第50話
年が明けた。真・青のダンジョンの探索者もぽつぽつ増えてきているようだ。シャルマンさんも上手いことやって500万稼いで借金奴隷から逃れたらしいし。
私たちは今、茹でた蟹を食べている。上手な蟹ばさみの入れ方、身のほぐし方はそれぞれベルさんとシータさんがレクチャーしてくれた。
「美味しいですけど、食べにくいです。」
「そうよねえ。味は美味しいんだけど…中心部の食べにくさは筆舌しがたいわ。」
「でも旨い。」
「美味しいっす。」
「美味しいにゃ。」
全員せっせと蟹を味わっている。ぎゅっと旨味が凝縮したようなぷりっとしたお味が美味しい。
「後で、焼いたのも持ってきてくれるみたいだからみんなで食べましょうね。」
「はい。」
たっぷり蟹尽くしを味わって温泉。今日は貸し切りなようだ。私たち3人以外誰もいない。すっごく気持ち良い。広々だ。
「ジゼル、ミーニャ。聞いてくれ。さっき顔を見に行ったら、ハインがボクのこと『ねー』って呼んだんだぞ!」
「良かったにゃ。」
「ハイン君も日々成長してるんですねえ。」
「父殿も『ぱー』と呼ばれて喜んでいた。」
因みに温泉で裸になってみるとわかることなのだが、ミーニャさんも結構慎ましやかな胸部装甲をされている。ミーニャさんはあんまり気にしていないようだが。ただ猫耳と猫尻尾の毛が淡い茶色なことは気になっているらしい。本人は「白い毛が良かったにゃ。」と言っていた。猫獣人には猫獣人独特の美的感覚があるのかもしれない。私にはよくわからないが。イシュさんは何も言わないが、もしかしたら竜人族の尻尾と角も何色が良いとかあるのだろうか。ツィーツェルタさんの角は白っぽく、尻尾の鱗は赤だったんだよね。イシュさんの銀の鱗はとても綺麗だと思う。ていうかアンドレアさんは呪い返しをきっちり受けているようだから、ツィーツェルタさんはもしかしたら可哀想な展開になっているのだろうか。薔薇の妖精の皆さんはどうしたんだろう。気になるけど、とても怖いです。
「子供は可愛いなあ。ボクも弟が出来て初めて『こんなに可愛いものなのか!』と思ったよ。」
「ふふ。きっとベルさんもシータさんが幼い頃は『可愛い!』って思ってたと思いますよ。」
「兄妹喧嘩とかしたことあるにゃ?」
「兄殿と喧嘩なあ…歳が離れてるしな。叱られたことなら何度もあるが、兄殿は基本正論しか吐かないから喧嘩になったことはないなあ。食べ物とかでも、欲しいと言うと大抵なんでも快く譲ってくれるし。割と寛容というか、大抵のことは大目に見てくれるが、余りにも悪いことをしたり、馬鹿なことをすると叱られる。真正面から正論で懇々と叱られるから、『返す言葉もありません…』って感じだ。因みに怒ってても怒鳴ったりとかはしない。兄殿が怒って声を荒げるシーンはレアだ。あんまり見たいものでもないが。」
確かに。ベルさんが他人に対して感情的に怒鳴ってる姿ってあんまり想像つかないかも。私もあんまり見たい姿じゃないかな。やっぱりベルさんには幸せそうに笑っててほしい。照れた顔も時々は見たいかな?
「ジゼルは今はまだ一人っ子か。ミーニャは孤児院で喧嘩とかしたか?」
「日常茶飯事にゃ。孤児院の喧嘩では『やられたらやり返せ』にゃ。許すと舐められるにゃ。舐められると色んなものを奪われるにゃ。奪われたくなかったら強くなるしかないにゃ。」
「過酷です。」
「生存競争が激しいのにゃ。」
「孤児院なあ…」
「にゃーは『盗賊』だったから冒険者になったけど、『商人』のジョブとか悲惨にゃ。孤児だからコネもないし商家に丁稚に行くのは絶望的。そもそもが文字の読み書きと簡単な計算くらいしか学んでないから、頭悪いにゃ。基礎教養?そういうのがないにゃ。だから商人系の仕事に雇ってもらう試験をクリアするのは無理にゃ。一人で商売始めようとしても初期資金が無いから無理にゃ。当たりなのはシェリナみたいな『魔術師』とかにゃ。どこのパーティーでも概ね優遇してくれるから活路を得やすいにゃ。自分で自分を育てる必要はあるけどにゃ。シェリナは中途半端に容色の方が優れてたから自分の育成を疎かにしてたにゃ。勿体無いにゃ。でも何にもなれなくても15になったら孤児院から追い出されるにゃ。」
「商人になれない商人系のジョブの子とか売れない芸術家系の子とかどうしてるんだ?」
「まー色々にゃ。商人系のジョブを持ってたら基礎の【通貨鑑定】の技能があるから、どっかの小売店の店番としてアルバイトしてカツカツに食べたり、身売りしたり、開墾して農夫になったり、スラムに落ちたりにゃ。」
うんうん。確かに持ち得るジョブで成功するのは難しくても、別に必ずしもジョブの通りの職業に就かねばならないわけではないからね。農夫は門戸が広いから、妥協されがちな位置にいるよね。
「うちは両親ともに売れない芸術家系のジョブですけど開墾して農夫パターンです。スキルブーストがないので一際貧しい感じでした。開墾滅茶苦茶大変だったらしいです。」
「力仕事だからにゃ。でも真っ当に生きてたらジゼルのような子供が生まれたりして、仕送りでワンチャンあるにゃ。」
確かに月50万仕送りしてるから、平の商人同士の夫婦と同じくらいの裕福さで生活できてるはずなんだよね。今は。とはいえ…
「最初このジョブを得たことが発覚した時は相当微妙そうでしたけどね。」
腫れ物扱いだったよ。
「初期費用がないと使い物にならないからにゃ。ジゼルはたったの3年で随分成功したにゃ。」
「主にベルさんとシータさんに拾われたのが大きな要因だと思います。」
私は自分の幼馴染に見捨てられたアントトレイン事件でベルさんたちに借金して有用スキルを得た件を話した。
「ほぼ初対面の人間に2350万もお金貸す人間はあんまりいないにゃ。ツイてたにゃ。ジゼルは初期費用さえかければ即戦力にゃ。性格も良いし。お互いに良い人運だったと思うにゃ。にゃーも自分はツイてると思うけどにゃ。最近幸せ過ぎてヤバいのにゃ。」
「わかります。」
「うんうん。『銀の匙』は居心地の良いパーティーだよな。前の『妖精の尻尾』より断然居心地がいいな。妖精の尻尾はDランクパーティーだったし、稼ぎもまあまあ良かったけど、今ほど結束は固くなかった。」
ふーん…前のパーティーは『妖精の尻尾』という名前だったのか。何だか可愛い名前。ベルさんが元から在籍していて、後からシータさんを加入させたパーティーなんだよね?初めからベルさんみたいな頼りになるお兄さんに冒険者のイロハを教えてもらえる環境っていいよなあ。シータさんがすごい勢いでランクアップする理由もよくわかるよ。
「奪い合わなくても支え合える人間関係っていいにゃ。」
「そうですね。」
「だな。」
幸福を噛み締めつつ温泉を堪能した。




