Surprise 1 / 驚き 1
体内の火の力が落ち着いた後も、リンのベッドはまだライアンの執務室にあった。
このまま明日の朝まで熱が出なければ、自室に戻れることになっている。
リンは自分がうなされている間のことを聞いたが、驚くしかなかった。
四日経っていることも、その間にアルドラ達がヴァルスミアまで往復したことも、シロが一緒に来たことも、嬉しく、同時に申し訳ないと思った。それ以上に、ドルーがベッドの脇に現れた時は、驚いたどころの話ではなかった。寝起きだったので、いつ自分はヴァルスミアに戻ったのか、それともまだ夢の中なのか、と、再度目をつぶったため、かえってドルーに心配をかけてしまった。
疲れないように少しだけと言いながら皆が顔を見せに来てくれ、リンの回復を喜んでくれた。
そんな中、今はフロランタンが訪れていた。
今回の火災にどのように方をつけるか、王や側近たちと会議をすると言う。まだ復調していないのにすまないけれど、と、申し訳なさそうな顔をして、フロランタンは事情聴取に訪れていた。
背後には発言の記録を取るのであろう、女官が控えている。
「……なるほど。じゃあ、オンディーヌの方がサラマンダーに近づいて、嫌がらせをしていたと言うことですか」
「私が見た時にはそうでした。水も飛ばしていたかもしれません」
「サラマンダーが逃げるとは、一体何が……。クレマはそれを止めさせなかったのか?」
「私に突っかかるのに忙しくて、そんな様子はなかったですね」
フロランタンとライアンの問いにリンは首を傾げ、思い出しながら答えた。
「火と水の加護を持つ者としてありえない。殊更に注意をするものを」
ライアンは眉を寄せた。
「そんな様子から、突然サラマンダーの力が膨れ上がって……」
「オニイチャン、チュカレテイタヨ。ジュット ミジュヲカケラレタカラ」
リンにぬいぐるみのように抱かれ、お腹の上でもぞもぞとしていたサラマンダーが急に口を開いた。
「そうなの!?」
ハッとして、リンもライアンもサラマンダーを見つめた。
「ウン。イタイイタイッテ」
「サラマンダーハ マダコドモデス。ワタクシカラ タダシク ゴセツメイイタシマスワ」
ふわりと、少し離れてオンディーヌが下り立った。
「アノモノハズット ミズノホウギョクヲ ツクッテオリマシタノ。カゴアタエノホウギョクモ イッショニミズノナカ。ナノデ スコシマエニハ サラマンダーガオコッテ ワタクシノドウホウヲ コウゲキシテオリマシタノヨ」
「水の宝玉?」
「水の精霊石のことだ」
「あの、何がわかったんでしょう」
リンとライアンだけがわかっている状況に、フロランタンは説明を求めた。
「サラマンダーとオンディーヌによると、クレマは精霊石を作成していたらしい。だが、その間、加護石も水に濡れ、サラマンダーとオンディーヌの対立があったようだ」
「それはそうなって当然だと思いますが……」
「ああ。呆れるしかない。火の加護石を濡らされ、サラマンダーが疲れて怒っていたと言っている」
フロランタンが少し考えて言った。
「この夏は水の術師の誰もが、連日『冷し石』などの精霊石作成に励んでおりましたからね。……ああ、納得がいきました。クレマのサラマンダーが消えたのは、疲れ、弱り、その上で暴走したからでしょうか」
「えっ!消えたんですか?」
「ギルドで『調べの石』を使ったが、火の加護は下りなかったと報告が」
精霊が消えてしまったらどんなに淋しいだろう。
リンは抱きかかえたサラマンダーの頭を撫でた。
「水の加護は残っていたんですか?」
「ええ。そちらはまだあります。……二つ加護であることを何かと自慢し、誇りに思っていたようですが、二つを持つべき者ではなかったのでしょうね。その結果が暴走を招いたのですから。リン、残った水の加護についてもどうするべきか、意見が分かれているのです」
「どうする、とは?」
「水の加護石も取り上げるか、そのままにして贖罪として国のために働かせるかどうか」
クレマの精霊に対する扱いが悪かったことがここで判明したので、その意見も傾くだろうと思いながらフロランタンは続けた。
「それでリンの意見も聞かせて欲しいのです。精霊を暴走させたことも問題ですが、リンに対する暴言もありましたから。リンはクレマにどのような処分を望みますか?」
「ええっ!……人の処分とか、あまりに重すぎて決めかねますが」
「いえ。決めるのは私達ですから、リンの意見は参考にするだけです。気を楽に」
「そうは言っても……」
リンは困り果てて、ライアンをチラリと見た。
「リン、そんなに難しく考えなくてよい。課した処分に対する責任は王にある。ただ、リンは当事者だから、その意見を述べる権利がある。クレマに対して。それからパネトーネの領に対して」
「えっ!領?!」
「ええ。パネトーネ侯爵には娘の監督責任もありますから」
「はあ……。うーん」
リンは空を見つめて考えた。
それを待ちながら、その脇でライアンとフロランタンはヒソヒソと話し始めた。
「パネトーネの領地を任せられる者はいないのでは?」
「その通りです。あそこは海から王都へと繋がる要の地。それを理解してパネトーネは治めています。……シブーストなら任せられますが、本人は嫌がるでしょう?」
「兄上か。まず断るな」
「ですよね」
「それにウィスタントンばかりで固めるのも、他を信頼していないようでまずいだろう。パネトーネの息子も成人前だったか」
「ええ。優秀らしいですが。さすがにまだ」
今回の件は、直接パネトーネ侯爵が失策を犯したわけではなかった。悪政を敷いているならともかく、領内は安定し民からの評判もいい。監督責任を取らせるといっても、焼けた森の再生を担わせるぐらいになるかもしれない。領地を失えば、その任を担わせるのも難しくなるだろう。
「失敗したのは娘の教育だけか」
「頭の痛いことです。……何をしても反省をしなさそうなところが、特に」
フロランタンはため息をついた。
「あの……。正直に言ってもいいですか?」
リンが声をかけ、それをきっかけに二人は話を止めた。
「もちろん」
「加護についても領についても、私に意見はないのです。正直、よくわかってないですし、どっちでもいいというか。ただ、クレマにはもう会いたくないです。会うたびに彼女は一人で怒って、キイキイ言われて。そういう負の感情を受け止め、流すのもきついです」
精霊も私のイライラした感情が伝わるのか、不安定になりますしね、と、サラマンダーを撫でた。
「二度と会わないようにはできるでしょう。……他には?加護石や身分の剥奪、追放、そういったことは望みませんか?」
「いえ、特には。ん? 身分の剥奪って、貴族じゃなくなるってことですか?平民に?」
「そうなります。我々が貴族として遇され、尊ばれるには、生まれだけではなく重い責任と義務を果たさねばなりません。術師としても同じこと。彼女がその任を負えず、権利だけを主張するのなら剥奪もありえるでしょう」
「でも、アレを押し付けられる平民がかわいそうですよ?迷惑になります。貴族の一人が問題を起こしたんですから、貴族として責任を持って更生させて欲しいですよ。……まあ、更生できるかどうかわかんないですけど」
リンは盛大に顔をしかめた。
クレマを平民にして追放したとしても、その生活ができるとは到底思えない。迷惑をかけ、周囲が嫌な思いをさせられるだけだと思った。
「ハハ、平民に迷惑ですか。……わかりました。民に迷惑をかけるわけにはいきませんね。リンの意見も考慮して決めましょう」
更生できるか疑問なのはフロランタンも一緒だったが、ふうと息をついて立ち上がった。
「リン、お疲れでしょう。大変参考になりました。どうぞゆっくりと休んでください。精霊達も、教えて下さりありがとうございました」
軽く頭を下げて部屋を出ていくフロランタンを、リンはベッドに座ったまま見送った。
「ありがとうって。褒められたよ、良かったね」
サラマンダーとオンディーヌの頭をなでながら、優しく声をかける。
「……アイシュクリン?」
甘いご褒美が欲しいらしいサラマンダーがリンを見上げ、小首をかしげる。
リンが笑ってうなずくと、それを聞いた他の精霊達も慌てて側に飛んできた。
次のSurprise2 は短いと思います。





