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獄門道中閻魔大王への道  作者: 春と桜


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6/6

お稲荷の神様

どうもはじめまして春と桜です。

ゆっくり更新をあたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

冷たい。臭い。懐かしい。そして苦しい。


「…………」

「…………あれ?」


 苦しい。


 待って。なんかめちゃくちゃ苦しい。沈みながら私は考えた。鬼教官は何と言った。痛覚を消す。そう言った。呼吸をできるようにするとは一言も言っていない。


「……あ」

「これアカンやつや」


 血の池が口の中へ流れ込む。息ができない。当たり前だった。今の私は不死じゃない。普通に溺れる。


「ちょっ」

「待っ」


 ごぼっ。


 ごぼぼぼぼ。


 待って。死ぬ場所ミスった。最後の最後で致命的なミスをした。鬼教官ごめん。私アホやった。


「鬼教官んんんんん!!!」


 届かなかった。


 血の池の底へ沈んでいく。くそったれ。腹まで痛くなってきた。そういえばお稲荷さん食べ過ぎた。


「だめだめ!!!これは俺も死ぬ!!!」

「なんでだよ!!なんで俺がお前なんぞに食われなきゃならないんだよ!!!」

「最悪だ!!!本当に最悪だ!!!」


 誰かの声が聞こえた。知らない声だった。だが今はそれどころじゃない。腹が痛いし息もできない。頭も回らない。


 そこで私の意識は途切れた。



 川の音が聞こえる。


 さらさらと流れる水の音だった。静かで優しい音だった。地獄に来てから初めて聞いた気がする。血の臭いもしない。


「おい」

「おい」

「おい起きろ」

「おい!!!起きろって言ってるだろうが!!!」


 私は飛び起きた。


「はいぃぃぃ!!!」


 反射だった。数百万年の訓練の成果である。辺りを見回す。知らない場所だった。


 綺麗な川が流れている。青空がある。血の池じゃない。臭くない。奇跡だった。


「どこやここ」

「俺も知らない」

「誰やアンタ」

「その質問はこっちだ」

「知らんのかい」


 目の前には狐耳の男がいた。赤い着物を着ている。金色の瞳をしている。顔だけは腹が立つくらい整っていた。だがものすごく不機嫌そうだった。


「初対面でなんやその顔」

「そりゃそうだろ」

「なんでや」

「俺はな」

「うん」

「天照大神様から直々に命令されて地獄へ潜入してたんだ」

「ほう」

「偉い奴の体内に潜り込んで情報を探る予定だった」

「ほう」

「なのに」

「うん」

「なんでお前の最後の晩餐になってるんだよおおおおお!!!」


 怒鳴られた。理不尽だった。だが相手も本気で怒っているらしい。頭を抱えてしゃがみ込んでいる。なんなら少し涙目だった。


「知らんがな」

「俺も知らないよ!!!」

「名前は?」

「イナリ」

「稲荷神社の神だ」

「え?お稲荷さん?食べちゃった!!」

「知ってるよ!!!」


 私たちはしばらく見つめ合った。そして同時にため息を吐いた。初対面なのに妙な親近感があった。多分この人も苦労人なんだと思う。というか私に食われている時点で苦労人である。


「で、ここどこなん?」

「俺が飛ばした」

「は?」

「お前が死んだら俺も死ぬから」


 私は固まった。イナリは腕を組んで当然のように頷く。だが耳は少し寝ていた。多分かなり焦っていたのだと思う。神様なのに余裕がない。


「運命共同体になった以上、お前には生きてもらわないと困る」

「嫌すぎる共同体やな」

「俺も嫌だ」

「意見だけは合うな」

「残念ながらな」


 私は川へ視線を向けた。水面は穏やかだった。血の池と違って赤くない。それだけで少し安心する。だが心の中は全然穏やかじゃなかった。


「で、これからどうするん?」

「天界に戻る」

「どうやって?」

「閻魔大王城に行く」


 私は眉をひそめた。天界へ帰るのに地獄の本拠地へ向かう意味が分からない。イナリはそんな私を見て肩を竦めた。本人も面倒だと思っているらしい。


「なんで?」

「地獄への出入りを管理してるのは閻魔大王だからだ」

「面倒くさ」

「本当にそれ」


 イナリは綺麗な顔を盛大にしかめた。整った顔なのに表情が残念だった。だが少し親しみやすかった。神様というよりブラック企業の中間管理職みたいだった。


「なぁ」

「なんだ」

「閻魔大王って強いん?」

「強い」


 即答だった。


 迷いもなかった。考える素振りすらない。つまり考えるまでもなく強いのだろう。地獄の王なのだから当然だった。


「そうか」


 私は立ち上がった。拳を握る。痛みはない。だが怒りだけは消えなかった。むしろ燃え続けていた。


「倒そう」

「は?」

「閻魔大王倒す」

「待て待て待て」

「私が閻魔大王になる」

「何言ってるんだお前」


 私は真顔だった。


 数百万年の訓練を思い出す。血の池。針山。戦闘訓練。酒の席で聞いた鬼たちの話。皆口を揃えて言っていた。


 地獄は実力主義。


 強い奴が偉い。


 それだけの世界だと。


「鬼たちが言うてた」

「……」

「地獄は実力主義なんやろ?」

「まぁな」

「じゃあぶっ飛ばしたら私が閻魔大王や」


 イナリは両手で顔を覆った。そして天を仰いだ。神様なのに祈りたい気分になっているようだった。


「お前、今の話聞いてたか?」

「聞いてた」

「閻魔大王は強いんだぞ」

「知っとる」

「悠久の時を生きてる化け物だぞ」

「知ってるよ」

 私は笑った。


 蘭子ちゃん、佐藤さん鬼教官


 地獄の仲間全員が頭に浮かんだ。


「でもな」

「……」

「許せへん、理不尽に地獄に送られて、休みなく訓練させられて、挙げ句の果てには突撃の命令されて、人の命をなんだと思ってんの」


 イナリはしばらく黙っていた。そして長いため息を吐く。諦めたような顔だった。金色の瞳だけがじっと私を見ている。


「で?」

「なんや」

「お前強いのか?」

「根性だけは最強!誰からも引き抜かれず破棄されました!」

「最悪の経歴だな」


 即答に私は少し傷付いた。

 だが反論できなかった。


「俺、なんでこんなのに食われたんだろうな……」


 イケメン狐の嘆きが青空へ吸い込まれていった。私は聞こえないふりをした。これから閻魔大王をぶん殴りに行くので忙しいのである。

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