Ryan's Birthday 2 / ライアンの誕生日 2
「じゃあ、次は温かいおつまみです」
リンは話しながら、次のメニューを渡した。
『鶏のから揚げ、ピリ辛甘酢和え
貝と夏野菜の天ぷら 水のサラマンダー風味
麦のコロッケ
ひと口カレーパン』
「なんだか信じられないモノが有るのだが……」
「水のサラマンダーだと? おい、リン、本気か?」
ライアンとオグが、じっとメニューを見つめて言う。
「口に突っ込まれるのは二度とごめんですが、ちゃんと美味しいですよ。今日のは薬じゃなくて、料理ですから」
懐疑的な二人の視線に、大丈夫だとリンはうなずいた。
アレを絶対においしく食べてやろうという、リンのリベンジである。
料理人が次の皿を持ってきた。
正方形の木製トレイに、四つの白い小皿がぴったりと収まっている。
皿はラミントンから届いたばかりのサンプルだ。
「あ、こんな感じになるのですね」
「ええ。木のトレイの大きさも複数あって、合わせてはめ込みます。さ、温かいうちにどうぞ」
男性陣がそれぞれ違うものに手をだした。
オグはから揚げに、ラグナルはコロッケに、タブレットはカレーパンに、ライアンは水のサラマンダー、いや、天ぷらに。
「俺は前から思っていたことがある。から揚げを最初に作ったやつは絶対ビール好きだ」
「ぶっ。オグさん、いきなり何を」
ビールを飲みほして、真面目な顔で何を言い出すのかと思えばこれだ。
「いろんな味のから揚げがあるのに、全部ビールに合うんだぜ?……で、ライアン、どうだ?」
最初の一口を小さめにしたライアンに、がっつりと二口めをほおばったオグが聞く。
「面白い。辛くない。でも後にすっきりとした香りがあって、水のサラマンダーだとわかる」
「でしょう? 火を入れると辛くなくなって、風味を楽しめるんです」
「ああ。これは貝の甘味が引き立つな」
本当か? と言いながら、オグも天ぷらをかじった。
「鼻にツンと来るのもねえな。涙もでねえ。……うまいな」
うまいのが変だというように、驚いた顔で言うオグ。
「ふふん。そうでしょう。そうでしょう。オグさん、これ、から揚げにもいいんですよ? さっぱりとしてるのに、肉汁はジューシー。いっくらでもいけますよ」
「うおおおお」
リンはニンマリとして囁いた。
オグは想像して悶え、振り払うように頭を振った。
「なあ。これを食べればいいなら火使いは助かるんじゃね? むしろガンガン食べるだろ?」
「水の力を補うのに火を通していいのかは、怪しいが。試すべきだろうな」
もう二度と火の過剰は起こさないぞと思いつつ、リンはうんうんとうなずいた。
「あ、このコロッケ、中にチーズが入ってますよ! とろけてる」
「麦がぷちりと潰れる食感もおもしろいな」
「カレーパンは外はサクっとしてるのに、中はしっとりもちっとしている。スパイスも絶妙だ」
「パンの形にすると、大市でも食べやすいな」
全員が感想を楽し気に言い合いつつ、つまみを食べている。
「コロッケもカレーパンも窯でまとめて焼けたので、大市で作りやすいと思います。……カレー用のスパイスミックスを販売するんですよね?」
「ああ。ロクムと話して、その予定にしている」
「商談でも試食できた方がいいですよね。うーん、どういう形がいいかなあ」
リンは少し考えてから切り出した。
「貴族向けの天幕では試食しながら商談できるように考えているんですが、こうやって少しずつ出てくるのがいいと思うんです。でも、天幕に飲みに来てつまみに何か欲しいって時は、これだと物足りないですよね」
そう言って、リンは見事に空っぽなテーブルの上を見回した。
「今日は前菜も主菜もまだまだ持ってこれますけど、要りますか?」
リンのオファーに全員が口々に希望を言った。
「では、ラミントンロールを」
「から揚げ!」
「前菜のチーズをもう少し」
「主菜を一通り持ってきてもらうのが良いのではないか?」
まだ皆、食べるだろう? と確認しながらタブレットが言う。
「ですよねえ。あ、私もラミントンロールと天ぷらを!」
全員の追加注文に、控えていた料理人が笑顔でうなずいた。
「こうなると思うんですよ。だから、主菜は大皿で十分な量があった方がいいのか迷うんですけど、普通は分け合って食べないですよね?」
「そうですねえ。学生の頃からの友人ならやったことがあると思いますが……」
ラグナルが考えながら言った。
「両方あるのがいいだろうな。商談では銘々に出して、各地の産物を多めにすれば良いだろう。飲みに来た時は好きに選んでもらうといい」
「ああ。すべて味わいたい者もいるであろうし、足りなければ追加すれば良い」
ライアンの意見にタブレットもうなずいた。
「だな。それに商談は昼間だろ? 飲みに出るとしたら夜だろうから、両方が入り混じることはないと思うぜ」
「そっか。詳細を詰める必要がありますけど、それで行けそうですね。ありがとうございます」
大市での新しい試みがなんとなく形になってきたようで、リンはほっとした。
つまみの追加をお腹いっぱい食べると、リンは眠くなってきた。
たいして飲まなかったものの、アルコールが入ってふわりとした気分で、そしてだるい。
タブレットとリンの間に寝そべっているシロを撫でながら、気を抜くとふっと意識が抜けそうで、頭がカクリとしている。
「リン、まだ本調子ではないのだから休んだほうがいい」
「だな。明日、建国祭の式典にも出るんだろ?」
リンは素直にうなずいた。
「そうですね。じゃあ、オグさん。すみません。あれを」
「おう」
オグがリンに木箱を渡した。
ライアンに見つからないように預けていた、シークレット・プレゼントだ。
「ライアン、誕生日プレゼント第二弾です。というか、実はこれがメインです」
皆に協力してもらった自信作だが、果たして使ってもらえるだろうか。
ライアンは膝に木箱を置き、蓋を開けた。
四つ並んで、手のひらより少し小さいぐらいの美しい彫像が入っている。
「ほう……」
ライアンは一つ一つ取り出して机に並べた。
「これもまた美しいではないか」
「精霊、ですか?」
切子に負けない美しい彫像に、タブレットもラグナルも身を乗り出している。
ライアンはガラスに緑の砂が入った一つを手に取った。
オークの木の枝にシルフが座り、下のガラス部分に手を差し伸べている。
「聖域のようだな」
「デザインはブリンツさんにお願いして、時間がなかったので、今回は土の術を使いました。ライアン、ガラス部分は動くんですよ。逆さにしてみてください」
ガラス部分は上下を蔦で支えられているのだが、オークの木の中央で巻き付き、そこを中心にしてガラスが回転するようになっている。
ライアンがくるりと回すと、緑の砂が線を描いてこぼれ始めた。
砂が降り積もるにつれ、シャリシャリシャリとかすかな音が聞こえてくる。
誰もが耳を澄ませた。
「美しい音だな。砂が落ちるのも景色の一部なのか……?」
リンはわかるかな、と、楽しそうにライアンを眺めているが、ライアンはなぜ砂を落とす必要があるのか、と思っているような顔をしている。
他のもやって見てくださいと促されすべてを返すと、四色の砂がわずかに違うトーンの音を奏でながら落ち始めた。
精霊がふわりと近づき、首を傾げてガラスの中を覗き込んでいる。
最初に、ライアンの手の中にあった一つがすべて落ち切った。他の三つはまだ流れている。
静かにそれを眺めていたライアンが、目を見開いた。
「まさか……」
「おい、これ」
タブレットも真剣な表情に変わる。
ラグナルも四つの砂を見比べていた。
「あ、わかりました? 砂時計って言うんです」
リンが嬉しそうに言った。
「砂時計……」
「使い方は水時計と一緒で一定の時間経過を計れます。それが一分、三分、五分、十分です」
その場が静まり返った。響くのは砂が立てる小さな音だけ。
皆、時の経過が砂の山を形作るのをじっと、真剣な顔で眺めている。
キョロリと見回すと、笑顔なのはリンだけだ。
プレゼント失敗したかもと慌ててオグを見ると、ひょいっと肩をすくめられた。
「え、えと、えとですね。けっこう便利なんですよ。ほら、お茶がはいる、ちょうどいい時間も計れますし、つまり誰でもどこでもおいしくお茶が飲めます。あと、とろとろの半熟卵もゆで過ぎずにできますし、えと、パンを焼くのも窯を開けなくても目安がわかりますし」
リンは焦って、どんなことに使えるかを説明した。
ほとんどすべてが厨房での使用方法だと気づいて、シュンとした。
ライアンは料理なんてしない。
「えっと、ライアンにも何か、調薬とか、いい使い道があると思うんですけど……」
しょぼんとしたリンに、ライアンがハッとした。
「いや、すまない。リン。気に入らないのではないんだ。逆だ。素晴らしすぎて呆然としたというか、血の気が引いたというか……」
「血の気……」
ライアンは慌てた。
「いや、違う。素晴らしすぎて驚いた、と言いたかった」
「……本当に? 使えますか?」
「ああ。本当に嬉しい。ありがとう」
そうだ。誕生日のプレゼントだったと気づき、ライアンは慌てて礼を言った。
まだ驚きの方が大きかったが。
ライアンは大きな息を吐き、心を落ち着けた。
「リン、この砂時計は本当にすごいものだ。水時計の弱点がない。冬場に凍らず、蒸発を気にしなくて済む」
タブレットが反対側で大きくうなずいた。
「ああ。水時計のわずらわしさもないな。水を捨てる必要がなく『水の石』の補給も必要ない。すべてがこの一つで完結している。美しいではないか」
「火時計もあるが、あれはサラマンダーのせいで時計として使えない。つまり、砂時計は一番用いやすい時計になるはずだ」
ライアンが言ったとたん、サラマンダーが火花を飛ばして抗議した。
目の前でカッカとしているのを、手で払いのけている。
「それなら良かったです。私も一つ作っていただいてるんですよ。あといくつか、自分用に木枠でもお願いするつもりなんです。シンプルなのにすれば、師匠とかも厨房で使いやすいかな」
何分がいいかなあ、と、楽しそうに考えているリンの横で、ライアンも真剣だった。
リンの考えた『凍り石』や『冷し石』などの精霊道具は、生活を変え、食品の流通を変えつつある。投げ込まれたのは小さな石だがその波紋は大きく、関わったすべての者が溺れないように必死で泳いでいる。
砂時計は精霊道具ではないが、同じぐらい大きな反響を呼ぶのが見えていた。
今度は疲れ切った術師からの恨み言はでないだろうが、ライアンは職人たちが心配になった。
この夏に受けた注文も多いだろう。その上、キリコに砂時計。まさか第三弾はないだろうが、果たして秋までに準備が間に合うのだろうか。
「リン、念のために聞くが、これは次の春ではなく、秋の大市で売るつもりなのだろう?」
リンはきょとんとした。
「え? あ、えーと、プレゼントにいいかなって思っただけで、そこまで考えてなかったんですけど」
ライアンは愕然とした。
まさか考えていなかったとは。
「売れますかね?」
「売れる」
「売れるぜ」
「買う」
「買います」
全員が即答した。
「オグ、なるべく早くボーロとブリンツ達に会いたい。できれば、明日の午後にでも」
オグはとてもいい笑顔でうなずいた。
次回は、リンが寝た後の男性陣。誕生日はまだ続きます……。





