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Catalana and Ryan / カタラーナとライアン

「ああ、ライアン、カタラーナに『睡蓮の庭』の場所を教えてやっとくれ」


 ライアンがアルドラの工房に入ると、今朝もカタラーナとお茶をしているところに出くわした。

 簡単に挨拶をかわし、保管庫の『盗賊の薬』の様子を確認してでてくると、アルドラから声がかかった。


「スイレン。『夏の庭』ですね」

「そうさ。カリソンのローズガーデンは、見頃を外れただろう?他の庭も、春の方がいいじゃないか。でも、睡蓮は今が美しいからね。カタラーナはまだ見てないそうだよ」

「あそこは少し離れておりますからね。……では、行きましょうか」


 まさか、直接案内してもらえるとは思わなかったカタラーナは慌てて立ち上がり、ライアンに続いて工房を出た。

 後ろからはカタラーナの侍女と、二人の護衛が着いてくる。

 夏の王宮は人が増え、慌ただしい。二人に丁寧に挨拶をしてすれ違う者も多かったが、庭の奥へ入るにつれ、人が少なくなってくる。


「お庭をいくつか拝見致しましたが、この奥にもあるとは知りませんでした」

「アルドラは『睡蓮の庭』と言っておりましたが、『夏の庭』なのです。池の睡蓮だけでなく、周囲に夏に花咲く品種が集められています」

「ライアン様も、そちらにはよく?」

「静かなので、学生の頃には本を持って」


 そういえばリンは、朝の散歩途中に偶然入り込んで、美しかったと興奮しながら戻ってきていた。

 今のリンなら、オンディーヌが睡蓮の葉に座っているのが見えるだろう。

 シルフやグノームも気に入りの場所で、この場に行くと機嫌が良い。


「アルドラが毎日付き合わせているのではありませんか?」

「いえ。身体が弱くてマチェドニアを出たことのなかった私に、いろいろと教えてくださっています」

「無理をしない程度に、辛いようなら断っていいのですよ。……さあ、この先です」


 目の前の池には、緑の葉が浮かぶ間に、白、ピンク、青の睡蓮の花が浮かんでいる。

 思った通り、ここはサラマンダー以外の精霊が、好んで休息を取る場所だ。

 オンディーヌはゆったりと葉に座り、水に自分の姿を映しているし、グノームは葉から身を乗り出して今にも池に落ちそうだ。

 それをシルフが一生懸命に、押し戻すと、水面にさざ波が立つ。

 池の周囲には小道が出来ており、小さなガゼボもある。ベンチが置かれているので、ゆっくりと睡蓮を眺めることができた。


「まあ、本当に美しいですね」

「ええ。祖父が国外から睡蓮花を持ってきたのですが、楽しむ人が少ないのが、残念なぐらいです」


 カタラーナは気持ちが良さそうに、周囲を眺めている。

 しばらくその場に立ったままでいたが、座った方がいいかと、さらに歩きだそうとしたライアンをカタラーナが引き留めた。


「あの、ライアン様」

 

 周囲には人がおらず、聞きたいことがあるカタラーナには都合が良かった。


「このようなことを直接聞くのは、はしたないとお思いかもしれませんが、我が国からの申し入れを、どう思っておられますでしょうか」


 直接問われるとは思っていなかったライアンは、少し驚いて振り返った。


「兄は難しいのではないかと申しておりました。あの、私、リン様と仲良くできると思います。それに、本当に、名前だけの立場でも良いのです」


 カタラーナは思いつめた様子で、言い募る。

 少し離れた場所にいるカタラーナの侍女にもその声が聞こえているようで、眉をひそめ、痛ましそうな顔でこちらを見つめている。


「座りましょう」


 ライアンは近くのガゼボへと向かった。

 二、三段のステップを上がり、カタラーナを座らせると、話の内容が内容なだけに、護衛も侍女もガゼボの外に下がらせ、自分はその横にあるベンチに腰かける。



「お話は、婚約の件ですね」


「ええ」



 カタラーナは緊張しているのか、表情はこわばっているようだ。膝に置いた手に一度目を落としてから、顔を上げた。



「ライアン様には、ご迷惑な話だと存じております。ですが、もうこの方法しか……」


 ライアンがうなずいた。


「貴国の難しい状況は理解しているつもりです。統治者一族の繋がりは、諸国にフォルテリアスの庇護下に入ったことが明確に伝わりますから。……非公式なこの場だから申し上げますが、カタラーナ殿はそれでよろしいのですか。ご自身の一生を決めることです。率直に、この度の話をどのように思っておられますか」


 カタラーナは池の向こうを、はるか遠くの国を思い出すように見遣ると、凛とした笑みを浮かべた。


「マチェドニアは小さな山国ですが、美しい所なのです。それが守られるのなら、と」

「……マチェドニアの民は、カタラーナ殿が犠牲になることは望まないと思いますが」

「いえ! 犠牲とは思っておりません。それに、あの、こちらの話も、兄や大市担当の者、クナーファ商会のロクムからも聞いておりましたから」


 カタラーナは頬をほんのりと赤らめた。


「ですが、ライアン様にはご迷惑な話でしたわね。それに、リン様の御心を騒がせますもの。我が国の事情は、こちらとは関係のないことですから」

「マチェドニアは遠いですが、このように交流している国が、大国に蹂躙されて良いとは思っておりません。リンも、……そうですね、カタラーナ殿の国が侵略を受けると聞いたら、心配し、気にするでしょう。もちろん、貴女が望まない婚約をすることも、です」

「望んでいない、というわけでは……」


 カタラーナは語尾を濁して、うつむいた。

 ライアンは、ふっと息をついた。


「私がこの先、指一本貴女に触れないとしても?」


 カタラーナは、ハッとして顔を上げた。その顔は強張っている。


「やはり、リン様の……」

「いえ。そうではなく。それに、カタラーナ殿がどう、というわけではないのです。代々の賢者は結婚していない者も多いのですよ。……私もそうなるだろうと、思っておりました」


 カタラーナはじっと見つめている。

 

「禁止されているわけではないのです。ただ……」


 ライアンは、エスコートをする時のように、手のひらを上に向けてカタラーナの前に差し述べた。


「手をゆっくりと、この上に」

「っ!」


 カタラーナが手を近づけるとパチッと、静電気のような小さな火花が飛んだ。

 唯一、池の近くで遊んでいないサラマンダーだが、だいぶ加減したようだ。

 珍しく気を利かせたらしい。

 チラリと見ると、やって良かったんだよね?と言うように、首を傾げている。

 

「ご覧の通りです。精霊は気難しく、本来なら、ここに来るまでもエスコートをするべきだったのですが、私がそうできる人間は限られています」

「まあ……」

「国を思う気持ちは痛いほどわかりますが、貴女の一生が犠牲になるような、このお話を進めるべきではないと思っております」

「はっきりと言っていただいて、よくわかりました。ですが……」


 カタラーナは、ぐっとこらえて、言葉に詰まった。

 婚約の不成立は、つまりフォルテリアスの後ろ盾があることを、示せないことになる。

 

「承知しております。後ろ盾ということではありませんが、近日中に、キュネフェ殿に面会予約をとりつけるつもりです。何か他の解決策を見つけたいと、陛下とも話しておりますので」

「それが可能であれば、どれほど良いか!」


 ライアンはコクリとうなずいた。


「そろそろ戻りましょうか」

「ええ」


 二人は並んで、ガゼボから出た。

 ガゼボのステップの下で、ライアンがカタラーナを待っている。

 

「そういえば、ライアン様。リン様のエスコートはできるのですか?精霊が許したのかしら」

「……リンの場合は最初から。精霊が興味を持って近づいておりましたから」

 

 出会ったその夜から、凍える手を引いて森を歩いた覚えがある。


「まあ。やはり、特別なのですねえ」

「そう、ですね。特別です。……貴女にきちんと言わなければ、フェアではありませんね」


 ライアンは隣に立つカタラーナの目をまっすぐに見た。


「精霊のことがなくても、私はこの婚約の話をお受けしなかったと思います。心に決めた者がおります。……彼女はまだ、それを知りませんが」

「まあ!」


 カタラーナは目を見開くと、美しい笑顔で笑った。


「真っすぐなお言葉を感謝いたします。それでは、ご本人に早くお伝えしないといけませんね」

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