表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/275

A Visit / 面会

 リンの賢者見習い登録が周知されてから数日。

 ライアンはリンに来た招待状やら、依頼状の束を眺めた。同様に、祝いの品も数多く届いている。

 昨日も、フロランタンが主催する森での舟遊びに参加を、と重ねて請われた。そうでもしないと執務が滞ると言われれば、反対もできなかった。

 

 街に一度出たきり、リンは離宮に閉じこもっている。

 毎日顔を合わせていた『船門』の警備から始まり、あちらこちらで祝いの言葉と共に深々と挨拶され、大変居心地が悪かったらしい。

 今は各地からの産物と食べ方などのリストを前に、アマンドやブルダルーに確認しながら、読み下しているようだ。中には食べ物ではないものも混ざっていて、近日中に、各地の領主や料理人との会合を持つことになっている。

 ここでリンに直接会えるので、王宮での騒ぎも少し落ち着くかもしれない。



 母である領主夫人に呼ばれて、ライアンは足早に応接室へと向かっていた。

 リンも、もし手が空いていたら一緒に、とのことだったが、セバスチャンに確認すると、リンはあいにくアルドラに呼ばれて、茶を飲みに行っているらしい。


「リン様にご連絡をしたほうが、よろしいでしょうか」

「いや、必要そうだったら、シルフを飛ばす」


 応接室には、母以外に、王都の仕立屋ギルドの長、レーチェ、それから皮革職人が待っていた。

 挨拶を受けて、腰を下ろす。


「母上、お待たせいたしました。リンは、アルドラのところへ行っておりますが」

「構わないわ。実はリンが発案した商品の件なのだけれど、私より貴方が聞いたほうがいいのではないかしら」


 ライアンはギルド長の方へ顔を向け、説明を促した。

 仕立屋ギルドの長は、初老の男性で、長く王家の男性陣の衣装を仕立ててきた人物だ。上品でカラフルな衣装に、頭にはベレー帽のような、柔らかな帽子をかぶっている。


「リン様が発案した商品が、服飾分野にもございます。その件でレーチェから相談を受けました。どれも大変人気がでておりまして、どんなに針子を抱えても、レーチェ一人ではさばき切れないのです。このままでは納品の遅れなど、お客様に迷惑となることも考えられます」


 用件は、リン発案の商品を、ギルドを通じて他の者にも作らせて欲しいという要望だった。

 その分、売り上げの一部を、発案者であるリンと、最初につくったレーチェに納めると言う。


「リンよりも、レーチェが良ければ構わないと思うが。……リンも呼ぼう」


 シムネルにリンへ連絡するように伝えると、ライアンはレーチェの方を見た。


「リン様には先日、このような話があることを、すでにお伝えしたのですが」


 レーチェはギルド長とうなずき合い、ギルド長がその後を続けた。


「賢者見習いとなられたことで、売り上げの一部を納めることに、不都合はございますでしょうか」

「いや。精霊術や精霊道具でもないので、問題はないだろう」

「ありがとうございます。後程、リン様も含めて、条件の話し合いをさせていただきたく」


 ライアンは鷹揚にうなずいた。


「しかし、センスなら、木工や宝飾のギルドに話して、ボスク工房にも同じようにしてやるべきか」


 職人をウィスタントンに留学させるのはどうか、と、リンも言っていたし、近々ボスクの二人とも話したほうがいいだろう。

 そんな風にライアンが考えこんでいると、ギルド長から歯切れの悪い答えが返ってきた。


「いえ。あの、センスではなく、えー、そのう、他の商品が貴族のお客様だけではなく、街の方にも広がる勢いでして……」


 そこに領主夫人から、助けが入る。


「『シルフィー』のシリーズでしょう?」

「『シルフィー』とは?」

「殿方は知らないわね。女性の身嗜みのもので、リンが発案した商品があるのよ」


 領主夫人がいたずらっぽい笑顔を見せる。

 ライアンがピシっと固まった。


「……確かに、その、あー、女性が身につけるもので、精霊の名前を付けても不敬ではないかと、リンが言ったことがありました。ですが、あれは却下したはずで」


 今度はライアンの歯切れが悪い。


「ホホホ。風のように軽やかなので、シルフのお名前がぴったりなのですよ。……まあ、ライアン。リンから聞いていたのですか」


 まさか本当にその名を付けたのか、と、ライアンは愕然としながら、チラリとシルフの方を見るが、気にもしていないようで、飛び回っている。


「手が足りないほど売れているとは、思いませんでしたね。……母上、今、『シリーズ』とおっしゃいましたか?」


 名前に気をとられて、聞き逃していた。


「ええ。リンとレーチェが、がんばっているのよ。女性のお茶会でもその話がでるものだから、どんどん広がって」

「それは、いったい、……いえ。聞かないほうがいいでしょう」


 ライアンは頭を振った。


「評判がいいのよ。貴方も気に入るのではないかしら」


 

 リンが王宮から戻ったのは、レーチェ達が『温め石』を納めるポケットの付いたベストや、子供用のあったかぬいぐるみを披露している時だった。


「ただいま戻りました」


 ギルド長達が一斉に立ち上がり、リンに祝いの言葉を述べる。

 リンはライアンの隣に腰を下ろした。


「ありがとうございます。あ!サンプルが出来上がったのですね!」

「はい。……シロも持ってきておりますよ」


 リンの「ポカポカシロくん」に、目の石が付けられたようだ。


「リン発案の商品に対して、一定期間、売り上げの一部が納められることになるだろう」


 材質や形の違うベストを確かめ、ぬいぐるみの中に、『ぬくぬくサラマンダー』を見つけ、手に取っていたリンはビクリとした。

 恐る恐る、横に座るライアンを見上げる。


「あっ!……あのう、ライアン。もしかして、聞きました?」

「シルフの御名を拝借したのは聞いた。全く何を作っているのだか」

「これはその、報告をしにくかったと言いますか……」


 相談も報告も怠ったリンは慌てているのか、手の中で『ぬくぬくサラマンダー』と本物のサラマンダーを、一緒にいじり倒している。

 

「ええと、あの、うーん、今度、現物をお見せしましょうか?」

「現物?……いや、いい。必要ない」


 ライアンはぎょっとして顔をそらし、こちらもうろたえたのか、リンの手からサラマンダーを取り上げた。

 リンから引き離された本物は、すぐに『あつあつサラマンダー』に変化した。


 

 二人のやりとりを、レーチェはすまし顔で、ギルド長や領主夫人はどこか微笑ましく見守っている。

困ったような顔をしているのは皮革職人だ。

 彼の用事はまだ終わっていなかった。

 春の大市でライアンと話したことはあっても、レーチェほど親しいわけではなく、横からレーチェをつっついた。

 

「あの、あともう一つ、見ていただきたいものがございまして。リン様ご注文の『ウエストポーチ』なのですが」

「『ウエストポーチ』?」

「はい。腰につけている袋を、リン様が改良したいと」


 これも初耳だ。

 ライアンはだまって、リンをじっと見た。


「ええと、サンプルが出来てから話そうと。……すみません、忘れてましたっ!」


 リンはオグの忠告をすっかり忘れていた。

 ひとつ秘密にしていることがあると、ライアンと話す時にそれを意識してしまい、すっぽりと頭から抜け落ちたようである。


「まあ良い。で、これか」


 サンプルは厚手の布で作られており、オグが絵の手直しをしたおかげで、絵の通りに綺麗な形になっている。


「ええと、ベルトに通すのは一緒なんですけど、ライアン、中を見てください」


 底にマチがとられ、仕切りとポケットができている。これなら薬草や精霊石を入れやすい。


「中を分けたのか」

「そうなんです。これだと探さなくても、見つけやすいでしょう?」


 領主夫人も興味深げに中を覗いている。

 リンは自分の腰に付けた袋から、『水の石』に『温め石』、術師のための薬草、蜜蝋のクリームが入った小さな飾り箱や、ハンカチを移した。

 

「これは、わかりやすいな」

「仕切りの大きさもいい感じですね。オグさんやローロは、ハンターには、もっと大きい方がいいって言ってましたけど」


 ギルド長が大きくうなずいた。


「実はこちらの『ウエストポーチ』も、『温め石』用のベストやぬいぐるみとともに、生産をギルドにお任せいただければと思っておりますが」

「すでに注文があるのか?」

「今はウィスタントンのハンターの方と、騎士の方だけでございますが、恐らく増えるかと」

「リン、かまわないと思うが。どうする」

「もちろんです。よろしくお願いします」


 ギルド長は要望が通って、ピカッといい笑顔をしている。

 そのギルド長を、また皮革職人がつっついた。


「おお。そうでございました。それで、形はこれでよろしい様ですが、皮革(ヒカク)を持ってまいりましてな。お選びいただければ、と」


 やっと自分の用件にたどりつけた皮革職人は、ローテーブルの上に持ってきた皮革を広げた。

 これが、牛、豚、ヤギ、山ヤギ、鹿、羊、馬、と、次々と出てくる。

 見た感じも、柔らかさも、手触りも、どれも少しずつ違う。

 全員で触って感触を確かめる。


「この辺りが、しなやかで、柔らかくて好きかも」

「そちらは山ヤギと、こちらがホワイト・テイル(白尾鹿)でございますね」

「えっ、あのホワイト・テイル?……じゃあ私はこちらにします」


 領主夫人もホワイト・テイルを気に入ったようだ。

 いくつか選んでいるので、きっと家族の分を選んでいるのだと思う。


「私はこちらにしよう。『ウエストポーチ』の大きさを変えてほしいのだが」


 ライアンが選んだのは山ヤギで、これも柔らかく、重さも軽かった。

 すでに腰に付けている小型ナイフの鞘も、同じ山ヤギの革だという。

 レーチェが立ち上がって、ライアンのウエストの辺りを計りながら、要望を聞いていく。領主夫人もそれを聞きながら、作りたい大きさ、ポケットの数を考えている。


 この分だと、すぐに王家からも注文が入るだろう。

 これも瞬く間に広がっていくのが、見えるようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MFブックス様より「お茶屋さんは賢者見習い 3」が11月25日に発売となります。

お茶屋さんは賢者見習い 3 書影
どうぞよろしくお願いします!

MFブックス様公式
KADOKAWA様公式

巴里の黒猫twitterでも更新などお知らせしています。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ