第59話
翌朝、旅立ちである。私のことを『エンチャンター』だと誤認させておきたいので、エンチャント以外の魔術、バフは封印である。【クリーン】がすごく使いたいけど。どうでもいい話だが【クリーン】は無属性魔法の分類である。
まずはアーレンスの森に入る。地元民の誘導で、上手いことフォレストウルフの縄張りを避けていく。時折野生動物が出るが、護衛騎士の方も含めて腕はいいのでサクサク倒して進める。森の深部へ進み、国境を越えた。国境を越えると急に常闇が広がっていた。護衛の人々はランタンに火を灯す。私たちも自分のリュックから(ほんとは収納リングから)ランプを取り出し、明かりをONにする。
「この辺りからマルフォーレ国じゃ。森を出るとすぐにアンデットタウンになっておるから気を引き締めよ。」
「ええ。」
私は知らないが各神殿には必ず光明石という石が祀られているらしい。光明石自体はさほど珍しい石ではないが【祈祷】を持っている『神官』が祈りを捧げ、力を込めた光明石は祭壇に設置されると、ありとあらゆる穢れを祓う無敵のアイテムになるらしい。しかし何らかの人災、もしくは天災で光明石の効果が切れたまま放置されると、厚い雲で太陽が遮られ、まず墓地からアンデットが湧く。そしてそのアンデットに怪我をさせられた者が瘴気を纏い、次のアンデットになる。アンデットが鼠算式に増えていく現象である。祭壇に光明石を捧げればすぐに騒ぎは収まるのだが、事情を知る神官などが真っ先にやられると、アンデットを食い止める者がいないまま事態が深刻化する現象が稀にあるらしい。普通は深刻化する前に誰かしら止めるものらしいが。ダイダンの街では深刻化しているようだ。
「来たわよ。ジゼルちゃん!」
「はい!」
森をもうすぐ抜けるというところでベルさんが声を上げたので、私は護衛や姫様を含める全員に【エンチャント・光】をかけた。エンチャントがかかっていると、アンデットに怪我を負わされても瘴気を打ち消せるらしいので、非戦闘員である姫様や侍女にもエンチャントをかけている。姫様の護衛には基本姫様の守りを固めてもらって、実際に戦闘するのは『銀の匙』のメンバーである。肉の爛れた歩く腐乱死体がずるずると鉈を引きずりながら出てきた。
皆でザクザク斬りながら、神殿への道をひた走る。私たちは神殿の場所など知らないが、護衛騎士たちは熟知しているので案内は任せた。
「そなたら…強いのお…」
姫様が吃驚している。私以外のみんなは腕前が確かだからね。ミーニャさんはややパワー不足だけど。【攻撃力UP】のバフをかけると中々なのだが、今回は人目があるのでバフの使用を慎んでいる。
前方にアンデットの集団が…慌てず騒がず、イシュさんが多重盾を展開してシールドバッシュした。アンデットたちが形勢を崩しているうちにみんなで斬って灰に変えてしまう。ランタン片手なので中々苦労する。イシュさんは両手が塞がっているのでランタンは持てていない。
姫様の顔の脇をベルさんのスローイングナイフが通り抜けた。
「ひっ!?」
「何をするっ!?」
ローラさんが気色ばんだ声を上げる。
「敵よ。」
ぽたりと蝙蝠がナイフに刺されて落ちている。アンデットの眷属であるらしい。
「……。」
サクサク敵を倒していく。
「街の人はどうなったのでしょうか…」
「食料と水が持てば籠城している人たちもいるかもね。」
「というか、いてもらわねば困る。光明石を祭壇に設置して、姫様たちは旅立つとして、祭壇の傍で見張ってくれる人員がいなければすぐにアンデットタウンに逆戻りだ。ボクたちはそこまで責任持てないぞ。」
「それは困るっすね。」
わらわら湧きいずるアンデットを倒しつつぼやく。
「その場合次の責任者が来るまで、君たちに街にいてもらうということに…」
「それは依頼の範疇外ねえ。」
ベルさんが却下した。
「別料金で…」
「一考の余地は出来たけど、正直あんまり気は進まないわ。」
「とりあえずは祭壇に辿り着いてからにゃ。」
わらわら襲い来るアンデットを灰に変える作業に忙しい、鉈だとか鍬だとか微妙に武器持ってるとこが恨めしい。動きはそんなに素早くないが、「自分が攻撃されたくない」という思考を全く持たないので滅茶苦茶な動きで襲ってくる。
アンデットを灰に変えつつ、薄暗い神殿に辿り着いた。
「祭壇はこちらだ。」
ロッソさんの案内で祭壇の元へ行く。祭壇は四角錐の頂点に胡桃ほどの大きさの石を供えるようになっているらしい。祭壇の上の光明石は割れていた。シャープさんが懐から新しい光明石を出して、祭壇に供えた。祭壇がぱっと光り、一筋の光を天に放ち、分厚い雲を解いてゆく。太陽が顔を覗かせ、晴天の青空が広がる。アンデットたちがさらさらとした砂になって消える。
「やれやれじゃ。」
「姫様、昼食をとりましょう。生存者の探索は食後です。」
「そうじゃな。」
私たちは『迷い人の糧』から食料を取り出し、それぞれ『クリエイトウォーターボトル』からカップに水を注いで飲む。どちらもぱっと見普通の食料ケースと水筒に見えるので問題ない。
姫様とパラパラ喋る。どうもマルフォーレ国内がちょっときな臭いとの噂らしい。突然の国王の老衰。このようなアンデット騒ぎ。シルディア国とは反対側の隣国であるヤカール国の工作が疑わしい…とのことだが、国王は毒なら治癒術師が【アンチポイズン】をかけているだろうし…と悩ましいらしい。
私はベルさんに柱の陰に連れ込まれた。タブレットで『呪い返しの呪符』を購入してほしいとのことだった。ベルさんは国王が呪われているのではないかと疑っているらしいな。呪われていたら普通神官の【アンチカース】で呪いは解けるはずだが、【アンチカース】を重ねがけしても呪い状態に戻ってしまったイシュさんの前例を知っているだけに怪しんでいるようだ。私は素直にタブレットに50万吸わせて呪符を購入した。
「姫様、効果はないかもしれませんけれど、国王陛下にお会いになったら…」
と『呪い返しの呪符』の使い方を説明している。姫様は半信半疑だったが、気休め程度に…との気持ちで呪符を受け取った。
「ともあれ、そなたらのおかげで無事にマルフォーレ国を闊歩できる。まずは依頼を一つこなしてくれたことへの礼を言おう。ギルドから金を受け取ってくれ。あとマルフォーレ王家が後ろ盾となる証の飾りボタンをやろう。王家の紋章が入っている。我が国の貴族に無理をきかされそうになったらそれを見せるが良い。」
ベルさんが紋章の入ったボタンを受け取った。宝石に金で紋章が入れられているらしい。見るからに高そう。
「わかってると思うが売却は重罪じゃぞ。」
「ええ。」
「あと、そなたらには一つ申し訳がないことがある。」
「何かしら?」
「そなたらが王家の姫の依頼でアーレンスの森を抜けてダイダンの街に入った。これは王家の姫の依頼であり、護衛であるので合法じゃ。そして依頼を達成したということは無事にマルフォーレ国に入ったという記録が残る。じゃが、我らはこのまま王都へ向かう。その方らが次にアーレンスの森に入ってシルディア国へ入ると関所抜けの罪に問われることとなる。」
「つまりマルフォーレ国内を通って通常の関所から国境を越えろということかしら?」
「遠回りさせて申し訳ないが、そういうことじゃ。」
「うーん…上手くいけば帰りもイシュのご両親に会えるかと思ったんだがなあ…」
「申し訳ない。関所の兵に提出する事情説明の手紙は書く故、勘弁してほしい。あとマルフォーレ国の国境は手紙で抜けられるがシルディア国側の兵には金を出す必要がある。その金は今渡しておく。」
ベルさんがローラさんからお金を受け取った。
ローラさんが手紙の文面を整えてマルティナ姫様が、サインと印鑑を押したものを渡された。関所の兵に見せる手紙であるらしい。
昼食を取った後はダイダンの街で生き残り探し。これが空ぶると次の責任者が来るまで街に滞在するという依頼を受けねばならなくなる。姫様のことは姫様の護衛に任せ、街へ出た。
「生き残りはいますかー!!もう街は安全ですー!!出てきてくださいー!!」
皆で大声で街中を駆け回るとぽつぽつ人が出てきた。
「ほんとだ!晴れてる!アンデットはいなくなったんだ!!」
出てきた人々がさらに探索に加わり4時間ほどすると結構人が集まった。説明は姫様の方に丸投げ。姫様は祭壇と光明石の重要性を語って聞かせ、新たな街の責任者や神官らが派遣されるまで皆でこれを守るように、と説明した。幸い井戸も大丈夫だし。アンデットは食事をとらないので、小麦の類も割と残っているらしい。新たな人々が派遣されるまで、何とか持つだろうとのことだった。故人の資産の処理とかは知らない。全て姫様に丸投げである。
「うむ…では我らは旅立つ。世話になったな『銀の匙』よ。」
「いいえ。どうか道中お気をつけて。」
「ありがとう。そなたらも気をつけよ。」
姫様ご一行はダイダンの街を去って行った。




