第7章 悪夢ふたたび-1
「ここに犯人がおるんか?」
志穂が車を叶空手教室の前に停めると、勝弥が不思議そうな顔を向けてきた。
「そんなわけないでしょう。恭平さんを迎えに来たのよ」
志穂はエンジンを掛けたまま、道場に入った。勝弥も慌ててついてくる。
午前中の生徒が数人いた。中年の主婦たちばかりである。主婦たちは志穂が入った途端、
動きを止めて敵意の瞳を向けてくる。しかし、志穂はそんなことお構いなく恭平に駆け寄っ
た。
「志穂、今は稽古中だ」
「そんなことはわかってるわ。けど、急を要するの。はぁちゃんがさらわれたわ」
「何?」
恭平は志穂の後ろに立っていた勝弥をギロリと睨みつけた。勝弥は蛇に睨まれたカエルの
如く、何度も何度も頭を下げて謝罪していた。
「犯人も居場所もわかっているわ」
「どこだ?」
「奥多摩にある教会よ」
恭平の顔が硬直したのがわかった。恭平も気付いていたはずだ。今回の女性行方不明事件
が、三年前の事件と何らかの関係があることを。
「すいません、皆さん。急用ができたので今日はここで終わらせてください」
恭平の言葉に主婦たちは不平不満をいうこともなく、素直に従った。元来、恭平目当てで
教室に通っている主婦たちだ。空手など二の次なのだから、中断することなどたいした問題
ではないのだ。
主婦たちが着替えている間に、恭平も道着からトレーニングウェアに着替えていた。主婦
たちが帰ると、同時に恭平は車の助手席に乗り込んできた。
携帯電話がバイブしている。おそらく奈津子だろう。志穂は出ようとはしなかった。それ
が、奈津子の怒りを買うことになろうとも。今は陽香たちを助ける方が先決だ。あの悲劇は
二度と見たくない。
「オレはどうするんの?」
この車は二人乗りだ。当然誰かが乗れない。
「そこでお留守番してれば」
「行くって行ったじゃろうが!」
「お前は必要ない」
恭平が短く言い捨てると、それを合図にして志穂はアクセルを踏み込んだ。
「ここまで来といて引き下がれるきゃ!」
走り去っていく車に向かって、勝弥は叫んだ。
そこへ偶然というべきなのか、必然だったというべきなのか、夕刊を配達しているスクー
ター青年がこちらに向かってきた。勝弥は無免許だが、スーパーカブなら父親に何度か運転
させてもらったことがある。
「ちょっと、兄ちゃん!」
勝弥は走ってきているスクーターの前に立った。
が、スクーターはすぐに停まらない。
慌てて急ハンドルを切ったスクーターは、勝弥の右足を引いていくとバタリと倒れた。
「だだだだだ大丈夫ですか?」
気の弱そうな青年が顔面蒼白にして駆け寄ってくる。勝弥にとっては好都合といえた。
「ぎょえ〜、足が折れたぁ!」
勝弥は右足を抱えると、大袈裟に痛がった。
「あああああなたが悪いんですよ。いいいいいきなり前に出てくるから」
「あ〜、もうダメじゃー。オレは一生心に癒えない傷を負ったまま生きていかにゃならんの
かー」
「そそそそそそんなぁ。どどどどどうしたら許してもらえるんですか?」
「ちょっとそれ貸してくれりゃええわ」
勝弥はスクーターを指差した。
「ここここ困ります。まままままだ新聞配らなきゃいけないんですから」
「なら、オレが手伝っちゃるけー」
勝弥はカゴの中にあった夕刊の束を、近くの家の新聞受けに強引に全部詰め込んだ。
「これで思い残すこともなかろうが。んじゃ、借りていくけーの」
青年から半キャップのヘルメットも奪い取ると、勝弥はスクーターにまたがった。
「ああああああの足は?」
「そんなん舐めときゃ治るわ」
「なななな舐めときゃあ?」
「もし困ったことがあったらいつでもここへ来りゃええわ。ありがとのー、兄ちゃん。この
恩は一生忘れんけー」
勝弥はリュックサックの中から出した名倉探偵事務所にビラを数枚押しつけると、志穂た
ちの後を追った。




