変貌
未だ療養中の身ではありますが、少しずつ調子の良いときに書いておいたものがやっと一話分になりましたので、久しぶりに投稿いたします。
今後も、まずはしばらくの間、隔週ペースを基本に調子悪ければ不定期、といった感じで様子を見ながら投稿していけたらいいな、と考えております。
出来るだけ早い時期に、最低でも以前と同様に週一ペースで投稿できるようにまでは回復したいと思っていますので、待っていただいている方には大変申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
暗部の男が事前に入手していた情報によれば、岩山の入り口には正規の検問所の他に、ドワーフ達が工房で製作した武具などを搬出する業者専用の出入り口があるとのことだった。
そのため、主に検問所では商談に訪れた商人たちが列を作り、完成した取引商品を積み込むための搬出口には、商品を引き取るための荷馬車が広場一杯に列を作って賑わっているのが常だと聞いていた。
ところが今、実際に暗部の男が目にしたものは、広場中一面に張り巡らされた針金のように細い鉄製の茨の海であった。
そして鉄の茨の海の先に聳え立つのは、検問所や業者入り口などは完全に封鎖され、外堀や石積みの防壁まで備えて巨大な要塞と化した岩山の姿だった。
岩山前にある鉄の茨の海は、かつては荷馬車や商人たちで賑わっていた城門前広場を、既に街中で見たのと同じ刺だらけの針金で埋め尽くしている。
それは幾何学的のようでありながら不規則にうねっていて、地面に打たれた無数の木杭にまるで網のように絡みついていた。
ひとつひとつの絡み合った針金自体は、向こう側が透けて見えるほど細い。しかし、その「網」が幾重にも重なりあい、要塞までの数百メートルを埋め尽くしている様は、巨大な鋼鉄の蜘蛛の巣が餌を絡め取ろうと待ち受けているようで、なんとも不気味な光景だった。
さらに目を凝らすと、広場の地面はわざわざ掘り返したのか凸凹しているうえに、大小様々な岩や石などの瓦礫までもが露出しているので、歩くのにも苦労しそうだ。
そのうえ棘だらけの針金が何重にも張り巡らされている茨の下の地面は、ご丁寧に濁った水面が鈍く光る沼地のような泥濘になっていて、そこを潜り抜けるのは容易ではないだろう。
針金の茨の配置には何らかの規則性があるのか、と暗部の男がよく見極めようと岩陰から僅かに身を乗り出した時、パーンッという乾いた銃声が響いた。
それをきっかけにして、散発的な銃撃が偵察チームの隠れている岩陰に降り注いでは土煙を上げる。
発砲音がした方へ眼を転じると、岩山や検問所の上には幾つも見張り台があるようで、そこから何人かのドワーフ達が銃を撃ちながら騒いでいるのが見えた。
発砲音を聞いたジョーンズ分隊長は、すぐさま岩山の影に素早く分隊を散開させ、各人に射撃命令を下す。
素早く応射を始めた分隊員の正確な射撃に、驚いたドワーフ達の悲鳴があがった。
そんな様子を冷静に観察していた暗部の男は思う。
この広場のありさまには驚いたが、この対応を見るにドワーフ達の練度は思ったより低いようだ。
あんな射撃しかできないうえに、見張りの兵の数も数えるほどしかいないとは。
本来ならもっと苛烈な射撃を受けていてもおかしくないはずだ・・・・・・。
ということは、岩山に立て籠もっているドワーフの軍勢は想定していたよりも、ずっと少ない可能性すらあるのではないか?
あの不幸な若者が引っ掛かったような爆発物が、この広場の鉄の茨にも仕掛けられている可能性は高いだろう。だとすれば、ドワーフ達にとってここは生命線であり、この厳重な針金の茨は臆病者たちが縋るような思いで必死になって張り巡らした、最後の盾ともいえる障害物なのかもしれない。
暗部の男は、ムクッと功名心が心の中で首をもたげるのを自覚した。
お粗末で散発的な銃撃程度であれば対抗する手段はあるし、大軍である帝国軍の物量を持ってすれば、多少の時間はかかるだろうがあんな鉄の茨なども難なく踏みつぶせるだろう。
暗部である自分には、今までも難所に侵入しては暗殺を実行してきた実績と術がある。
茨さえ突破できれば、自分にもチャンスが巡ってくるかもしれないな・・・・・・。
暗部の男は手柄をたてて名持ち(ネームド)に昇格する自分の姿を幻視したが、いやいや冷静に判断しなければと自戒しつつ、湧き上がった功名心を他人に知られないよう手で胸を押さえつける。
そんな暗部の男とは逆に、ジョーンズ分隊長は不審げに首を傾げていた。
「おかしい、見張りの兵たちの射撃の腕や対応があまりにお粗末だ・・・・・・。
敵にはザミエル大隊長がいるはずなのに、これはどういうことだ?
ありえないだろう・・・・・・なにか裏があるのか? 火力もライフルだけのようだし、数が少ないのもおかしい・・・・・・ドワーフ達は銃も弾薬も造っている側なのだから、山ほどあるはずだろう?」
ジョーンズ分隊長の言葉に、暗部の男は功名心に目が曇ったのではないかと自分を非難されたように感じて、つい逆上して言い返す。
「なにをそんなに疑うことがあるんだ! 俺には奴らが怯えたハリネズミのように身体中の針を逆立てて、巣穴に縮こまっているだけの臆病者にしか見えないぞ? たしかに鉄の茨や罠は厄介だが、敵もライフルだけなら火力も互角だし、我々との兵力の差は歴然としているじゃないか。これなら数の力で押せば充分勝てる可能性は高いと私は判断するし、そう報告するつもりだぞ」
「そうかもしれない・・・・・・でもそれだけではないはずなんだ。あのザミエル大隊長に限ってそんなはずはない。なにかを見落としているような気がして仕方がないんだよ」
「いつまで敵のことを大隊長などと呼んでいるつもりなのだ! くだらないことを言っていないで、早く戻ってこのことを陛下に報告しなければ」
「ああ・・・・・・そうだな」
暗部の男はジョーンズ分隊長の意見は根拠のない妄言と気にも留めず、ドワーフ達は大軍に怯えて立て籠もっているだけだ、という自分の判断が正しいと意地になっていた。
ジョーンズ分隊長も疑念は抱きつつも客観的な証拠が何もないため、暗部の男の言う通り見たままの事実を報告するしかない、とこの場は引くことに決める。
威力偵察はこれで充分と判断した偵察隊は、静かに報告に戻るべく撤退を始めた。
帝国軍の分隊が、応射しながら撤退していくのを隠れて見ていた石動は、見張り台にいるドワーフ兵たちに声を掛ける。
「よし、帰って行ったな。もう良さそうだ。よくやってくれた、みんな」
「フゥーッ、当てないよう下手に撃つのはかえって難しいわい。気を遣うから疲れるな」
「あまりに的外れではわざとらしいから、加減が大変だ。ガハハハッ」
満足そうな石動の言葉に、見張り台に居たドワーフ達が笑い合う。
石動も笑みを返し、隣にいたドワーフの肩をポンと叩いた。
「これで岩山に籠っている者達はたいしたことない、って報告してくれれば良いんだが。
次に油断して攻め込んで来た時は、今度は本気でかましてやってくれればいいさ」
「おおっ! 腕が鳴るわい!」
「その時が楽しみだ」
石動は路地封鎖用に仕掛けたブービートラップで一人死亡したというアクィラから報告を受けた時、なにより帝国軍が岩山前に来た時に鉄条網の罠に怯んで慎重に行動するようになるのは面白くない、と思ってしまった。
せっかく苦労して舞台を整え、こんなにも準備したのに。
まあ、敵が慎重になったとしてもやりようはあるが、あくまで数の優位を過信して全軍で突っ込んでくることで、こちらの思惑通り踊ってくれないと面白くないじゃない!
そう思った石動は守備兵たちと共謀して一芝居打つことで、偵察に来た帝国軍にドワーフ達は恐れるに足りないと思わせるよう謀ってみたのだ。
石動が岩山の見張り台から広場を見下ろせば、巧みに計算されて張り巡らされた鉄条網や、瓦礫に泥濘地などの障害物などの死の罠が一望できる。
ここまで準備するのは大変だった、と石動は内心、自分で自分を褒めてやりたい気持ちで一杯だ。
石動は、ふとカプリュスと準備を始めたころを思い出す。
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