Freezing stone / 凍り石
家まで戻り、精霊術師のマントを脱ぐとほっとした。
アマンドに渡す時、手にずっしりとした重さが感じられる。ベルベットの表地に、白のシルクの裏地までついているのだ。
「ふう。やっぱり暑い」
「儀式用は重厚だからな。ここはいい方だぞ?夏の王都では、さすがにきついが」
「王都の気温は、そんなに違います?」
「マントを着なければ、暑いといってもさほどではない。タブレットに鼻で笑われたぐらいだ。『スパイスの国』は、空気が重く、べたつくような暑さだそうだ」
リンは湿度が高く、暑い、日本の夏を思い出していた。
「私の国も夏はとても暑かったですけど、湿度が高いと、特に不快なんですよね」
「『涼風石』を完成させないとな。王城での謁見式も楽になるし、タブレットも喜ぶだろう」
「涼風もですけど、必要なのはきっと、ドライ機能ですよね」
リンがぽつりとこぼすと、ライアンの目が鋭くなった。リンを執務室の椅子に座らせると、早速説明を求めた。シムネルは、その横で、さっさと紙を取り出し、発言を記録する準備をする。
「リン、『ドライ』とはどういうものだ?」
リンは、自分の知っている範囲の知識を説明した。
気温が高くなると、空気中に含むことのできる水分が多くなること。だから、重く、べたつくように感じること。ドライ機能は、エアコンに涼風と一緒についていて、部屋の暖かく水分の多い空気を取り込み、冷やして水分を出し、水は捨て、乾燥して涼しい空気を部屋に戻している、といったことだ。
「だから、シルフで空気を吸いこむようにしないと無理だと思うんですけど」
「ふむ。エアコンというのがわからぬが」
「エアコンは『空気を調節する道具』といった意味でしょうか。『ヒーター』、『クーラー』、『ドライ』といった機能が、まとめてある道具です」
「ずいぶんと高機能だな。……これも雷が使われているか?」
「私の国では、雷が基本です。ないと生活できませんでしたから」
リンはコクリとうなずいた。
ライアンもシムネルも、リンの『スマホ』を思い出していた。あの見たことのない素材で、見たものをそのまま切り取って絵にすることができる道具も、雷が使われていた。
「……機能はわかったが、これは難しいな」
「来年の夏までに、とか、ゆっくりと考えればいいじゃないですか」
「試してみたいのだが」
「ライアン様、先に『ヒーター』と『クーラー』を完成させ、さらに来年度の新商品として『ドライ』を考えればいいのではないですか」
知ったからには作ってみたい、と、難しい顔をして考え込むライアンに、シムネルも助言する。
「そうですよ。どこまで必要か、一年かけて考えればいいと思いますよ。『スパイスの国』以外では、必要ない機能かもしれないじゃないですか。それにシルフの吸い込みができたら、きっと掃除機だって一緒につくれますし」
「掃除機とは、……いや、今はいい。吸い込み機能は後にしよう」
また違う道具の名前をいうリンに、ライアンは首を振ってため息をついた。
シムネルに作ってきた加護石の袋とリストを戻し、各領地に送るように言うと、執務机から紙の束を取り出して、それも渡した。
「今作っている精霊道具の概要だ。王都分と一緒に届けてくれ。あと、ラミントンへ送る分には、ブルダルーがマヨネーズとから揚げのレシピを書いているはずだから、それも一緒に手配を頼む」
かしこまりました、と出て行ったシムネルと入れ違いに、シュトレンがアイスティーを持ってきてくれる。川紅毛尖という紅茶を、一晩、小型冷室で水出しにしたものだ。
「これは冷たい紅茶か」
「ええ。ご領主夫人とシュゼットがお好きな紅茶なんですよ。冷やすと薔薇の香りが際立ちますね。これなら夏の社交にもいいでしょうか」
「王都で喜ばれるだろう。リン、精霊道具はどれから作る?『涼風石』か?」
「できれば『凍り石』で。これができるかで、夏のデザートが一品違うんです」
「それでは、この記録だな」
キャビネットから『冷し石』の検証記録を取り出し、二人で工房へ移動した。
『冷し石』の標準サイズは、「極小」、「小」、「中」、「大」、と四種類ある。「極小」は大豆ぐらいの大きさで、「小」は加護石と一緒の大きさで、小指の先ほどである。「中」がうずらの卵より少し大きく、「大」は鶏卵サイズである。
もともと、この大きさは『温め石』を基準にしたもので、『温め石』の場合、「極小」二つでスープ皿、「小」で鍋、「中」で水桶、「大」で中樽を沸騰させることができる。リンのお風呂には、卵サイズの「大」を三つまとめて入れると、素早く、丁度良く温まるのだ。
「リン、『冷し石』の『極小』は、数がでていないが、『凍り石』に必要か?」
「たぶん皆さん、まだ使い方を知らないんです。便利だと思うんですけど」
『冷し石』の場合、「小」と「中」が一番購入されていた。「小」だと、最初にライアンが作ったもので、持ち抱えて運べる大きさの木箱が、程よく冷えるようになっている。「中」や「大」になると、木箱を厨房や食料庫に置いて使うことが多いだろう。抱えるサイズの木箱でも、瓶などの重い物を詰めると、リンが運ぶのはきつくなる。
「『極小』はお弁当にちょうどいいんです。外で働く人が、夏場に食事や飲み物を持って行く時、冷やして持っていけます。暑くても食べ物が腐りにくいし、携帯にいいサイズなんですけど」
「極小」は、二つの石を収める銅の箱も小型になるので、全く重くはない。
「貴族でさえ、自分の家に冷室があるのにまだ慣れておらぬ。極小は金額的にも高くない。民にもいずれ広がればいいが」
「その辺りの使い方も、一緒に宣伝しないとならないかもしれませんね」
大きさを変更して分かりにくくするより、『冷し石』と同じ大きさの精霊石を作ることになった。
ライアンは検証記録を見ながら尋ねる。
「『冷し石』は五刻程度で冷え方が安定するが、『凍り石』も同じでいいか?」
「ええ。木箱の内側にも銅板を貼ると、もう少し早いですよね。ぴったりです」
リンはうなずいた。
「本当に『瞬間氷結』や『氷塊』じゃなくて、良いのだな?」
「冷凍兵器はいりません!……あ、『瞬間氷結』はわかるんですけど、『氷塊』ってなんです?」
「字のままだ。『氷塊』を瞬時に作って飛ばし、敵の軍馬を潰せる」
飛び道具だ。雪合戦の硬いバージョンぐらいしか、頭に浮かばないが。
「う、痛そう。……先の尖った楔形にすれば、殺傷力も強そうですね」
「……リンは兵器にも造詣が深いのか」
ライアンが驚いたように言う。
「兵器は知りませんよ!っていうか、造ったことも、使ったこともないですよ?!」
「まあ、良い。とりあえず『氷結』でやってみよう」
ライアンは「小」サイズの水と風の石を取り出すと、『湖面の霧』と『氷結』の祝詞を唱えた。それを銅の箱にセットして、木箱に入れる。温度を測る樹脂を箱に入れれば、後は待つだけだ。
「樹脂がどの色になればいいんですか?冬の食料庫で、フォレスト・ボアがカチカチになっていたぐらいの温度がいいんですけど」
樹脂は今、オレンジ色で液状をしている。この樹脂は氷のできる温度で、透明で固形になる。温度が上がるとクリーム色から黄色、オレンジ、ピンク、赤となり、下がると白から水色、青、紫、黒と変化する。
『冷し石』の場合は、樹脂がクリーム色から透明になるように、精霊石の大きさが調整されていた。
「それなら水色から青に変わるぐらいだろう。……リン、文官に聞いたが、木箱に銅板を貼り、蓋の部分にこの樹脂をはめ込んだ、小型冷室用の木箱がすでに考えられているらしいぞ」
「へええ。それはすごい」
「これでまず様子を見る」
ライアンは木箱の蓋を閉めた。
執務室に戻ると、シムネルがすでに戻っており、フィニステラ領の文官の記録を読んでいた。
「この記録を読んでいたら、同じ文官として泣けてきます。すごく頑張っているんですよ。でも茶の生育状態が良くなく、何が悪いのかわからず、悩んで、いろいろやって見て。……あ、読み上げましょうか?」
「えーと、ライアンとまだ今月の予定を詰めないといけないので、その後にお願いします」
大まかな予定を決めなければ、何もできないうちに王都行きになってしまう。
精霊術師ギルドへ行く日、商品会議、館での『涼風石』テスト日、夏至の祝祭、と、書き出すとかなり忙しい。
「けっこう一杯ですね」
「ああ。精霊術の講義は、時間を見つけて少しずつやるしかないな。リンは社交の練習もあるだろう?」
「うえっ!? そんなのするんですか?」
「お茶会の作法ぐらいは、シュゼットに習ったほうがいいと思うが。あと、踊れるか?」
「踊る……?」
「王都で建国祭を迎えるから、舞踏があるぞ」
ワルツ等のボールルームダンスが頭に浮かび、リンはさっさと白旗を揚げた。
「こんな短期間では覚えられません」
「リン様、簡単なものですよ。夏至の祝祭の時も、村人の踊る舞踏があります。王城のものとは違いますが」
シムネルの声に、リンは振り返った。
「それも覚えた方がいいんですか?」
「どちらもシンプルですよ」
中学の時のフォークダンス以来、踊ったことはないが、大丈夫だろうか。
はあ、とため息をついていると、日記を置いたシムネルが工房をのぞいた。
「様子がおかしいですね。少し寒いです」
「えっ?」
ライアンとリンが慌てて工房をのぞくと、確かに寒い。
作業テーブルの上に乗せた木箱を見ると、木箱の蓋部分が凍りついている。そのせいで蓋が持ち上がり閉まっておらず、部屋が冷えてきたらしい。隙間から、冷気が白い霧のようにこぼれている。
「うわー、どうして」
「『氷結』の祝詞でも冷たすぎたか。リン、触るなよ」
ライアンは革の手袋をはめ、バリッという音を立てて木箱を開けると、オンディーヌとシルフに冷気を止めさせた。中をのぞくと、蓋との合わせ部分から空気が入ったためか、氷がびっしりと付いている。中に入れた樹脂はカチカチで、紫がかった青色に変化していた。
「別の祝詞じゃなければダメですねえ」
「リン、やってみるか?」
「……祝詞を作る練習ってことですか?ぴったりの古語がでてこないんです」
「そうだな。リンの場合は古語でなくとも通じるから、ぴったりの情景を思い浮かべて、言葉を探すと良い。その後で、古語に訳す手伝いをしよう」
冷たく、肉が凍るイメージを思い浮かべる。
「うーん、『真冬の食料庫』っていう祝詞じゃ、ダメですよね……」
言っている側から、ライアンが呆れたような、残念だ、という表情をする。
「リン、すべての風の術師が、その祝詞を覚えて使うのだぞ?」
「ですよね……。覚えやすくて、忘れないでしょうけど」
「他に、リンが寒そう、冷たそうと思った情景はどれだ?」
「……冬至前の満月の夜に、ライアンが浄化石を作りにいった時でしょうか。風で雪が舞い上がって、月明りでキラキラしていました。でも、とても寒そうで」
今度の情景は、ライアンにも合格だと思われたらしい。
「ああ、確かに凍える夜だったな。では『冬至の月夜』で試してみるか」
その夜、『冬至の月夜』で試した木箱は、樹脂が最適な色合いに変わった。
感想欄でアドバイスをいただきまして、ジャンルを「恋愛」にしてみました。ありがとうございます。
恋愛頑張ります……。たぶん、きっと、そのうち。





