第7章 悪夢ふたたび-3
デジャ・ヴなのだろうか。
揺れる車内から外の景色を見た瞬間、陽香はそう思った。
知っている。この車が辿り着く先を。
行ってはいけない。誰かが強く訴えかけてくる。しかし、今の陽香に逃げる術はない。
両手両足をロープで縛られ、身動きできない状態で陽香は車に乗っていた。それは陽香だ
けではなかった。他にも四人。陽香と同様に手足を縛られた女性が乗っていた。若い女性ば
かりである。
車を運転していたのは、咲月だった。
咲月にトイレに案内してもらった後、勝弥の待つ部屋に戻ろうとして何か薬のようなもの
を嗅がされて眠ってしまった。そして、目が覚めたら今の状況だった。
なぜ咲月がこんなことをするのかわからなかった。咲月は女性行方不明事件の犯人なのだ
ろうか。陽香には信じられなかった。
「三枝さん、どうして?」
「私ね、仲の良かった一人の女の子を殺してしまったの」
咲月がルームミラー越しにこちらを見た。その瞳は悲しみで満ちていた。
「殺した……? ウソでしょう?」
「ウソじゃないわ。私、妻子ある人を愛してしまったの。それが原因でその人は離婚。もっ
とも私がいなくても離婚は時間の問題だったんだけど。でも、両親の離婚と私に裏切られた
というショックでその子は……亜沙美ちゃんは」
「どうして私にそんなこと話すんですか?」
「これが最期だから、懺悔したくなったのかもしれないわね」
「だったら、こんなこと止めて下さい!」
「止めるわけにはいかないの。これが私の罪の償い方だから。あなたには悪いけど、百人目
になってもらうわ」
陽香の訴えも咲月には届かなかった。
いや、行きたくない!
陽香は怯えた。
しばらくして、車は小さな教会に停まった。
教会の横には小さな墓石があった。
陽香は寒気を感じ、震え始めた。車のエアコンのせいではないことは明白だった。
脳裏にまた炎の中で狂喜する白髪の男性が浮かんでくる。血に染まったナイフを手にして。
やだ。怖いよ、お兄ちゃん!
心の中で恭平を呼んだ。
恐怖で体がすくんでしまう。
車に同乗していた女性を咲月が順番に降ろして、教会の中へ連れていく。
「やめてください、三枝さん! 私、あの中に入りたくない!」
陽香は強く願った。しかし、咲月は無表情のまま陽香を抱きかかえ、教会に入っていく。
香の匂いと何かが腐敗した臭いに、陽香は顔を歪めた。
礼拝堂には陽香と同様に手足を縛られている女性が複数いた。
陽香はその中に、麻衣と希美の姿を見つけた。
「お待たせしました、教授。百人そろいました」
咲月が黒いスカーフを首に掛けただけの全裸の男に歩み寄る。男は砂で描いた二重の円の
中に立っていた。
祭壇の前にあるテーブルの上には、砂でペンタグラムが描いてあった。その中央には、こ
の教会内に匂いを発している香炉がある。そして、両刃の剣と聖杯と窪んだ大きな石。
見たことがある。
陽香の胸は恐怖で張り裂けそうだった。
「まだ九十九人じゃないか」
男は苛立っていた。
「私をいれれば、ちょうど百人です」
「三枝くん、ここまでしてくれた君には感謝している。しかし……」
「私は教授を愛したことは後悔していません。だけど、亜沙美さんを死に追いやったのは私
の罪。亜沙美さんを生き返らせることができるのなら、私の命など惜しくはありません。そ
れが亜沙美さんにしてあげられる唯一の謝罪です」
咲月は両刃の剣を手に取った。
ダメ!
声が出なかった。
「どうか亜沙美ちゃんを……」
咲月は何かに満たされたような笑みを浮かべ、自分の首を剣で切り裂いた。首から鮮血が
噴きだす。その血は天井にまで達していた。
咲月の死を引き金に、自殺志願者だった女性たちも咲月を真似るようにして自分の首を持
っていた果物ナイフでためらうことなく切り裂いた。
周りから悲鳴が上がる。
しかし、男はその血を浴びて狂喜していた。
麻衣も震える手で果物ナイフの切っ先を首に押し当てた。
「やめて、八重垣さん!」
そんな麻衣を希美が止める。
「離してよ! 私なんか生きてたって仕方ないんだから」
「そんなことない! そんなことないよ、八重垣さん!」
希美を振り切ろうとして、麻衣が果物ナイフを持った右手を振り回す。ナイフの切っ先が
希美の左腕をかすめた。それを見た麻衣は怯えて、果物ナイフから手を放す。
麻衣は泣き叫んでいた。それは麻衣だけではなかった。この尋常でない光景を目の当たり
にして冷静でいられる方がおかしい。
「咲月……君の死はけっしてムダにはしないよ」
男は何やら呪文のようなものを唱えだした。そして、咲月から両刃の剣を取り上げると、
ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。男はその剣でここにいる女性全員を皆殺しにするつも
りだ。
「お前は?」
男の視線が陽香に向いた。
「確か、真田教授のノートに挟んであった写真の……」
男は目を剥いた。
そして、次の瞬間。
男は思い出したように、残忍な笑みを浮かべた。
「そうか。やはり真田教授は死者蘇生に成功していたのですね。感謝しますよ、真田教授。
あなたが命を賭けて甦らせた娘は、私の娘を甦らせるための糧となって死んでいただきまし
ょう」
男の言っている言葉の意味は理解できなかったが、次に殺されるのが自分であることだけ
は理解できる。陽香は死を目前にして怯えた。
両刃の剣を振り上げた男の顔が、白髪の男の顔と重なって見えた。
「いや―――――っ!」
陽香は絶叫した。
絡み合った糸が解けていこうとしていた。
そして、陽香は十三歳の誕生日を迎えたあの日のことを思い出す。




