け流すことなく、事務的な微笑みで支払いを済ませる。

店の外で、自分用に買ったパンを一つ口に放り込む。

胸焼けがしそうなほど、甘い。


リーゼと過ごした幸福な半年。

婚約があると、別れを切り出された時の喪失感。


「......さぁ、奪還だ」


(……お義父さん。……前回から12.2日。……そろそろ、僕という存在をシステムの一部として『常駐』申請を受理する時間です)





王都騎士団宿舎、団長室。

そこは、王国の英雄ユス・フォン・シュトラウスが、山積みの軍務バグと格闘する最深部だ。


「止まれ! ここは……ッ、貴様は、あの時のポーターか!?」


「おや、覚えていていただけたとは僥倖です。……もう『騎士』のルーカスになります。……あ、あと『男爵内定者』でもありますね。……邪魔ノイズですよ、通してください」


書類をにこやかに提示して、ルーカスは奥へ通し通る。


衛兵が言葉を失う間に、ルーカスは音もなく扉を開き、騎士団長室という名の檻へログインした。


「……どうも、お久しぶりです、お義父様」


机に向かっていたユスが顔を上げた瞬間、部屋の温度が 1bit 下がった。

そこには、かつての「無垢な世間知らずのポーター」の皮を脱ぎ捨て、剥き出しの独占欲を「騎士の権威(男爵内定あり)」で包んだ怪物が立っていた。


「……ルーカス、聞いているぞ、暁の金鱗の活躍。陰ながら支えたポーターだと?私は信じない。で、その手に持っているものはなんだ」


「差し入れですよ。リーゼさんが『世界で一番美味しい』と評価ログしていたパンです。……冷めないうちに、一緒にどうですか?」


ルーカスは、重厚な執務机の上に、無造作にパンの袋を置いた。

そして、その隣に。

国王の印影が鮮やかに刻印された「授与通知」を、処刑宣告のように滑らせる。


「……騎士になりましたよ、お義父様。それに、男爵の内定も。これで、どこの馬の骨ともわからない異国人(部外者)じゃないですよね?」


ユス団長の瞳が、その書類をスキャンし、絶望に染まっていくのをルーカスは見逃さなかった。


「この授与速度、あり得ない。……ハミルトンの差し金か。……いや、貴様が……国王を唆したのか……!」


「……あははははは!人聞きが悪いですね。国王陛下の頭が軽いのは確かですが、それを『王国の守り』である貴方が言っちゃいけない。まぁ、どちらでもいいじゃないですか。……重要なのは、僕が『システム上の正解』を手に入れたという事実です」


ルーカスは、一歩、逃げ場のない英雄の間近へと踏み込む。

その瞳の奥で、琥珀色の光が不気味に発光した。


「……娘さんをください、お義父様。……もう、貴方が彼女を『檻』に閉じ込める必要はありません。……これからは、僕のディレクトリ(手元)で、1bit の狂いもなく保護(独占)してあげますから」


パンの甘い香りが、騎士団長室の張り詰めた空気を、不潔に、そしてスマートに侵食していく。


「……貴様……っ、本気で……リーゼを……」


「……あはは。本気マジ以外に、何かあると思いますか? リーゼのためだけに、僕は聖域を出てきたんです。ねぇ、お義父様。……受理アクセプトしてくれますよね? それとも、また僕に『強制排除デバッグ』のコマンドを打たせたいんですか」


ルーカスはサングラスを外し、縦の瞳孔が放つ獰猛な捕食者の目で、ユスを見る。

身長差から、ルーカスが下から見上げる形にも関わらず、ユスはまるで巨大な何かに見下ろされるかのように動けない。


「聖女様の名薬の材料を提供し、穀倉地帯の害獣と汚染を除去した。鉱山の竜を排除して、占拠された流通路を解放して、ミスリル鉱山を発見した。次は何がいいです?隣国の侵略?それとも......僕が反逆して、国ごと飲み込むのがお好みですか?」


英雄の拳が、机の上で震える。

目の前の青年が差し出したのは、リーゼの幸せという名の「毒入りのパン」と、拒絶を許さない「上位者の命令」だった。


「……勝手に、しろ。もう、貴様の顔など見たくもない」


騎士団長ユス・フォン・シュトラウスは、吐き捨てるようにそう言った。

それは、王国最強の英雄が、一人の若き「怪物」に完敗を認めた、歴史的なシステム崩壊の音だった。


「あはは。……受理アクセプト、ありがとうございます。じゃあ、こちらにサインを。ええ、三箇所。……はい、お疲れ様でした」


ルーカスは、ユスの指先が屈辱で震えていることなど 1bit も気に留めず、事後承諾の署名を鮮やかに回収した。

用は済んだとばかりに、事務的な笑顔で踵を返そうとするその背中に、ユスは椅子を鳴らして立ち上がり、絞り出すような声をぶつけた。


「……待て。最後に、手合わせはどうだ?」


それは、言語(書類)による統治を放棄し、己の原点である「暴力」という古いOSで、目の前の怪物をデバッグしようとする英雄の最後の足掻きだった。


「……なるほど。英雄様は知より武勇をお求めで? あはは、いいですよ。ただ……今の僕、『加減』という名の制御リミッターが物理的に壊れているんですが、よろしいでしょうか」


ルーカスは、何重にも包帯を巻かれた異形の右腕を、ゆっくりと、愛おしそうに持ち上げて示した。

そこから漏れ出す、この世のシステムを歪めるような悍ましい魔力の波動。


それを見た瞬間、ユス団長は直感した。


目の前の「元・ポーター」は、もう人間の尺度で測れるデータではない。戦えば、この騎士団宿舎ごと、自分の存在を「消去(消滅)」される。


「…………リーゼを、傷つけるなよ」


ユスは、力なく椅子に座り直した。

拳を握りしめ、眉を顰め、一人の父親として、喉の奥から這い出した「祈り」にも似た敗北のログ。


「あはは。……お義父様、話が噛み合いませんね。彼女はもう、僕の一部サブルーチンになるんです。……聖域うちに戻りさえすれば、どんな傷も、記憶も、僕が完璧に『治して(書き換えて)』あげますから」


ルーカスは、サングラスの奥で琥珀色の瞳を不気味に発光させ、完璧な行政官の微笑みを崩さなかった。


英雄の、泥のように暗い沈黙。

怪物の、一点の曇りもない全能の笑み。


その部屋の温度を 1bit 下げたのは、どちらの感情だったのか。

答えを出すまでもなく、この瞬間に、シュトラウス家の「未来リーゼ」という権限は、完全にルーカスのディレクトリへと移動ムーブした。



ハミルトン邸に戻ると、そこは戦場という名の「事務センター」と化していた。

ハミルトン伯爵が貸し出した数名の事務員が、無機質な羽ペンの音を響かせ、その中央でカイルとゼノが死んだ魚のような目で、山積みの帳簿と格闘している。


「……あ、ルーカス。お前、どこ行って……いや、聞かなくてもわかる。その顔、女のとこだな?……もういい、詳しくは後で聞く。俺はもう、この『不正受給の疑い』っていう書類の山だけで限界だ……」


「カイル、喋るな。ペンを動かせ。……だがルーカス、流石にこの量は、正式な叙勲までに終わらんぞ」


ガラムは早々に「俺には無理だ」と物理的な巡回(散歩)へパージされたらしい。

そんな地獄の最深部へ、ルーカスはパンの袋を下げたまま、軽やかな足取りでログインした。


「はい、じゃぁこの糖分(パン)はカイルさんにあげましょう。ハミルトン様。お義父さんからサイン貰ってきました。……それで、男爵受理、数日中に早めたいんですけど。見返りに、何か『いいお仕事』、ありますか?」


傍らで優雅にワインを傾けていたハミルトン伯爵が、愉快そうに喉を鳴らした。

ルーカスが持ち込む物事は全て、彼にとって利権に化けている。

彼にとってルーカスとその周囲を見守ることは、一周回って娯楽と化していた。


「ははは! お前という奴は、本当に欲に忠実だな。……少し待て。仕事なら、今まさにお前の目の前にあるだろう? 王直轄地の『膿』をすべて掃き出さねば、カイルの着任は成立しないのだ」


バサリと、抜粋書類をルーカスの前に差し出した。


「前任が廃嫡されてから長いこと放置されていた領地でな。書類の抜けも多く、明らかに収支が合わない。領地が運営されているのに、純益がゼロのはずがない。これはプロの事務員を投入しても、一ヶ月で収集は難しいだろうな」


「......放っておいても、現状で運営は回っている。最悪、領地の運営権移行だけ遅らせて.....」


ゼノが現実的妥協点を提示する。


「ああ。……『お仕事』、ここにありましたね」


ルーカスは、ゼノが血眼でチェックしていた厚さ五センチはある帳簿を、歩きながら手早くめくった。

一秒、二秒。


琥珀色の瞳が、紙面に並ぶ数字の羅列を、高速でスキャン(演算)していく。


「……ゼノさん。これ、12ページ目の資材費と、48ページの人件費のログを照合してください。1bitの狂いもなく、中抜き用のダミー口座が浮き出ますよ。あ、あとその隣の帳簿。……82ページから後ろは全部『嘘』です。インクの質が、そこだけ不自然に新しすぎる」


「……は?」


ゼノの手が止まる。


「ハミルトン様、ちょっと王室の財務帳簿見に行ってきていいですか?確認したいことがありまして」


数時間後、王室から帳簿コピーをルーカスが持ち前ってきた。

その指摘した箇所を再スキャンした事務員から、悲鳴に近い報告が上がる。


「……不正、ありました! 二重帳簿だと思われますが、これ、整合性とれてません。5年前の帳簿と数値が違います。こ、これだけで、数億金貨の横領が立証できます!」


「あはは。……はい、お掃除完了(デバッグ終了)。……ハミルトン様。これで僕、『男爵』として受理される資格、十分ですよね?」


ルーカスは、呆然とするゼノとカイルを背に、にっこりと微笑んだ。

その手には、まだリーゼの好きなパンの甘い香りが、不潔なほど幸せそうに漂っていた。

帝国公安委員会 聖遺物保全局監査官:「横領?貢献ポイントは貯めたか?A01を騙せると思うなら、お前はこの国に向いてないな」

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