A Visit / 面会
リンの賢者見習い登録が周知されてから数日。
ライアンはリンに来た招待状やら、依頼状の束を眺めた。同様に、祝いの品も数多く届いている。
昨日も、フロランタンが主催する森での舟遊びに参加を、と重ねて請われた。そうでもしないと執務が滞ると言われれば、反対もできなかった。
街に一度出たきり、リンは離宮に閉じこもっている。
毎日顔を合わせていた『船門』の警備から始まり、あちらこちらで祝いの言葉と共に深々と挨拶され、大変居心地が悪かったらしい。
今は各地からの産物と食べ方などのリストを前に、アマンドやブルダルーに確認しながら、読み下しているようだ。中には食べ物ではないものも混ざっていて、近日中に、各地の領主や料理人との会合を持つことになっている。
ここでリンに直接会えるので、王宮での騒ぎも少し落ち着くかもしれない。
母である領主夫人に呼ばれて、ライアンは足早に応接室へと向かっていた。
リンも、もし手が空いていたら一緒に、とのことだったが、セバスチャンに確認すると、リンはあいにくアルドラに呼ばれて、茶を飲みに行っているらしい。
「リン様にご連絡をしたほうが、よろしいでしょうか」
「いや、必要そうだったら、シルフを飛ばす」
応接室には、母以外に、王都の仕立屋ギルドの長、レーチェ、それから皮革職人が待っていた。
挨拶を受けて、腰を下ろす。
「母上、お待たせいたしました。リンは、アルドラのところへ行っておりますが」
「構わないわ。実はリンが発案した商品の件なのだけれど、私より貴方が聞いたほうがいいのではないかしら」
ライアンはギルド長の方へ顔を向け、説明を促した。
仕立屋ギルドの長は、初老の男性で、長く王家の男性陣の衣装を仕立ててきた人物だ。上品でカラフルな衣装に、頭にはベレー帽のような、柔らかな帽子をかぶっている。
「リン様が発案した商品が、服飾分野にもございます。その件でレーチェから相談を受けました。どれも大変人気がでておりまして、どんなに針子を抱えても、レーチェ一人ではさばき切れないのです。このままでは納品の遅れなど、お客様に迷惑となることも考えられます」
用件は、リン発案の商品を、ギルドを通じて他の者にも作らせて欲しいという要望だった。
その分、売り上げの一部を、発案者であるリンと、最初につくったレーチェに納めると言う。
「リンよりも、レーチェが良ければ構わないと思うが。……リンも呼ぼう」
シムネルにリンへ連絡するように伝えると、ライアンはレーチェの方を見た。
「リン様には先日、このような話があることを、すでにお伝えしたのですが」
レーチェはギルド長とうなずき合い、ギルド長がその後を続けた。
「賢者見習いとなられたことで、売り上げの一部を納めることに、不都合はございますでしょうか」
「いや。精霊術や精霊道具でもないので、問題はないだろう」
「ありがとうございます。後程、リン様も含めて、条件の話し合いをさせていただきたく」
ライアンは鷹揚にうなずいた。
「しかし、センスなら、木工や宝飾のギルドに話して、ボスク工房にも同じようにしてやるべきか」
職人をウィスタントンに留学させるのはどうか、と、リンも言っていたし、近々ボスクの二人とも話したほうがいいだろう。
そんな風にライアンが考えこんでいると、ギルド長から歯切れの悪い答えが返ってきた。
「いえ。あの、センスではなく、えー、そのう、他の商品が貴族のお客様だけではなく、街の方にも広がる勢いでして……」
そこに領主夫人から、助けが入る。
「『シルフィー』のシリーズでしょう?」
「『シルフィー』とは?」
「殿方は知らないわね。女性の身嗜みのもので、リンが発案した商品があるのよ」
領主夫人がいたずらっぽい笑顔を見せる。
ライアンがピシっと固まった。
「……確かに、その、あー、女性が身につけるもので、精霊の名前を付けても不敬ではないかと、リンが言ったことがありました。ですが、あれは却下したはずで」
今度はライアンの歯切れが悪い。
「ホホホ。風のように軽やかなので、シルフのお名前がぴったりなのですよ。……まあ、ライアン。リンから聞いていたのですか」
まさか本当にその名を付けたのか、と、ライアンは愕然としながら、チラリとシルフの方を見るが、気にもしていないようで、飛び回っている。
「手が足りないほど売れているとは、思いませんでしたね。……母上、今、『シリーズ』とおっしゃいましたか?」
名前に気をとられて、聞き逃していた。
「ええ。リンとレーチェが、がんばっているのよ。女性のお茶会でもその話がでるものだから、どんどん広がって」
「それは、いったい、……いえ。聞かないほうがいいでしょう」
ライアンは頭を振った。
「評判がいいのよ。貴方も気に入るのではないかしら」
リンが王宮から戻ったのは、レーチェ達が『温め石』を納めるポケットの付いたベストや、子供用のあったかぬいぐるみを披露している時だった。
「ただいま戻りました」
ギルド長達が一斉に立ち上がり、リンに祝いの言葉を述べる。
リンはライアンの隣に腰を下ろした。
「ありがとうございます。あ!サンプルが出来上がったのですね!」
「はい。……シロも持ってきておりますよ」
リンの「ポカポカシロくん」に、目の石が付けられたようだ。
「リン発案の商品に対して、一定期間、売り上げの一部が納められることになるだろう」
材質や形の違うベストを確かめ、ぬいぐるみの中に、『ぬくぬくサラマンダー』を見つけ、手に取っていたリンはビクリとした。
恐る恐る、横に座るライアンを見上げる。
「あっ!……あのう、ライアン。もしかして、聞きました?」
「シルフの御名を拝借したのは聞いた。全く何を作っているのだか」
「これはその、報告をしにくかったと言いますか……」
相談も報告も怠ったリンは慌てているのか、手の中で『ぬくぬくサラマンダー』と本物のサラマンダーを、一緒にいじり倒している。
「ええと、あの、うーん、今度、現物をお見せしましょうか?」
「現物?……いや、いい。必要ない」
ライアンはぎょっとして顔をそらし、こちらもうろたえたのか、リンの手からサラマンダーを取り上げた。
リンから引き離された本物は、すぐに『あつあつサラマンダー』に変化した。
二人のやりとりを、レーチェはすまし顔で、ギルド長や領主夫人はどこか微笑ましく見守っている。
困ったような顔をしているのは皮革職人だ。
彼の用事はまだ終わっていなかった。
春の大市でライアンと話したことはあっても、レーチェほど親しいわけではなく、横からレーチェをつっついた。
「あの、あともう一つ、見ていただきたいものがございまして。リン様ご注文の『ウエストポーチ』なのですが」
「『ウエストポーチ』?」
「はい。腰につけている袋を、リン様が改良したいと」
これも初耳だ。
ライアンはだまって、リンをじっと見た。
「ええと、サンプルが出来てから話そうと。……すみません、忘れてましたっ!」
リンはオグの忠告をすっかり忘れていた。
ひとつ秘密にしていることがあると、ライアンと話す時にそれを意識してしまい、すっぽりと頭から抜け落ちたようである。
「まあ良い。で、これか」
サンプルは厚手の布で作られており、オグが絵の手直しをしたおかげで、絵の通りに綺麗な形になっている。
「ええと、ベルトに通すのは一緒なんですけど、ライアン、中を見てください」
底にマチがとられ、仕切りとポケットができている。これなら薬草や精霊石を入れやすい。
「中を分けたのか」
「そうなんです。これだと探さなくても、見つけやすいでしょう?」
領主夫人も興味深げに中を覗いている。
リンは自分の腰に付けた袋から、『水の石』に『温め石』、術師のための薬草、蜜蝋のクリームが入った小さな飾り箱や、ハンカチを移した。
「これは、わかりやすいな」
「仕切りの大きさもいい感じですね。オグさんやローロは、ハンターには、もっと大きい方がいいって言ってましたけど」
ギルド長が大きくうなずいた。
「実はこちらの『ウエストポーチ』も、『温め石』用のベストやぬいぐるみとともに、生産をギルドにお任せいただければと思っておりますが」
「すでに注文があるのか?」
「今はウィスタントンのハンターの方と、騎士の方だけでございますが、恐らく増えるかと」
「リン、かまわないと思うが。どうする」
「もちろんです。よろしくお願いします」
ギルド長は要望が通って、ピカッといい笑顔をしている。
そのギルド長を、また皮革職人がつっついた。
「おお。そうでございました。それで、形はこれでよろしい様ですが、皮革を持ってまいりましてな。お選びいただければ、と」
やっと自分の用件にたどりつけた皮革職人は、ローテーブルの上に持ってきた皮革を広げた。
これが、牛、豚、ヤギ、山ヤギ、鹿、羊、馬、と、次々と出てくる。
見た感じも、柔らかさも、手触りも、どれも少しずつ違う。
全員で触って感触を確かめる。
「この辺りが、しなやかで、柔らかくて好きかも」
「そちらは山ヤギと、こちらがホワイト・テイルでございますね」
「えっ、あのホワイト・テイル?……じゃあ私はこちらにします」
領主夫人もホワイト・テイルを気に入ったようだ。
いくつか選んでいるので、きっと家族の分を選んでいるのだと思う。
「私はこちらにしよう。『ウエストポーチ』の大きさを変えてほしいのだが」
ライアンが選んだのは山ヤギで、これも柔らかく、重さも軽かった。
すでに腰に付けている小型ナイフの鞘も、同じ山ヤギの革だという。
レーチェが立ち上がって、ライアンのウエストの辺りを計りながら、要望を聞いていく。領主夫人もそれを聞きながら、作りたい大きさ、ポケットの数を考えている。
この分だと、すぐに王家からも注文が入るだろう。
これも瞬く間に広がっていくのが、見えるようだった。





