King's Office / 国王執務室
フォルテリアス国王の執務室に付属して、応接間がある。
王宮の中では比較的簡素な設えで、謁見の間の様に煌びやかで格式のあるものではなく、実務的な話をさっとするのに都合が良い場所だった。
とは言え、ここで国王に直接話をできる人間は限られるだろう。
その応接室に、数名の者が側近を後ろに従え、集まっていた。
フィニステラ領主のサヴォア卿とリン以外は、国王とウィスタントン公爵、ライアンが揃って、ウィスタントン家の家族会議といった顔ぶれだが、リンは自分がどうにも場違いな場所にいるようで、だいぶ緊張していた。それでも、今日の議題は『フィニステラ領でのお茶栽培実現に向けて』であるので、リンもライアンの隣にちょこんと座り、制服というのか、鎧というべきか、賢者見習いのネイビーブルーのマントの袖を、落ち着かなげに撫でている。
ウィスタントンの者にすれば、リンはとっくに家族枠での出席のようなものだし、対外的にも賢者見習いであれば、このメンバーに入っていても眉をひそめられることはない。
サヴォア卿が配った資料を眺めていた国王が、顔をあげた。
「まず、アルドラの島で試すということかね?それを、サヴォアは了承していると」
「はい。試験場としてなら、広さも、それからグノームによると、土壌もさほど悪くないとか」
ライアンがサヴォア卿の言葉に続けた。
「島内の離れた二か所で、茶と新規薬草の試験栽培を、と、考えております」
薬草はこの秋からでも開始し、茶の方は来年の春からを予定していた。
「ふむ。どちらも成功すれば、利がでるのは確かだが。茶はともかく、薬草はベウィックハムに任せるほうが良いのでは……」
顎をさすりながら考えていた国王が、懸念を表した。
「うまくいくようであれば、広げればよいかと。それにベウィックハムは、猛暑の影響で、新規の薬草に取り組ませるのは酷でしょう」
「ふむ。わかった」
国王がうなずいた。
「それで、薬草栽培の技術協力は、現在ウィスタントンにいるサントレナの者に。茶の方を、マチェドニアに依頼したいと思うのですが」
「マチェドニアか。確かに話を持っていくには、適任だとは思うが……」
そこで国王は、ちらりとリンに視線をやってから、ライアンを見た。
「その、なんだ。ほら、あの国とは、懸案事項があるであろう?そちらの話は、どうするのだ」
「それについては、先日直接お断りを」
さらりと言ったライアンに、周囲はぎょっと目をむいた。
よくわかっておらず、きょとんとしているのは、リンぐらいのものだ。
「なんだと?!いつだ」
「ライアン、言わなかったではないか!」
国王もウィスタントン公爵も、つい声が大きくなった。
「……それで、代わりに、国として何らかの形でマチェドニアを庇護できるように、とは思っておりますが」
顔いっぱいに驚きを表している父と叔父の二人を、ライアンは冷静に見つめた。
国王はそのうち落ち着き、国王としての威厳と顔をとり戻したようだ。
「う、うむ。こうして表敬訪問のある国だ。隣国ではないとはいえ、シュージュリーにむざむざと蹂躙させたくはない。ただ、自国を守ることとは違う。軍や術師を送ることは許せぬぞ。その方針に変わりない」
出兵すれば、隣国であるシュージュリーとフォルテリアスが、完全に敵対することとなる。
「わかっております。しかし、秘匿されていた、他とは違う製鉄の技術がシュージュリーに渡れば、それもまた我が国を始め、近隣諸国への脅威となるでしょう。地の利は、マチェドニアにあります。十分な戦支度ができるように、財政支援の形でできればと思っておりますが」
「財政支援といっても、国庫からどれだけだせるか。……兄上、ウィスタントンからの援助も難しいでしょう?」
「うむ。リンの新商品開発でだいぶ助かってはいるが、それでも他国を支援するほどにはいかぬな。ライアン、この技術協力への対価や、あちらの産物の購入だけではとても足りまい」
難しい顔の国王と公爵の前で、ライアンもふう、と、息を吐いた。
「そうですね。あちらでは衣装用の貴石や、代々伝わる宝玉のたぐいも、すでに鉄鉱石の買い付けに回したとか。さすがに皇家の宝冠などはそのままのようですが」
「それではとても足るまい。支援も他の理由付けを考えねば……」
「技術協力費、茶樹の提供などの名目を立てて、国、ウィスタントン、フィニステラで分けるのはどうでしょうか」
サヴォア卿も案を出した。
支援金の名目や、分担の割合、どこの予算から出してくるのか、他に影響がでないのか、などを財務担当官も呼ばれ、なかなか難しい顔で話しあっている。戦争の準備金といえば膨大なものになり、それも自国防衛のためではないのだから、あちらこちらが納得するようにまとめるのは大変で、簡単に決まるものではなかった。
『フィニステラ領でのお茶栽培実現に向けて』話し合う会議が、なぜ、戦争の支度金援助の話になったのか、と思いながら、リンはじっと横で聞いていたが、とうとう口を開いた。
「あの、茶樹の買い付けや、技術協力費ということでしたら、私もぜひ協力したいと思うんですが。戦争というのは実感がわきませんが、どんなにひどい状況になるかの想像はできます。マチェドニアが戦争となったら、お茶どころの話ではないですし。ご縁があって、お知り合いになった方々ですし……」
「リンが?」
「いや、それは違うであろう」
「新商品の売り上げからリンへの報酬を分けてあるが、それはリン個人の取り分で、新規事業への投資に使う必要はないのだぞ?」
周囲からの言葉に、リンは首を横に振った。
「いえ、そうではなく。……まあ、お茶のためでしたら、今までの報酬を使っても良い、というか、むしろそうしたいですけど。でも、それでは全く足りませんよね?」
「ああ、そうだな。気持ちはありがたいが」
ライアンはうなずいた。
「なので、その報酬は他のために取っておくとして、アレが使えるかなと思って」
「あれ……」
「ほら。例の『神々しい石』が」
ライアンは目を見開いた。
「アレ、か。確かにアレなら十分過ぎるが。しかし……」
「小国なら買えるんですよね?」
「ああ。問題ないな」
黙って二人の会話を聞いていた、国王と公爵が顔を見合わせた。
「ライアン、リン、いったい何の話をしている?」
「どこを買う気だ……」
「いえ、国を買いたいわけではないんですけど」
ライアンがふっと息を吐いた。
そして、すまないが、と、それぞれの側近や、その場に呼んでいた財務担当官をすべて下がらせる。
静かになった室内で、風の壁を立て、さっとシルフを払うと、ようやく口を開いた。
「……リンの、例の非常識な石の話です」
「アレか」
「アレなら、まあな」
国王、公爵の頭の中にも、同じ石の姿が浮かんだようだ。
「原価はほとんどタダ同然ですし、国や領の予算にも影響しないでしょうし」
「原価がかからず、小国が買える石とは、聞いたことがございませんが……」
その場に残ったサヴォア卿がひとり、わからずに困惑している。
「……リンは精霊の加護が厚く、おおよそ理解しがたい大きさの精霊石をつくる」
「私が作るわけではないんですけど。精霊が作るんですよ?」
リンの説明は、さらりと皆に流された。
これまで精霊が、他の術師にそんなことをしたことはないのだ。
「サヴォア、厳秘せよ。どこに漏れても、やっかいな話だ」
「確かに、精霊石でしたら原価はタダ同然かもしれませんが。あれは精霊の加護をいただくもので、原価やその資産価値で話すようなものでもないような。……それほどに、大きなものなのですか」
「国宝級であることは、確かだな。宝物庫にあるどの宝玉より大きく、そしてまた、なんとも美しく、神々しい」
「それはまた……」
サヴォア卿もその意味にすぐに気が付いたようで、後の言葉を飲み込んだ。
「……お風呂用にと、つくった『水の石』なんですけどね」
「風呂、ですか……」
サヴォア卿は脱力したように、リンのことをポカンと眺めた。





