Getting ready / 準備進む
リンがライアンの砂時計を作ることができたのは、誕生日前日、つまり建国祭まであと二日と迫った時だった。
リンは今日、精霊術師学校の学生寮に来ている。
すでにブリンツのデザインから、オグの監修で土の設計図がおこされ、リンはグノームにお願いするだけで良いのだ。でも、力量ある先輩術師に側にいてもらったほうが安心なのと、何かあってもライアンに相談できないので、オグに見てもらうことになった。
「で、ライアンは森に同行したのか」
「そうです。ドルーも行かれるみたいだから、ライアンも出た方がいいそうで」
食堂のテーブルにブリンツの用意した木箱が置かれ、リンは中から必要な材料をとりだしている。
「……ドルー様の立ち合いか。パネトーネもその令嬢も気が引き締まるだろうよ」
ライアン達は今日、森での作業を見守りに行っている。
あの後、クレマとパネトーネ領に対する罰が決められた。
クレマとパネトーネ領は、責任を持って焼失した森の再生に努めること。
その際クレマは自らが動いて、場を整え、木を植えて携わること。
クレマは季節ごとにも必ず訪れ、事後を見守り、下生えの刈り取りなどの作業に貢献すること。
森の再生が終わるまで、携わる者達への賃金などの金銭的な負担、クレマの作業の監督も含め、パネトーネ領が全責任を負うこと。
クレマの水の加護石は没収されるが、森での作業の時間のみ、必要であれば立ち会う術師から戻され、使用を許される。
森が再生した暁には、クレマの貢献度によって加護石を再度与えるか決定する。
つまり、長期に亘る罰が言い渡されたのだ。
「……森が再生されるまでって、どのぐらいかかるんでしょうね」
「まあ、実際は反省の様子や働きぶりを見て、期間を決めるつもりなんだろうよ」
「下生えの刈り取りとか、それだけでもきついですけど。真夏とか。貴族の令嬢にできるのかなあ……」
リンも茶畑周辺での刈り取り作業に覚えがあるが、ジリジリと焼け付き、汗でべたつき、虫はまとわりつき、クタクタになる。
「まあきついが、その気さえあれば、身分も剥奪されず自分で挽回できるんだ。わがままな令嬢にはちょうどいいんじゃねえか? ……さ、リン、やってみるか」
木箱の中には四本の砂時計と、これから成形する土台となる材料が入っている。
ブリンツはデザインに合わせて、白金と金を用意していた。
材料をすべて取り出しテーブルに並べる。
「じゃあ、まず、水のオンディーヌから行こうかな。……グノーム、お願いね。パラーレ。……フォルマーレ」
設計図から一枚を取り出して並べ、トントンと叩いて合図をすると、白銀や金がぐにゃりと動いて形をつくっていく。
「うわあ。立体になると、さらに美しいですねえ」
砂時計を支える白銀の土台は、優しい曲線で、そこに美しい情景を描いていた。
オークの木が立ち、その下、水のほとりには砂時計を仰ぎ見るような表情で、オンディーヌが座りこんでいる。周囲には五枚花弁のフォレスト・アネモネが咲いている。
まるで小さな聖域のような景色だった。
「ブリンツはさすがボスクの後継、ってとこだなあ。クグロフに聖域の様子を聞いたり、ここの図書室で精霊の資料を調べたりしていたが、美しいじゃねえか」
「なんか私の思い描いていたのと違って、芸術品って感じですよ。……あれ、オグさん。これ、砂時計をどうやってはめ込むんでしょう。この蔦で支えるんですよね」
「かしてみろ」
オグが砂時計の微調整をしている間に、リンは隣でグノームのあごの下を撫でている。まるっきりシロと同じ扱いだ。グノームはくすぐったいのか身体をゆすって笑っているが、まんざらでもないのか、逃げ出す様子はない。
「リン、残りも作っちまえよ」
「はい」
リンはさっさと、次の一枚を取り出した。
「リン、クグロフからも見本を預かってるぞ。注文通りか、一度見てもらいたいって」
オグが預かったのは大小二つの四角い木箱で、表面は滑らかに削られている。
薄い板を使っており、驚くほど軽い。上の一枚板が蓋となっていて、開けると小型は中が四つ、大型は六つに仕切られていた。
「こりゃあ、何を入れるんだ?」
「これはですねえ。この中の仕切りが外れるようになっているんですよ。秋の大市で使うんですけど、お重箱、いや、重ねないから違うな。持ち帰りのお菓子とかに使おうと思って」
「なるほどなあ」
「この夏に困ったことは、早めに準備しておこうかなと。……ん、大きさも注文通りかな。自分用にも欲しいかも」
リンは中の仕切り板を外したり、戻したりして確認している。
「クグロフも忙しそうだが、数は間に合うのか?」
「こういう真っすぐなのは見習いのいい修行だからって、人を頼んでいるみたいですよ。ほら、木工も金細工も、ボスク工房にいろんな領地から職人が留学にくるじゃないですか。そういう伝手で」
オグがヴァルスミアに戻ったとき、大急ぎで家が建て増しされ、ハンターも手伝いに借りだされていると、エクレールに聞いた覚えがあった。
「ああ、そうか。ヴァルスミアでの受け入れ準備もあるのか。……うお、あいつら、この秋も忙しそうだなあ」
リンはそこまで思っていないだろうが、ボスク兄弟は確実に砂時計やキリコの注文が増えることを予想して、職人の留学受け入れを決めたところがあった。
オグもそれをもちろんわかっていて、内心、留学の話をリンが言い出したのは絶妙のタイミングだったと、遠い目をした。
この秋から来る職人たちは、間違いなく巻き込まれ、慌て、興奮し、忙しさに悲鳴を上げながら技術を叩きこまれるのだろう。
でも、この忙しさがクセになるんだよな、と、目をらんらんと輝かせて食いついていく、トゥイルやマドレーヌ達、ウィスタントンのギルド職員の姿を思い浮かべた。
「そうならないように、今度は早めにって動いてるんですよ。あ、聞いてくださいよ。ライアンったら、受け入れ手配の時、なんて言ったと思います? 『工房の準備が間に合わなかったら、空いている塔の一つや二つ、動かせばいい』って言うんですよ!」
リンの声はその時を思い出したのか、口をとがらせている。
「ぶっ。ばあさんじゃねえんだから。しっかし、空いてる塔なんてあるのか?」
「空けるんですって。『凍り石』ができて冷室が恐らく必要なくなるから、念のために少しだけ残して、まとめたりできるみたいですよ」
「そうか。可能なのか」
「ねえ、オグさん。賢者って、力業が必要なんですかねえ」
リンが、さも呆れた、というような口調で言う。
「……リンが言うか? この間の消火なんて、力業中の力業じゃねえか」
「ええっ。あれはだって、ちょっと加減がわからなくてですね……」
恥ずかしくなったようで、リンはゴニョゴニョと口ごもった。
オグはニヤリと笑った。
「リン、知ってるか。この間の件が街でどんな噂になってるか」
「噂? またですか⁈ ぐえぇ。どんなのですか?」
リンは一瞬きょとんとしたが、すぐにカエルが潰れたような声を出すと、自分もテーブルにつっぷしながら尋ねた。
オグの笑顔からいって、聞きたくもないけれど、後から思いもかけない時に聞く方がダメージが大きい気がする。
「賢者見習い様は、まだお小さいのに勇敢にもサラマンダーの大火を消し止められ、王太子殿下をはじめとする多くの者を救われた」
「……なんか、ところどころ首をひねる修飾語が入ってるんですけど」
リンは身体を起こすと、言葉通りに首をひねった。
「そのためにお身体は火のように燃え、お命が危うかったが、ご心配になられたドルー様が姿を現され、聖域より秘薬をもたらし、さらなる加護をお与えになった」
「ええっ?! 薬はオグさん達が取りに行ったんですよね。それに燃えちゃったら、さすがに死にますよ?」
「噂ってのはそんなもんだ。それに、リン、お前危なかったぞ。内側が燃えてるようなもんだからな」
「ひえぇ~」
「なにより、ドルー様がお越しになっているって街中えらい騒ぎで、皆その話しかしてねえよ」
「まあ、ドルーを見た時には私も夢だと思いましたけど。……ああっ! それでか、今日はやけに頭を下げる人が多いと思ったら」
リンは再度テーブルに頭をゴチンとぶつけた。
「リン、覚悟をしておけ。建国祭はすごい人になるぞ」





