エピローグ
「クビじゃーっ!」
爽やかな朝には不似合いな怒声が、新宿にある雑居ビルの三階に轟いた。
「何でのー? センパイ、昨日は誉めてくれたじゃろうが」
「じゃあ、これは何?」
祥子が一枚の紙片を勝弥の前に出した。
ぎくっ。
あからさまに動揺してしまう。
「新聞販売店からどうしてうちにスクーターの請求書が届くわけ? まさか、あんたが昨日乗ってたスクーターって」
昨日のことだが、警察での事情聴取やら何やらですっかり忘れていた。バイクは今頃教会で真っ黒焦げになっているはずだ。
「人の命がかかっとったんじゃ! スクーター代ぐらい安いもんじゃろうが」
と、弁解してみたところで、祥子の怒りが治まるはずがなかった。
「センパイ、お願いじゃけー、オレを見捨てんといてくれーや」
こうなれば、泣き落ししかない。勝弥は瞳を潤ませて、懇願した。
「東、自転車の件を忘れてんじゃないだろね?」
ぎくぎくっ。
今一番触れられたくなかった突っ込みに、流れた涙がパッキンと凍りついた。
「そそそそそそれは……」
取り繕う言葉が見つからない。
「とっとと出ていけーっ!」
勝弥は脱兎の如く、事務所を飛び出した。
しかし、行く所がない。勝弥はがっかりと肩を落とすと、歩道をとぼとぼと歩いた。
そんな勝弥の心とは裏腹に、車のクラクションが軽快な音を立てる。見てみると、路肩に見覚えのある白いオープンカーが停まっていた。
志穂である。
「昨日のヒーローがずいぶんと情けない顔をしてるじゃない」
「センパイのトコ、追い出されて行く所がないんよー」
「だったら、いいトコ紹介してあげましょうか?」
「マジで?」
勝弥は二つ返事で助手席に飛び乗った。
「誰がバイトなんか頼んだ?」
「あれー? 恭平さん、言ってなかった? 最近生徒が増えてきたから自分一人じゃ大変だって」
恭平が勝弥を睨んだ。勝弥は身を縮ませた。
志穂に案内されてやってきたのは、叶空手教室だった。
あれから恭平と陽香はどうなったのだろうか。陽香はショックのあまり寝込んでいるのではないだろうか。聞きたくても恭平が目を光らせていては聞くともできない。
「東さん?」
騒ぎを聞きつけた陽香が、二階から降りてきた。見たところ、落ち込んでいる様子はない。それどころか、今まで陽香を包んでいた不安げなオーラが消えている。
「陽香ちゃん!」
勝弥は恭平の目も忘れて、陽香に駆け寄った。
「大丈夫なんか? どこも痛くない? えっとえっと」
「大丈夫ですよ、東さん」
陽香はくすりと笑った。
「ホンマに?」
「本当ですよ」
陽香は満面な笑みを見せてくれた。それはまさに天使の微笑みと言えるぐらい、今までにない極上の笑顔だった。
「わっ」
勝弥は恭平に首根っこを引っ張られる。
「何するんの?」
「陽香に近寄るな。汚れる」
オレはバイ菌か?
胸中でぼやく。しかし、確かに今の勝弥はキレイとは言い難かった。
「こういうタイプは子供を相手させるのが一番なのよ、恭平さん」
「オレ、一生懸命がんばるから住みこみで雇ってください!」
恭平はしばし考え込んでいた。
勝弥は捨てられた子犬のように瞳をうるうるさせて、恭平の返事を待った。
陽香と一つ屋根の下で暮らせるかもしれない。勝弥の心は躍った。
「わかった。しかし、住みこみはダメだ」
「えーっ? オレ住むトコないのにぃー」
「志穂、お前が面倒見ろ」
「えっ?」
勝弥と志穂の声がハモった。
「お前が拾ってきたんだから、最後まで責任を取るんだ」
「はいはい、わかりました。でも、残念だったわねぇ、カッちゃん。うまくいけばはぁちゃんと一つ屋根の下で暮らるはずだったのに」
「ホンマ」
勝弥は慌てて言葉を切った。
しかし、手遅れだった。
恭平の必殺の廻しカカト蹴りが、勝弥の側頭部に直撃した。
勝弥はその場で白目を剥いて倒れた。
おわり
最後まで読んでくださってありがとうございます。
一言でもかまいませんので、感想などいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。




