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Picnic / ピクニック

 ライアンと並んで湖の畔に立ったリンは、ぐーっと伸びをした。背後からパキパキと音がする。

 肩や背中が凝り固まっているようだ。


「はあ……。なんか、私が考えていた『森での舟遊び』と全然違いました」


 今日はフロランタンが主催するピクニックの日だ。

 王子の主催だからか、貴族の子息や子女といった年齢の参加者が多い。


 王都を流れる二本の川の一つ、タチェーレ川の小さな支流を船で遡り、源泉であるこの湖までやってきた。王都からさほど遠くないけれど、森と湖が点在する避暑地のようだ。貴族の夏の館も設けられ、王都とは別の社交地になっている。

 小さな湖の畔で昼食をとりながら散策と舟遊び、と聞いていたので、もっとこぢんまりとした、森でのピクニックをリンは想像していたのだが……。

 湖畔の開けた場所には天幕がいくつも張られ、その向こうには王家所有の離宮の屋根が見える。

 リンはカラフルな花のコサージュがたっぷりと飾られた、爽やかなペールブルーのシフォンドレス姿だ。胸元には夏至の夜にもらった変幻石のペンダントが真っ青に輝いている。森での散策に合わない恰好だと思ったが、王家主催の催しですから、と、いつもと変わらずアマンドに押しきられた。

 確かにこの格式の(ピクニック)では、今の格好が正解だっただろう。


「疲れただろう?ずっと顔が引きつっていたぞ」

「え!自分ではシュゼットを手本に、ふんわり笑顔を振りまいて……うまくできたと思ったんですけど」

「ふんわり?顔どころか身体までピシりと固まって、ゴーレムのようだったが」


 リンの努力は報われていなかったようだ。

 

「なんか始まりの宴よりすごかったですよね?挨拶の列をさばくのに、半刻とか」

「まあ、今日は滅多に会えないリンを見に来たような者も多いのだろう」


 リンはなんとも言えない、哀れな顔をした。


「……パンダの気持ちがわかった気がしました」

「パンダ?」

「白と黒の、モフモフっとした珍獣です。こちらにいるかわかりませんけど」

「珍獣……」


 ライアンの口もとがひくついているのがわかる。

 ゴーレムから珍獣というイキモノになったみたいだが、どちらにしてもヒトではない。

 リンは恨めしそうにジロっとにらみながら、あれだけ見られても、平気で食べたり転がったり、愛想を振りまけるパンダを尊敬する、と思った。

 長い挨拶も疲れたが、食事中も多くの好奇の目を感じて、慌てて背筋を伸ばして、笑顔を貼り付けたのだ。日頃から視線に慣れ、ぐったりすることなどありませんよ、といった顔で優雅に振る舞うシュゼット達や、皆のアイドルであるパンダとは、リンはしょせん年季が違うのだ。


 すでに舟遊びを楽しむ者がいるようで、目の前の湖には、それぞれが乗ってきただろう船が浮かんでいる。リンが思い描いていた湖に浮かぶ手漕ぎボートと、これもだいぶ違う。

 天幕では皆がデザートを楽しんでいる頃だろうか。ムースにシフォンケーキ、寒天ゼリーにフルーツソルベ、といった、リンが提供したアイディアの、爽やかな夏のデザートが並んでいるはずだ。

 ゴーレムと化して、つつくと崩れそうなリンを見かねたのか、デザートの前に一息入れようと、ライアンがそっと連れだしたのである。


「やはり暑さの影響が、だいぶあるようだな」


 リンと並んで歩きながら、周囲の木々や湖を眺めていたライアンが言った。

 

「ですねえ。カラカラです。残っている葉も、黄色っぽいですし」


 足元には葉が散らばり、踏みしめるとペリっという音をたててひび割れる。


「だいぶ落ちているな。支流もだが、この湖も、もっと水量があったように思うのだが」


 暑さは落ち着いたというが、自然への影響は大きかったようだ。

 王宮から『水の石』などの緊急支援を行ったが、その後の経過を確認せねば、と、少し厳しい顔をしてライアンは考えていた。


「恐れ入ります。ライアン様、殿下がお呼びでございます」


 王宮の侍従が迎えにきた。

 

「わかった。すぐに向かう」


 戻りたくはないのだが、始まりの宴をさっさと逃げ出したことで、今日は最後まで付き合うように、と、フロランタンに言われている。


「リン、もう戻っても大丈夫か?」


 ライアンがすまなそうな顔をして聞く。


「んー、できればもう少し歩いてから、戻りたいですけど」


 やっと緊張がほどけたところだ。

 今帰ったら、またすぐにカチコチになってしまう。


「わかった。すぐにフログナルドを寄越そう」

「あ、大丈夫ですよ。きっとデザートの途中ですよね。この辺りを少し歩くだけですから。すぐに戻りますし」

「何かあったら、シルフを飛ばせ」


 ライアンは待機していた侍従を従え、足を天幕へ向けた。


「今抜けてきたばかりだし。さすがにもうちょっとだけ気を抜きたいかな……」


 見送って、湖の反射にまぶし気に目を細めると、リンは木々の間を縫って歩き始めた。

 

「いっぱいいっぱいで、皆の食べる様子を見られなかったな。あとで、どれが人気だったか聞いておかないと」


 手に持った扇子をゆったりと動かしながら、ぼーっと歩いていく。

 ここのところずっと忙しかった。

 ライアンの誕生日プレゼントのこと、前夜祭、つまりライアンの誕生日の飲み会で出すつまみのこと、秋の大市で出す製品や料理のことなど、考えて準備することばかりだったのだ。やってもやっても、何か忘れているような気がしてならない。


「砂時計のデザインが来てたから作りたいけど。……帰っちゃダメなんだろうな」


 はあっと大きなため息をつき、さて、そろそろ戻るか、と思ったところで、リンが歩いていくその先の方から声がかかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] リンの用意した砂時計をライアンが喜びからの悩みに移行する様が楽しみです。
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