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The grace stones / 加護石

 リンは久しぶりに朝からお風呂に入り、アマンドが身支度を手伝っていた。

 今日はネイビーブルーに金の縁取りがされた、精霊術師の儀式用マントを、初めて身に纏うのである。アルドラに言われて作ってはあったが、出来上がってから着る機会がなかった。

 ベルベットのような生地に指はなめらかに滑り、襟は高く、裾は足首までをしっかりと覆う。左腕を見ると、オークとヤドリギの枝が交差し、四大精霊と王冠が描かれたウィスタントンの紋章が刺繍されていて、リンがその紋章を付けてもいいのだろうか、とちょっと思った。

 それ以上に、ライアンが纏うのを眺めては、いつもかっこいいと思っていたマントだが、自分が実際に着るとなると緊張した。一目で精霊術師だとわかるマントで、紺色の意味する所も知っている。

 金糸、銀糸でできたタッセルを結び、マントの襟元を留めたアマンドが、惚れ惚れとした様子で言う。

 

「リン様、よくお似合いですわ。なんてご立派な精霊術師でしょう」

「ここにウィスタントンの紋章まで入ってますけど、いいのかなあ」

 

 アマンドの言葉に、マントの左腕の辺りを引っ張りながら、リンは少し照れた。


「もちろんでございますよ。リン様はウィスタントンの庇護下にあるのですから。さ、ライアン様がお待ちになっておりますよ」


 階下に下りると、同じように儀式用のマントを着用したライアンが、シムネルと共に待っていた。


「術師のマントができていたのだな。よく似合う」

「身が引き締まる感じがしますね。……ライアン、髪を結びますか?」

「いや、今はこのままでいい。戻ってから頼む」


 シムネルから準備された道具を渡され、ライアンと外にでると、リンの足元にシロが寄ってきて、並んで聖域へと向かった。

 森に入ると、木陰のおかげで少し涼しくなったように思う。


「このマント、結構暑いですね」

「今年はまだいい方だ。冷室の氷が溶けるほどの暑さになった年は、ひどいものだった」


 そう言いながらもライアンは風の加護石を握り、『そよ風』をシルフに頼んだ。

 やわらかな風が木々の間を抜けていく。それだけで心地よさがだいぶ違う。


「……やっぱり、ライアンは違いますね」

「ん?」

「私は暑くても、シルフで風を呼ぼうなんて考えもしませんでしたよ。扇子を思い浮かべましたが」


 サラマンダーでかまどの火も調節できるようになったし、自分では精霊術にだいぶ慣れたと思ったリンだが、凧揚げなどの目的もなく、風を吹かせようとは思わなかった。風は自然に起こるものと思っているからだ。


「リンは精霊術を学んで、まだ半年だ。私は生まれてからずっと精霊と共にいる」

「そうですね」


 聖域に入り、ドルーの木に一礼する。


「今年、加護石を受ける者がこのリストにある。フォルト石の数を、それぞれに分けてくれるか?」


 リストとフォルト石の袋をリンに渡したライアンは、サラマンダーに火を頼み、グノームに土を掘り起こさせ、と、順番に場を整えていった。

 リストには水、火、風、土、と精霊ごとに、加護を持つ者の名前と領名が書かれていた。それぞれの精霊に、おおよそ五、六十名ぐらいずつになるだろうか。リンは昨日選別した、小指の先ぐらいの大きさのフォルト石を数え、その人数どおりに分けた。

 

「毎年、このぐらいの数が見習いとなるんですか?じゃあ、皆、十歳ということですよね?」

「いや、力が強い子供、特に貴族は加護石を早く持って学ぶので、十歳とは限らぬ。私が加護石を得たのは三歳だった。それに、加護石を受けても、すべてが術師見習いとなるわけでもない。貴族は特にそうかもしれぬ」


 リンはシムネルやフログナルドのように、加護があっても術師の学校を卒業していない者を思い浮かべた。


「加護のある平民の場合は、全員、精霊術師になるんですか?」

「力が弱いものは別の職業を選ぶが、できるなら精霊術師となるだろう。国から勉学の機会を与えられ、精霊と対話できることは名誉だし、地位もあるからな」

「なるほど」


 始めるか、と、ライアンは、リンが精霊ごとに分けたフォルト石の半分ぐらいを手にとると、それぞれを湧き水、火、土の中に入れ、聖域内で台として使っている大石の上にも置いた。


「アルドラが、加護石は、精霊の人間への好意でつくられたものだ、と言っていたことを覚えているか?」

「ええ」

「そのため、加護石の祝詞は、精霊への感謝の言葉となる」

「感謝」

「そうだ。加護への感謝に、大地の恵みに、潤す水、それらへの感謝の言葉を捧げればいい。最初にやって見せるから、後の半分はリンがやるといい」

「ええっ!私もやっていいんですか?」

「ああ、問題ないだろう?」


 ライアンは手首にある四つの加護石すべてを握り込むと、感謝を捧げ始めた。


「この世界を支えるすべての精霊、癒し、浄化する水のオンディーヌ、破壊し、再生する火のサラマンダー、知恵を運び、示唆する風のシルフ、生と死、すべてを抱擁する土のグノームに、我らの感謝を。そしてフォルテリアスを創り、ヴァルスミアの森と共に見守りくださるドルーに、我らの心よりの尊敬を捧げよう。我らの前にすべてがあり、我らは多くの加護をいただいている。……加護石を頂く意味を考え、教え、学び、術師は常に精霊と共にあることを誓おう。ここに精霊を称え、我らに変わらぬ加護を願う」


 感謝の言葉が終わると、聖域の中で光のオーブが一層輝き、瞬いている。ライアンの周囲にもふわりと多く漂い、白銀の髪にキラキラと光が映る。

 昼間に飛ぶホタルのようだ、と少々失礼なことを考えながら見ていると、すうっと元通りに戻った。


「リン、続けてやってみろ」

「感謝の言葉、とても素敵でしたが、覚えられませんでしたよ?」

「感謝なのだから、文言は決まっておらぬ。自然に思うことを伝えれば良い」

「ええええ。……ちゃんと加護石になるといいんですけど」


 リンは残りのフォルト石を、同じように準備すると、自分のブレスレットの加護石をすべて握り込み、目をつぶった。黙とうをするように、自然に頭を垂れる。


「すべての精霊に、心からの感謝を捧げます。潤し、癒してくださるオンディーヌ、浄化し、エネルギーを与えてくださるサラマンダー、不安を吹き飛ばし、遠くまで思いを伝えてくださるシルフ、それからどっしりと、私達の命を支えてくださるグノーム、いつもありがとう。それから、この美しい国を創り、英知を与えてくださるドルーに、変わらぬ敬愛を捧げます。ええと、これからも精霊と共にあり、皆が幸せであるといいなと思います。変わらぬ加護と、その形である加護石をお願いします。……あ、大きさは普通の加護石のサイズで!」

「ほ、ほ、ほ、リン、久しぶりじゃのう」


 リンが感謝の言葉を言い終わり、風が通りすぎるのを感じつつ、目をつぶったままでいると、ドルーの声が背後から聞こえた。

 振り向くと、ライアンの側に、いつの間にかドルーが立っている。


「ドルー、お久しぶりです」

「最初にしては、良い言葉を捧げられたの」

「だったらいいんですけど。……ライアン、加護石、ちゃんとできていますか?」

「大丈夫だ。きちんとできている」


 大石の上にある風の加護石を眺めると、ライアンの物と同じような出来映えになっている。


「なら良かった」

「リンは目をつぶっていて見ていなかっただろうが、精霊の動きがすごかった」


 火は燃え上がり、ざわざわと木は揺れるし、水もとび跳ね、精霊達の喜びが伝わってくるようだった。


「……我も、リンの敬愛への礼に、何かを与えたいが」


 ドルーの言葉にライアンは額を押さえた。

 精霊が浮かれている。

 これはしばらく、サラマンダーも見張らないと、何をしでかすやも知れぬと、真っ赤になりグルグルと回っていたサラマンダーの気配を探す。


「ドルーはいつも与えてくださっていますから、特にいりませんよ?」

「つまらぬのう。いつも我は与えられぬ」

「……ドルー、それではリンに、細いオークの枝を一本与えてはもらえませんか?リンは今、夏に涼風を送る、センスを作っているのです。オークでしたらリンに似合うでしょう」


 リンはライアンの耳元でささやいた。


「ライアン、オークじゃなくてもいいんですよ?」

「小枝をもらった方がいいと思うぞ。さもなくば、また樹液を採れと言い出しかねん」


 小枝の方が影響は少ないだろうと、囁き返したライアンにうなずいた。


「腕の一本や二本、全くかまわぬが、リンはそれでいいのかの?」

「腕?! あの、ええと、このぐらいの、真っすぐで細い枝がいいんです。もしすでに落ちているのがあれば、それでいいです。夏の間、しばらくここを離れますから、オークが手元にあれば嬉しいです」

「ふうむ。そのように少しでいいのかの?」


 これなどはどうじゃ、それともそっちがいいか、と、リンに枝を示してみせるドルーは、孫を連れて自分の恰好の良さを誇る、祖父のようである。

 全く精霊はどこまでもリンに甘い。

 それを横目で見ながら、ライアンは加護石を集め始めた。

 

こっそり書いていた所を、友人に見つかりました。

途中まで読んだ所で、「ねえ、ジャンルは『ハイファンタジー』じゃなくて、『恋愛』じゃないの?」と聞かれて悩んでいます。「恋愛を主題としているか」どうかなので、違うと思うんですけど、いや、どうだろう……。そのうちジャンルが変わるかもしれません。『ハイファンタジー』と『ローファンタジー』の違いもよくわからず。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファンタジー系の恋愛ですかね
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