Ryan's Birthday 3 / ライアンの誕生日 3
シロを連れて先に出て行ったリンを見送ると、ライアンは背もたれにぐったりと身体を預けた。
「大丈夫かよ」
オグが声をかけると、ライアンは顔を戻しじーっとオグを見た。
「オグ、知っていたのだろう?」
「睨むなよ……。もちろん知って、協力もしていたさ。誕生日プレゼントだから内緒にしたいと言われたら、言えねえだろ? 俺だって今まで一人で耐えていたんだからな」
オグは凝りをほぐすように後ろ首の辺りを揉むと、ビールのグラスをぐいっとあおった。
「誕生日プレゼントか。……全く考えもしなかった」
ライアンも蒸留酒の入った青いグラスを傾けた。
非常に複雑な思いだった。
リンがプレゼントを用意してくれた、その事実にまず驚いた。
そんな素振りは全くなかったのだから。
そして、じわりと嬉しさがこみ上げた。嬉しくないわけがない。
キリコは見惚れるほど美しく、新しい技術を使用しており、それを成し遂げた職人もすごいと思った。
だが、それ以上に。
「新しい時計とはな……。リンが作るものには慣れたつもりだったが」
『冷し石』で驚いた。『茶の石』で、まさかと思った。
だが今回は精霊石以外で、ここまで驚かされるとは思わなかった。
ラグナルがテーブルに置いてある砂時計の一つを手に取った。
「これを作れるガラス職人は恐らく一握りもいないのではありませんか? 一粒の砂も引っかからないように滑らかに、そしてどちらも同じように滑り落とすために均一に形作らないと。素晴らしい技術です」
「できれば冬に戻る前に手に入れたいものだが、できそうか?」
タブレットの問いにオグが答えた。
「リンはプレゼント以外考えてなかったようだが、職人はわかってたぜ。キリコもだが、砂時計のガラス部分も、かなりでけえのも作って試していた。それに、金や木工細工の職人がウィスタントンに留学にくるだろう? ちょうどいいんじゃねえか?」
「それで間に合うかどうかを、考えている」
ライアンは空になったキリコのグラスをトンと置いた。
「リンは厨房での利用を主に考えたようだが……」
「これだけのもんを作って、厨房ってとこがリンだよなあ」
「実際、水時計で不都合があった場所にも広がりやすいとなると、どこまで行くか。領主の館で使うだけではないだろう」
そうだろう? というようにタブレットを見た。
「ああ。国に帰るには大海原を行くのだ。船では持ち運びがしやすく、どこを行くにも凍らず、蒸発せず、何分何刻経ったのかを計れるものなぞ最適だ。海上で鐘の音は聞こえないのだからな」
大陸の周辺を船で行く分には常に目印となる陸地が見えていて問題ないが、天体の位置を確かめ、風を読み、速度を測りながら進むのに時計は必須だった。
「そりゃあ、すべての船から注文がくるってことか」
「ロクムなどは飛びつくであろうよ」
「考えれば考えるほど、それだけではない気がしてくる」
ライアンはオグが継ぎ足した、蒸留酒のグラスをもらった。
「『冷し石』などの精霊石はもちろん反響は大きかったし、これからも続くだろう。でも、精霊石はこの国と直接交易のないような場所では、石を交換するにも一苦労だ。砂時計は誰もが使える。商人は自分で使うのはもちろん、どこまでも運んで売るぞ。秋と春の大市では手に入るだけ、さらっていくと思われる」
食品のように悪くなる物ではなく、手頃な大きさで運びやすい。
一気に平民まで行き渡りはしないが、他国の貴族や富裕層に顧客を持っているのなら、仕入れて帰りたいだろう。
「ああ、そうなるか! 間に合うのか? 職人の受け入れだって、今まだ家や工房を建てているところだろ?」
「工房は足りなければ、動かす塔が二つから三つになるだけだ」
「塔だと?」
「おい、ライアン。塔を動かすのは確定なのかよ」
「……塔って、動くものなんですか?」
驚く三人にライアンはうなずいた。
「何としても間に合わせる。他国で作られ始める前に、職人の利益のためにもここで出来る限り売らねば」
ライアンは、明日、職人だけではなく、商業と各職人ギルドの長とも会うべきか、と、考え始めた。フォルテリアスの利益とするためにも、ギルドを動かさないとならないだろう。
全員が目を合わせて、誰からともなくふふっと笑い出した。
「ラミントンは喜んで職人を送り込みますよ。他領もそうでしょう。それだけのものですから。リンには感嘆するしかありません」
「ライアンの誕生日だからって、特別張り切ってたからなあ」
「この世にないものを考えて贈られることなど、そうあるべきことではないぞ」
「全く考えもしなかった。……ああ、失敗した。最初にまず礼を言うべきだったのに、リンをしょげさせてしまった」
友人の前だからか珍しくライアンが後悔を表し、長椅子にぐだりともたれると、手首で額を軽く叩いている。
「……リンには驚かされてばかりな気がする。なんだか心臓がいくつあっても足りない」
そのままうめくように言った。
「おまえにしちゃあ、珍しいことをいうじゃねえか。まあ、リンだしなあ。だいぶ慣れたとはいえ、俺はライアンがプレゼントを受け取って、肩の荷がおりたぜ」
オグがわざと肩を回すようなしぐさをして、ニヤリと笑う。
「……荷を半分返してやりたいが」
「仕方ないですよ。惚れた者にはいつも心臓を貫かれるものですから」
「そういうものか」
ライアンは素直に、心臓を押さえて言うラグナルの言葉を聞いている。
「明日たっぷりと、今日の分も礼を言え。次は心構えをしていれば、大丈夫であろう?」
「次、だと……?」
タブレットの言葉にライアンがぎょっとして、身を起こした。
「しばらく次はいらぬ」
「リンは先回りして準備をしていたようだったんだがなあ。結局こうなっちまうのか? まあ、春からこっち、職人もギルドも、ひーひー言いながら楽しそうだけどよ」
「オグ、本当にこれ以上はないのか? 第三弾はいらんぞ」
「知っている限りはねえよ。『思いついちゃった』が、ない限りな」
ライアンは黙った。
リンの「思いついちゃった」は、いつ出てくるかもわからない。
ふぅっと大きなため息をつき、目を覚まし、考えを入れ替えるように頭を振った。
「リンがどれだけ準備に忙しくしていたのかを知っている。父上でさえ目を見張ったほどだ。今、貴族向けの天幕はほとんどリンが中心となって、文官にブルダルー達料理人、ロクムなどとも打ち合わせて準備をしている。……だったら、私は良い形で実現できるように考えるだけだ」
「いろいろ頼んでいたもんなあ。……そういえば新しい木箱も出来ていたぜ?」
「菓子用ではないか? 木箱だけじゃなく、銅や黄銅でも何か考えていたはずだ。つまみだけじゃなく菓子にも力をいれるようで、あれこれ考えていた」
「へえ。それは楽しみですね」
甘い物が好きなラグナルがにこりとした。
「ウィスタントンで甘味料ができたし、来年の春にはラミントンでもできるだろう? 砂糖がより売れるようにしたいらしい。マチェドニアのことにも心を痛めていたから、茶も売ってやりたいんだろう」
「それはありがたいことです。安心して始められる」
ラグナルが噛みしめるように言った。
タブレットも何かを考えるような目をしている。
「まあ、『食欲の秋ですし、甘い物は別腹ですし、お茶を売るためにも菓子は大事です』と興奮していたから、単純に甘い菓子ができるのも嬉しいようだったが」
農家や漁師が喜び、職人が力を入れ、商人が興奮する。皆を巻き込みながら、今では他領や他国のことまで考え、リンの世界はどんどん広がっている。
本当に目を見張るばかりの成長だ。
「新作をたくさん作るから、楽しみにしておけ、だそうだ」
ライアンは肩をすくめた。
リンが楽しんでいるなら何よりだ。
次は何を言い出しても驚かないようにしなくては、と、リンの笑顔を思い出し、ライアンはくすりと笑った。
ごめんなさい。訂正があるのです。
感想欄と誤字報告にて、ご指摘をいただきました。
(あ!いつも誤字報告、本当に感謝しております)
1. 水のサラマンダーは前にも食べている。
2. 砂時計のシルフは一分計以外ではないか。(オンディーヌで前は描写された)
私がポカをしまして、今から訂正すると大きく描写を変えることになります。
なので、どちらも、被害の少ない最初の方を訂正します。
1.前に食べたのは水のサラマンダー以外の何かに訂正
2. オンディーヌは一分計ではないと訂正
前に書いたような気がして読み返したんですけど、見つかりませんでした。
私より探すのが上手(笑)。
本当にありがとうございます。





