Lin and Ryan / リンとライアン
「さあ、その黄金の衣を脱いで、象牙の肌を見せてごらん!」
ライアンが離宮に戻り、工房脇の執務室へと向かっていると、リンの声が聞こえてきた。なにやらご機嫌で声が弾んでいるようだが、聞き流すには怪し過ぎ、面白過ぎた。
脇を歩く側近と視線を合わせると、シムネルもフログナルドも笑いをこらえたような微妙な表情をしている。
婚約を断るという、カタラーナとの気を詰めた話し合いの後に、くたりと力が抜ける気がした。
執務室へ先に行っているよう、側近達に言うと、ライアンはリンがいる厨房へ足を速めた。
「リン、外まで声が筒抜けだ。誰かを脱がすとは人聞きが悪い」
「あ、おかえりなさい。『盗賊の薬』はどうでしたか?」
リンは中央にある調理台の脇に立っており、姿を見せたライアンを振り向いた。
「薬草の石珠が溶け切りそうだ。間もなく、石に封じ込められるだろう」
「いよいよですね」
「その時は手伝いを頼む。……ところで、何をやっていたのだ」
リンは一歩横にずれ、隣に来たライアンに調理台を見せた。
「ほら、各地のご領主様から頂いた産物の中にあった麦ですよ」
「ああ。あの大麦か」
今年は豊作でした、と、収穫されたばかりのものを贈られた。
そういえばあの地のビールも人気があったな、とライアンが思い出していると、リンは調理台の上を歩いていたグノームを呼んだ。
調理台の上には大きめの布が敷かれて、黄金の殻をつけたままの麦が山になっている。
脇にあるボウルの底には、ほんの一掴みほどの殻をむかれた麦が入っていた。
確かに裸になっている。
殻を付けたままの麦の上にグノームがちょこんと座った。
「グノームを使って、殻をむいているのか?」
「ええ。師匠に聞いたら、石臼を使うと、どうしても欠けたりするそうなので。丸々そのまま欲しいんです」
「小麦ではないのだが、まさか、リンがビールを作るわけではないだろう?」
「なんでビール?!もう。違いますよ。すぐにアルコールにいくんですから」
リンはチロリと横目でライアンを見上げた。
「秋の大市で出す、美味しい物ができないかなあと。……さ、グノーム、お願い。続けて?」
リンが声をかけると、グノームが頷いて、周囲に麦の殻が飛び散りはじめた。
つるりとむけた麦は、きちんとボウルに飛び込んで溜まっていく。
「後の掃除が大変ですけど、やっぱりグノームの力を借りると、つるんとむけて楽しいですね」
「これをどうやって使うのだ?」
「そうですねえ。普通にスープに入れてもいいですし、お肉やお野菜と一緒に丸く形を作って、揚げてもいいですし。あと、少し違うんですけど、私が探している米という穀物の代わりにしようかな、と」
「春にロクムに頼んだ、あれか。見つかってはいないのだろう?」
ライアンの言葉にリンはうなずいた。
「私の国の主食になる穀物だったんですよ。ほら、あのスパイスの効いたカレーも、米と合わせてもおいしいんです。どんな料理にも合うし、見つかって欲しいなあ」
「大陸の東側はここ数十年、常にどこかで小競り合いが起きている。戦火を避けて迂回したり、足止めされたり。交易経路も慎重に見極めているそうだ」
「数十年……。住んでる人は、たまったものではありませんね」
「ここ数年のシュージュリーの東征でさえ、苦しんでいる者は多いのに、な」
ライアンとリンが、重い口調で話している間にも、麦はどんどんボウルに溜まっていく。
ぼうっとその様子を眺めていたリンが、気分を変えるようにいった。
「近々、またオグさんたちと飲み会をしますか?その時に秋の大市用に考えている料理を、少し作ってみようかと」
「各地の領主を集めた試食日の前に、それもいいかもしれないな。……毎年、オグと建国祭の前夜には集まって飲んでいたのだが。王都では前夜祭として、街は遅くまで盛り上がるはずだ」
建国祭の前日。
ライアンの誕生日だ。ちょうどいいかもしれないが。
「前夜祭は忙しくないんですか?ライアンの誕生日でしょ?」
ライアンは肩をすくめた。
「王宮では夜に舞踏会が開かれるはずだが、私は参加したことがない。翌日の建国祭の式典には、タブレットもラグナルも長として出席するが、前夜祭はどちらかというと、街の方が盛り上がるだろうな」
「へえ」
「前夜祭はアルドラを少し手伝うのだが、その後に集まれるようなら、それでもいいか?タブレット達も、舞踏会には最後までいないだろう。次の日に式典があるから、遅くはなれないが」
「……いつもみたいに遅くまで飲まなければ、大丈夫だと思いますよ。お酒くさくて、儀式とかダメですよ?」
「リンのつまみが、美味しいのがいけない」
さらりと褒められ、一瞬の後に意味を理解して、リンは真っ赤になった。
「うあ。ありがとうございます。ええと、美味しいのは幸せですよね。うん」
何を言っていいのかわからず、リンはコクコクとうなずいている。
「ああ、そうだ。前夜祭も建国祭の式典も、リンは賢者見習いとして参列だ」
「ええっ!」
「前夜祭は、私と一緒にアルドラの手伝いだな。建国祭当日の式典は、その日、王宮の前庭が民に開放される。その前で儀式が行われるのだが、そこに参列だ」
「どんな儀式なんですか?」
「古代の再現といったものか。ドルーの代理として賢者が、国王にオークの木の枝を渡して加護を与える。国王は精霊の力添えに感謝をして、国の繁栄を祈る」
厳かな儀式のようだ。
「……そんな儀式に、私も参列するんですか?」
「新しい賢者見習いの披露目でもある。皆はリンを見に来るのだから」
「えぇぇぇ……」
「大丈夫だ。立っているだけだから、楽だろう?」
ライアンには軽く言われたが、リンは思わずため息をついた。





