第56話
イシュさんの隣の家の窓から誰か覗いていた。目を向けるとしゃっとカーテンが閉められてしまった。
「……隣はアンドレアさんちっす。」
「アンドレアさんって旦那さんは?」
「時々帰ってくるっすけど…自分の両親曰く、呪いを返されてから口論ばっかりらしいっす。」
「イシュの18年間を貶めた罪とはいえ…なんだか、悲しいな。」
「そっすね。」
イシュさんも憂い顔だ。
「アンドレアさんは自分らに犯罪者として訴えられるんじゃないかってビクビクしてるっす。そんなつもりはないのに。」
「イシュ君はアンドレアさんをどうしてあげたいの?」
「……自分は…18年間色々あったっすけど、世の中には容姿で簡単に惑わされる人もいるし、そうじゃない人もいるって学べたっす。これはきっと自分が最初から恵まれた容姿だったらわかんなかったことっす。呪われたことは嬉しいことじゃないっすけど、怒ってもいないし、恨んでもいないっす。広まった噂までは消せないっすけど、せめて『呪』っていう呪いの文字だけでも消してあげられたら…って思うっす。」
「本当に?」
「はい…」
「なら…」
とりあえずイシュさんちの中に入ってから話した。要点は簡単、『身代わり人形』の購入だ。そうです。ダンジョナーで出たあれです。あれはもう売ってしまったけど、タブレットで同じものが買える。身代わり人形は夜用の需要が高い気がしたけど、実際の使い道は『身代わり』なのである。呪詛返しの呪詛も多分代わりに受けてくれるとのこと。ただし、お高いです。1体3千万。つまりオークションでの最低価格が6千万だってことだけど。
「どうする?」
イシュさんの財産があれば購入できないことはないけど…アンドレアさんの為に購入してあげるっていうのもなんか違う気がする。
「…アンドレアさんに買いたいかどうか聞いてみるっす。お金は貸してはあげるっす。でも返しては欲しいっす。」
「そうね。」
「アンドレアさんが買いたいって言ったら、ジゼルさん…」
「はい。勿論いいですよ。」
イシュさんがアンドレアさんに話をつけに行った。
そして2時間ほどして戻ってきたとき購入したいと言っていたので、タブレットで購入してあげた。イシュさんはのっぺらぼうのマネキンを持って隣家へ行った。そして戻ってきたときは一人のご夫人を連れていた。
肉で埋もれた細い目に上を向いている低い鼻、たらこ唇に二重顎のふくよかな…それは呪われていたころのイシュさんを彷彿とさせるご夫人。
ご夫人はイシュさんのご両親に土下座した。
「ごめんなさい!リトリアーネ、シグルド…!」
「アンドレア…」
リトリアーネさんはアンドレアさんの手を取った。
「ごめんなさい、リトリアーネ…ずっとあなたが羨ましかったの…。美しい容姿に誰にでも好かれる性格…それに私昔シグルドのことが…」
「いいの。いいのよ。私こそ、あなたの気持ちにずっと気付かないでごめんなさい…」
アンドレアさんはリトリアーネさんと幼馴染。小さい頃から愛くるしかったリトリアーネさんと比べて、自分は美しくない。性格もなんとなく卑屈で人に好かれない。眩しくて、見たくなくて、遠のきたかったのに離れることも出来ず…おまけに初恋のシグルドさんがリトリアーネさんと結ばれてしまって嫉妬で身を焦がす日々。流石にいずれは恋情も収まって、自分も相応の相手と結婚したけど、いざ結婚してみたらリトリアーネさんと隣家。しかも妊娠が発覚したのも同時期。再びアンドレアさんは劣等感に苦しむ。子供が生まれたのがなんと同日。アンドレアさんは魔が差してしまった。呪術には繋がりがあるものの運命を取り換えるような呪いがあるらしい。例えば名前が一緒とか…『誕生日が一緒』というのも共通項にあげられる。自分は無理だが、子供の美醜を取り換えることならできる。我が子にかつてリトリアーネさんが歩んだような輝かしい人生を授けることができる。私自身は美しくなれないけど、少なくとも『竜を産んだトカゲ』になれる…!その誘惑に屈してしまったらしい。流石に誕生日程度の共通項では運動神経や能力、運命そのものを入れ替えるようなことは出来ず、美醜のみを入れ替えたらしい。それでもツィーツェルタさんは美しく、周囲からアンドレアさんは羨ましがられた。でもアンドレアさんはツィーツェルタさんが美しくなればなるほど「これは全てリトリアーネの子が得るものだったんだ…」と思い虚しくなってしまったらしい。でも今更止めることなどできはしない。虚しさと罪悪感を抱えて茨の道を歩いてきた…。呪いを返され、自分も、そしてツィーツェルタさんも破滅するのがわかり、周囲に何を言われてるのかと思うと恐ろしく、また事実を知ったリトリアーネさんに犯罪者として突き出されるのかもしれないと怯える日々。苦しかったそうだ。
「皆には言ったすっけど、自分は怒ってないっす。恨んでもないっす。18年間色々あったけど学ぶことも多かったっす。だから別に、もういいっす。」
「私は、当のイシュが許してることを恨むつもりはないわ。」
「少し複雑な気持ちはするが、リトルの言うとおりだ。イシュは辛い思いをしたこともあったかもしれないが、イシュがどんな見た目であれ僕たちがイシュに与える愛情に何の嘘偽りもないし、イシュ自身も真っ直ぐ育ってくれた。今更含むことはないよ。むしろ何も知らされずに18年間浮かれていたツィーツェが可哀想だと思うね。」
リトリアーネさんもシグルドさんもアンドレアさんに含むところはないらしい。
「ツィーツェ…」
アンドレアさんは涙を流しっぱなしである。
「ツィーツェがどんな扱いを受けているか、何を考えているか、自分はわからないっすけど、アンドレアさんだけはツィーツェを見捨てないであげて欲しいっす。それがアンドレアさんができる罪滅ぼしっす。……脛を齧らせてやれって言ってるのとは違うっすよ?愛してやれって言ってるっす。もしいつかツィーツェが帰れる日があったらアンドレアさんが沢山詫びて愛してあげて欲しいっす。」
「はい……」
「イシュがツィーツェ君に会う機会があったなら、アンドレアの心を教えてあげて。」
「はいっす。緑のダンジョンに行くかわからないし、行ってツィーツェと会えるかはわからないっすけど、もし会えたら伝えるっす。」
リトリアーネさんがアンドレアさんの思いをイシュさんに託した。
「アンドレア。もしかしたら、私が存在すること自体が、あなたの心の毒になってるのかもしれないわね。でもごめんなさい。生憎と私は自分のことも、アンドレアのことも結構好きなのよ。上手くやれるかはわからないけど、少しは和解する方向で努力することを試みて欲しいわ。一人で抱え込んで、自分をより苦しめる選択はしないでちょうだい。」
リトリアーネさんがアンドレアさんを抱きしめた。ご両親に後は任せて、私たちはお暇した。
***
「はい。アンドレアさんのことは置いといて。次はパーティーのことを考えましょう。」
ベルさんのありがたいお話である。
この際だから『迷い人の糧』と『クリエイトウォーターボトル』を人数分購入する計画だ。ベルさんの予定では来年の私のバースデーセールで…と思っていたのだが、いつまた孤立してしまうかはわからない、私の【アイテム購入】だって手持ちにお金が無ければ使えない。買えるなら買えるうちに安全策を取っておこうという話だ。シータさんは「スイーツボックスがあるからいい」と言ったが、ベルさんに「ちゃんと栄養面も考えなさい」と叱られた。『迷い人の糧』5千万、『クリエイトウォーターボトル』5千万である。決して安くはないが、真・青のダンジョンの宝箱ラッシュで稼いだ私たちに手が出せない値段ではない。既に1組あるので5人分で4億。一人頭8千万である。
「出せなくはないけど、結構しんどいにゃ。」
「でもこれから先ず――――っと使えるものよ。明日から急に食費を節約したい!ってなっても使えるのよ?」
「仕方ないっすね。必要経費っす。」
というわけで全員分揃えた。
「結構出費しましたね。」
「またどこかで稼ぎましょ。人生色々あるわ。生きてれば大きく稼げる機会もあるでしょうよ。」
ついでに魔道具のランプも購入した。私から買えば半額だしね。
パーティーの生存率は格段にアップした。




