Awakening / 目覚め
ライアンはキャビネット前によけられた長椅子にゆったりと背を預けていた。
聞こえ始めた鳥の声に目をあげれば、朝の光に薄っすらと色づく森が見える。
かすかに香るのは、焼かれているパンだろう。
厨房は遠く、離宮も今はまだ静寂に包まれ、衝立の向こうから少し荒いリンの呼気が聞こえてくる。
ドルーの来訪からリンが苦しがる様子が減り、アマンドはメイドと交代して休みに行った。ライアンも少し目をつぶれただろうか。
「リン様?……ライアン様!」
額の汗を押さえようと、リンに手を伸ばしたメイドが慌てたような声を上げた。
ひじ掛けに腕を預け、眉間を押さえていたライアンはその声にハッと顔を上げ、衝立を回り込むとベッドの脇に立った。
「リン」
大きく息を一つ吐いて、薄っすらと目を開けたリンが声の方へ首を動かした。
「ライ、アン……?」
リンの口が動いた。
囁くような声は喉にくっついたようで、音はほとんど出ていない。
「気が付いたか。水を飲めるか?」
わずかにリンがうなずいた。
リンの背中にそっと腕を入れて半身を抱き起し、メイドから受け取ったグラスを口に近づける。この水にも少し『水の鳥花』が溶かしてあった。
コクコクと二口飲むとリンはふうと息を吐き、力を抜いた。
「どこ? 何、が……?」
尋ねるリンにライアンはうなずいた。
「離宮だ。リンは火のお力を取り込みすぎて、熱を出している。力の飽和だ」
「そ、ですか。……みんな、だいじょ、ぶ?」
「ああ。皆、無事だ」
苦しいのだろう。それだけ聞くとリンはまた息を吐き、目をつぶった。
ライアンは背中から回した手でリンの腕を軽く叩き、意識を保たせる。
「薬を飲まなければ」
思い出したのだろうか。
リンは目を開けると、ライアンの腕の中から恨めしそうな顔で見上げて訴えた。
そのあんまりな表情に、思わず吹き出した。
「ふっ。大丈夫だ。辛くない。ブルダルーが工夫してくれた」
メイドが小型の冷室からガラスの器に入った薬を取り出し、スプーンを添えた。
「見ろ。リンの好きな寒天で薬を覆ってくれた。つるりと入るはずだ」
意識の戻ったリンにライアンは少し浮かれているのか、声が明るい。
透明で薄緑色の珠がいくつも入っている。
苦い薬も甘いもので覆ったりして、飲みやすい工夫をするべきだと言ったリンの主張を思い出し、夜中にブルダルーと試したのだ。
『水のサラマンダー』を水に溶かし、それを火の力で固めて石珠にした。その欠片を、さほど苦くも辛くもない胃の保護薬にシロップを加えたゼリーで覆ってある。
粉末や水薬と違って吸収されるのに時間はかかるだろうが、吐き出してしまうよりはずっといい。
背中側に枕を重ね、そこにリンをもたれさせると、ライアンは器を取った。
ゆるめに固めてあるのだろうか。小ぶりの珠はひとつすくうとスプーンの上でぷるりと揺れた。
薬なのだが、涼し気な菓子のように見える。
「自分で……」
「いいから」
リンは右手を伸ばし、はじめて自分の手に巻かれた包帯に気づいたようだ。
ほら、と差し出されるスプーンに、小さく口を開けた。
ライアンは人の看病などしたことがないだろうに、うまくスプーンを咥えさせる。
いつもより熱い口の中にその冷たさが気持ち良く、リンは思わず目をつぶった。味はよくわからないが、ほんのりと甘い気がする。
たいして噛まずに飲み込んだが、つるんと喉をすべり落ちていった。
「ふるふる……」
リンの口元が緩んだ。
「冷たくて、おいしいです」
「そうか。……さあ、もう一つだ」
ほっとしたような顔で、ライアンはもうひと粒すくった。
夢なのか、現実なのか。
意識があるのか、ないのか。
リンは絶え間なく続く痛みと熱、息苦しさに翻弄されていた。
少し起きたかと思うと、知らぬ間に寝ている。
痛いと自分は口にしたのだろうか。覚えはなかったが、先ほど目覚めた時には薬に痛み止めを混ぜてくれたようだ。
いつリンが目を開けても、ライアンが変わらず側にいた。
ズキズキと痛みを感じる熱がどこかにいったようで気持ちがいい、と、リンはふうと息を吐いた。
心地よさに意識が浮き上がり、気づけば今は外にいるようだった。
「気が付いたか」
すぐ上にあるライアンの顔を見上げ、目だけでそっと周囲を見回した。
外の水場に身体が浸されているようだ。
「気分はどうだ?」
「気持ち、いいです」
ライアンはリンを抱えなおし、リンの上体を少しだけ起こした。
「リン、火のお力を少し抜いてみよう。楽になるはずだ。できるか?」
言われた言葉を理解するのに少し時間はかかったが、リンはぼんやりとうなずいた。
苦しくなくなるなら、なんでもいい。
「あちらの石畳に向かって、火の力の放出を意識するんだ。サラマンダー、『ムルス イグニス』」
ライアンが左手を向けると、ごうっという音と共に『火の壁』が建ちあがった。よく見る『風の壁』と同じぐらいの大きさだ。
遠くにあって熱は感じないのだが、火の気が側にあるだけで苦しいような気がする。
「『レスティングエーレ』……ダメか。辛いか?」
「やってみる」
リンが手を動かすと、ライアンが腕を支えた。
「水から腕は離して。……そうだ。力を一度に出さずに小さめの壁を建てるつもりで」
「サラマンダー。『ムルス イグニス』」
伸ばした左手の向こうにいるサラマンダーの髪が揺れ、小さな壁が建ちあがった。
「んっ」
一瞬身体の中の熱が踊り上がり息を詰めたが、すぐに落ち着いた。ぐるぐると熱が身体を巡り、左手に向かっている。
「そうだ。うまくできている。……リンは消火するなよ。『レスティングエーレ』」
もう一度というライアンの声に左手を挙げたが、そこでリンの意識はまた闇に沈んだ。
次、クレマちゃんが入ります。
本当は別のタイトルで一緒にくっついていたのですが、あまりにトーンが違いすぎて分けました。





