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A rush trip / 急ぎの旅

 オグは船の舳先にどかりと腰を下ろし、両手に持っていたトレイを置いた。

 ラミントンの港で船を乗り換えた時にもらった軽食だ。肉の塊と野菜がゴロゴロと入ったスープにパン。その脇にピクルスと、白身魚と芋を牛の乳で煮て潰したペーストがたっぷり添えてある。保存食の魚の塩漬けを使った、ラミントンでよく食べられているものだ。

 

 天幕に飛んできたシルフの知らせでリンに何があったかを聞き、慌てていたところにアルドラの供を言いつかった。

 準備も何もあったものではなかったが、普段王宮と街を行き来している船ではとても海には出られない。

 タチェーレ川の河口にラミントンへ向かう出航間近の定期便があると聞くと、少しぐらい出発を遅らせたって到着は早くなるよ、と、アルドラは言って待機させたのだ。タチェーレ河口とラミントンで二回乗り換え、今はウェイ川を遡っている。


 戻ってきたシムネルの前にもう一枚のトレイを押してやると、軽く頭を下げられた。


「問題はなさそうか?」

「ええ。到着は真夜中近いと思いますが連絡が着きましたし、一晩寝られますよ」


 乗り換え地で休憩を入れるよりヴァルスミアでしっかり休む方がいいだろう、と、休憩を取らずに船を進ませていた。

 リンの辛そうな様子を知っての焦りもあった。


「……何回か行き来しているが、今回が最短記録だろうよ。ったく、ばあさんといい、リンといい、精霊が喜んで従っちまうんだからなあ」


 今回もアルドラの『全力でお行き』という指示に精霊が従って、船は海の上を飛ぶように進んだ。しかし、それだけ速いとちょっとでも進路が狂うととんでもない方向へ行ってしまう。それでいつもの通り、オグとシムネルは舳先で様子を見ながらこまめに調整しているのだ。

 シムネルが笑みをこぼす。


「おかげで大して疲れませんけどね。それにラミントンにこの船を王都まで借りられて、本当に助かりました。帰りはどこにも寄らずに直行できますし、その分今夜寝られますから。あ、エクレールにも連絡するように伝えてありますよ」

「すまない。助かった」


 オグはパンの上に白身魚のペーストを載せると、添えられていた黒胡椒をつまんでパラリと振りかけ、一口大きくほおばった。恐らくラミントン領城の料理人が用意してくれたものだが、ガーリックを効かせ、オリーブオイルの風味を付けて工夫がされている。

 各地とシルフのやり取りを重ねていたシムネルはオグ以上に疲れて見えるが、スープを飲むと頬をゆるませた。


「それでですね、ライアン様からの連絡なんですけどね」

「おう。リンはどうだって?」

「まだ意識もあったり、なかったりだそうです」


 シムネルは横に首を振る。

 オグの眉が寄った。


「火の飽和はきついからなあ。熱にやられて体力が奪われる。長く続くのは良くねえよ」


 心配げな息を吐いた後、気を取り直してオグはパンに向かって口を大きく開けた。


「ドルー様がいらしたそうなんです」

「は? いらしたってどこに」

「王都に。リン様を心配なされたようで……」

「はああ!?」


 甲板にオグの声が響いた。

 口を開けたまま固まっていたが、そのうちがっくりと肩を落とした。


「……まあな。ほら、あれだ。じいさん、ばあさんが元気なのはいいこった」

「オグ……」


 シムネルは苦笑する。

 オグは大きくため息をつくと、またパンに噛みついた。






 


 アルドラは『金熊亭』で一晩休み、まだ夜も明けきらない時刻にシムネルを伴ってライアンの工房へやってきた。

 壁際の戸棚の一つに、鈍く光る黄銅の錠前が下がっている。上部のカーブした掛け金にはつる草が刻まれ、全体に花や鳥の精緻な模様が彫り込まれている。一見すると普通の錠前に見えるが、これはグノームの力を借りないと開けられない『土の錠』だ。宝物庫などの厳重に管理する場に使われることが多い。


「グノーム、パラーレ(準備しておくれ)アラバストラ(花の蕾)


 グノームが錠の横にふわりと浮かぶと、小さくカチリという音がした。

 アルドラは手に持っていた鍵を少し差し込み、グノームに語りかける。


フロスインフローレ(花はほころび)


 またひとつカチリと鳴って、半分まで鍵を入れる。


アヴェスカントゥーリ(鳥は優しく歌う)


 次の音で、今度は奥まで鍵を差し込んだ。


フロスクラーヴェム(花の錠よ) レセラーレ(解けよ)


 ピンという音を待って、ゆっくりと鍵を回した。

 『土の錠』は決められた文言を唱えて初めて解錠できる。特にこれはアルドラが数段階に組んだ特別製だった。

 



 無事に『水の銀鳥花(シルバーバード)』を手に工房を出ると、シムネルが『金熊亭』のノンヌから木箱を受け取り、馬車に乗せているところだった。


「ご注文の森のパイですよ。このベリーソースを添えてくださいませね」

「おや、楽しみだね。これは南では食べられないから」

 

 どうやらシムネルが、アルドラの好物を注文しておいてくれたらしい。

 こういうところが()()二人と違って気が利くねえ、と思っていると、足元にシロがやってきて座り込み、青と金の眼でじっとアルドラを見つめた。


「……リンの薬が見つかったから帰るんだよ。おまえさんも会いに行くかい?」


 シロは首を傾げて考えていたが、尾を一度ふわりと振ると馬車に乗り込んだ。


私の知っている塩鱈(干してある)のペースト(ブランダード)は南仏の料理で、タラ(ジャガイモは入っていたりいなかったり)にガーリックもオリーブオイルも入っていることが多いです。ですが、お話のなかではラミントンの平民も食べるのものなので、芋で嵩を増やし、お高いガーリックもオリーブオイルもなし、になりました。なので領城バージョンにガーリックとオリーブオイルを入れてみました。

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