Smile / 笑顔
火災から四日経つが、いまだ熱と痛みにリンはひどく苦しんでいた。
特に夜には熱が上がり、ひどく痛がる。痛みに目覚めては薬を飲み、力を放出し、そしてまたいつの間にか眠る。意識を失うことはなくなったが、起きていても目をつぶっているようだ。
ライアンが着替えて戻ると、ちょうどアマンドが天蓋をあげて出てきた。
「痛み止めが効いてお休みになられたご様子です。お食事はさほど召し上がりになりませんでしたけれど」
アマンドは減っていないスープ皿に目を落とし、そっとため息をついた。
ブルダルーも工夫をして、水菓やキュウリのスープなど薬以外に口にしやすいものを作っている。リンも食べなくてはと努力しているようだが、今は三口ほど口にしただけのようだ。
「今夜も私が付いていよう。アマンドも休んでくれ」
天幕に入ると、ライアンはやつれた顔で横たわるリンの額にそっと手を置いた。
しばらくして、静まりかえった廊下から響く足音に気づくと、ハッとしてライアンは戸口に向かった。
アルドラを真ん中に、シムネル、オグが支えている。オグはライアンを見るとニヤリと笑って、よお、と手を挙げた。
シムネルが革袋から、見覚えのある小瓶を取り出した。
「ライアン様、ただいま戻りました。これを」
シムネルの目は落ち窪んでクマができているし、笑うその顔に疲れがみえる。
オグも同様だった。
ヴァルスミアまでを往復三日。緊張の中で力を使い、二人ともほとんど寝ていないはずだ。
唯一アルドラだけは変わりなく見えるが、そもそもアルドラが力を加えなければ、ここまで早く戻れないだろう。
「本当に助かった。ゆっくり休んでくれ」
ライアンは三人に頭を下げた。
「リンの様子はどうだい?」
「今、眠ったようです。これでだいぶ楽になるでしょう」
「そうかい。なら、明日また顔をだそうかね」
「そうだな。俺も今日は戻る」
「私は各所に戻ったことを連絡して、下がらせていただきます」
背を返す三人にライアンが再び頭を下げた、その足元にシロがいた。
ひと月ばかり離れただけだというのに、ずいぶんと大きくなったように思える。
「シロ」
しっかりと座り、もの言いたげにライアンをじっと見上げている。
「わかっている。……シロ、約束を守れず、すまなかった」
シロは視線を外し、ふさりと尾を振って部屋の中に入っていく。
はあ、と、大きく息を吐いて、ライアンはシロの後に続いた。
リンが目を開けると、また外の水場に浸かっていた。
水場の辺りだけランプが置かれているが、ぼんやりとした光の環の外は真っ暗だ。
目を上げると、ライアンの顔が見える。
「リン。ヴァルスミアからよく効く薬が届いた。……そんな顔をするな。苦くない……はずだ」
言われるままに口を開けると、ライアンはそこに『水の銀鳥花』の入った小瓶を傾けた。
意識があるのなら、花の蕾を口の中で噛みしめるのが一番効果が高いのだ。
「すぐに飲み込まず、よく噛むんだ」
口を動かしていたリンが、驚いたように目を見開いた。
「花の香。それに、なんか、つ、冷たい。冷たい」
ペタペタと喉や胸の辺りを触る。
熱が出ている分、その温度差にぞくりとした。
お腹の底まで氷が落ちたように感じた後、冷たさが沁みていく。
「『冷たき花の蜜、指の先まで巡り満ちる』と、薬の書には書いてあったが……」
手を握ったり開いたりしているリンにライアンが言う。
「そんな感じです。指の一本一本に冷たい水が通る感じ」
「ふむ。良く効くな。後は火の力を出せば楽になるだろう。朝には痛みも消えているはずだ」
リンが次に目を覚ましたのは、日が昇りだいぶ経ってからだった。
天幕も半分開いていて、ベッドの中も明るい。
深い眠りから目覚め、久しぶりにすっきりとした気分だった。そろりと頭を動かしても、腕を上げても、痛みがない。
「ライアン。アマンド」
ベッド脇にいる二人に微笑んで呼びかけた。
二人もほっとしたような笑顔でリンを見ている。
シルフ、オンディーヌがふわりと枕元に下りた。グノームは天幕に掴まっていたのが、落っこちてくる。
「フフフ」
リンがキョロキョロとサラマンダーを探していると、ボフンとベッドが揺れた。
「シロ?!どうして?シロっ……」
ベッドの足元に飛び乗ったシロにリンが手を伸ばした。
シロはそこは自分の場所だと言うように、リンの側にいた精霊を鼻で跳ね飛ばしながら近づくとリンの側に横たわった。
シロを抱きしめ、モフッっと顔をうめると海の香りがする。
リンは久しぶりのシロをデレデレになって堪能した。シロも珍しく、どこかに行ってしまわず撫でまわされている。
ライアンが天蓋の上を見上げ、ふっと笑った。
「サラマンダー。リンはもう大丈夫だ。下りてもいいぞ」
リンも一緒になって見上げると、天蓋の下から逆さになったサラマンダーの顔が覗いた。
「……サラマンダー?」
そのままグズグズと下りてこないサラマンダーに、リンはそっと手を伸ばした。
「どうしたの?おいで」
サラマンダーはフルフルと揺れると、ぴゅーっと飛んできてシロの頭の上に乗った。
「心配をかけたね。ごめんね」
人差し指でそっと頬を撫でる。
「ゴメンナシャイ」
「ん?」
小さな高い声が聞こえた気がした。
「イタイノ。ゴメンナシャイ」
リンはマジマジとサラマンダーを見つめた。
「えええええーーー!」





