Buzzing / 騒めき
リンが賢者見習いとして披露されたすぐその後から、王宮も街も大変な騒ぎとなった。
新賢者誕生の話を伝え聞いた平民は、主に喜びを爆発させた。
話が少しばかり曲がって届き、中にはリンが生まれたばかりの赤ん坊だと思った者もいたようで、周囲とかみ合わない話に、ウィスタントンの天幕まで確認に来た。
「いえ、リン様はすでにご成人されており……あれ?おりますよね?」
術師見習いの返事も、なんとも心もとない。
ついでの話で、アイスクリームもリンが開発したと知らされ、「リン様のアイスクリーム」だと、いつもより数刻早く売り切れた。
そして翌日。
ブルダルー達がヴァルスミアの冷凍ベリーを使ったソルベを大量に仕込み、無料で振舞われている。
ウィスタントン公爵家で手配したシロップ・ミードやビールの樽も、各広場に並べられ、こちらも振る舞い酒だ。広場の店も、各地の天幕も、それをわかっていて、せっせとつまみになるものを販売している。
賢者の誕生はいつだって喜びに満ち溢れ、街中で騒ぐのが普通だった。
そんな日に、早くも砂時計のデザインを見て欲しいと連絡を受けて、リンは街へと向かった。
一目でわかるような術師のマントは羽織っていないのだが、街の『船門』へ降り立つと、警備の騎士がずらりと並んでリンを出迎えた。
その様子は、昨日、離宮の使用人がレセプションホールに勢ぞろいして、リンを出迎えたのと似ている。
「リン様、賢者見習いとなられましたこと、心よりお祝い申し上げます」
「うわっ」
一歩前に踏み出した者が代表して祝辞を述べると、全員で揃った美しい礼を見せてくれる。
きびきびとして、かっこいい動きだった。
「あ、ありがとうございます。すでにご存じなんですね?」
「もちろんでございます。街中が大騒ぎで」
「……そ、そうですか。街中が」
「僭越ながら、我々が道を先導させていただきます」
護衛二人では人に取り囲まれ、歩けなくなるかもしれない、と、言う。
余計に目立つではないか。
「ええと、大丈夫です。馬車を使いますから。お気遣いありがとうございます」
『船門』の騎士は残念そうにしていたが、申し出を断って、歩いて五分とかからないだろう『風の広場』まで、客待ちをしていた馬車に乗る羽目になった。
広場手前で馬車を降り、速足でウィスタントンの天幕を目指す。
だいたい一般の人はリンの顔を知らないので、変に護衛に囲まれなければ、バレないはずだった。
はずだったのだ。
ラミントンの天幕前に差し掛かった時に、顔見知りの文官達が飛び出してきて、『船門』の騎士と同じように、丁寧に祝辞を述べてくれた。
それはもう、いたたまれないぐらいに、丁寧だった。
「黒髪……」
「あっ!リン様だ。『黒髪の賢者様』だぞっ!」
一人が声をあげると、周りの者も気づいたようで、その場でざざっと頭を下げ、口々に祝いの言葉を述べた。
「おめでとうございます!」
「『アイスクリームのリン様』だぞ。新しい賢者だ!」
「おめでとうございます」
なんだか気になる呼び名が聞こえたが、リンは笑顔を引きつらせながら礼を言い、護衛に促されて隣の天幕へと急いだ。
「ふぃぃ。おはようございます」
「リン様、おはようございます。おめでとうございます」
「おはようございます!」
ウィスタントンの者は、皆、笑顔だが、概ねいつもと変わらなかった。
若干、風の術師見習い達が頬を上気させ、キラキラとした、ライアンを見るような目で見てくるのが、まぶしかった。
全く変わらないのがオグだ。
「よお。リン。とうとうだな。おめでとう」
「オグさん。めでたい、のかな?ありがとうございます。……皆さん、もう知っているんですね。『船門』でもそう言われました」
「おうよ。昨日の夕方までには、王都の隅々まで知れ渡ったんじゃねえか?シルフが飛びまくっているからな。今日は、もう国内の誰もが知っているだろうよ」
「えええ」
「まあ、賢者誕生だ。こんなもんだろ?俺はライアンが産まれた時のことを、まだ覚えているぞ」
これが当然だ、と言うようにうなずく。
「『アイスクリームのリン様』って呼ばれましたよ」
オグは苦笑した。
「アイスクリームを作ったのはリンだって、広がってなあ。今日も、祝いで出しているしな」
『カツサンドのリン』とか、『から揚げのリン』と呼ばれるより、まだ可愛らしいと思うことにした。
「残念です。お茶がすでに販売できていれば、『お茶のリン』と呼ばれて、お茶が売れたかもしれないのに」
「ああ。あり得る。これからリンの着る物、作る物、爆発的に売れるかもな」
オグはうなずくと、少し不思議そうな顔でリンの手元を見た。
「ところで、さっきから気になっているんだが、なんで、両手に精霊をぶら下げているんだ?」
サラマンダーとは左手で手を繋ぎ、右手には扇子を持って、そこにはグノームがぶら下がっている。
「サラマンダーはこうしていると、大人しいんです。グノームは、朝からセンスの装飾が気になるみたいで。昨日はドレスのコサージュを点検していたんですけどね?」
大人しいと言われたサラマンダーだが、リンの手を引っ張って、オグにぶつかろうとしている。
狙いはそこにいるオンディーヌのようだ。
「こら、サラマンダー。約束したでしょ。私がお願いするまで、やってはいけません」
グノームはリンの手をペチペチと叩いて、扇子を開けと催促している。
「……なんだか大変そうだな」
「ライアンは、少し慣れたら、精霊も落ち着くって言っていました」
「おう。ま、じゃあ、行くか」
今日は、ボーロ&ベニエの工房で待ち合わせだ。
生まれた時から付き合っているライアンの精霊も、いまだ落ち着いていないが、と、オグは思ったが、口にはしなかった。
街では喜ぶ者ばかりだったが、それ以上に困惑している者も多くいた。
精霊術師ギルドではそれが顕著で、今も多くの術師がグレートホールに残ったままだ。
リンは過去に例のない、異質な存在だった。
まず、白銀の髪をしていない。
フォルテリアスに産まれてもいない。
産まれた時にそれとわかる賢者だが、すでに成人に近い。
複数加護を持つ者は貴族ばかりだが、平民で、難民だ。
そして、なんと、現在国内に三人の賢者がいる。
「なんとも、驚きましたな」
「全くです。ライアン様が工房に住まわせている、と、聞いてはいましたが、まさか、こんなことだとは……」
ウィスタントンに偵察を送った者が、渋い顔で言った。
「全くですなあ。黒髪だと聞いて、油断しておりましたな」
「ご覧になりましたか。『調べの石』が、あのように長く光って、精霊の喜びが伝わるようでしたぞ」
「しかし、国外から来た難民を、賢者として良いものかどうか」
一人が言えば、別の者が答える。
「賢者が増えることは、国の安定に繋がるではないか」
「過去にも、複数の賢者がいたことがございますね。……大昔。建国の頃ですが」
フォルテリアスの歴史に詳しい者が言う。
「そうですよ。建国王だって、他国からこの地へ入ったではありませんか」
若い術師が言うと、その場は騒然となった。
「なんてことを!」
「建国王と比べるとは、おこがましいにもほどがある」
「しかしですね、」
純粋に賢者の誕生を喜ぶ者ももちろんいるが、それだけではない。
王都を離れて住み、ギルドとは疎遠になっている大賢者、賢者に、強くは言えないが、思うところがある者も多かった。
クロスタータが騒ぎを抑えた。
「精霊が加護を与え、『調べの石』が光ったのだ。精霊が認めたものを、我々が何か言うことはできぬ。我々にできることは、術師について教え、ギルドの役割を伝えることだ」
「確かに。賢者は普通、赤子の頃から精霊と親しみ、教育がされる。今からでは、どこまで加護の力を使いこなせるようになるか」
「全くよ。加護の力を巧みに使ってこそ、賢者と言えるのだからな」
「大賢者殿は戦時に強大な力で、北を追い返した。賢者殿も、学生の頃から術師用の武具を作り、温度調べの樹脂も発表された。複数の精霊を扱い、代々の賢者が恩恵をもたらしたからこそ、今の賢者の地位があるのだ」
「ああ。ここ最近の新しい精霊道具だって、そうではないか」
黙って聞いていた、精霊道具担当の術師が口を挟んだ。
「そのご心配はいらないかもしれませんよ。先ほど王宮管理の精霊道具として登録された『薬の石』は、発案術師の名が、リンとなっておりましたから」
「なんですと!?」
「まさか。賢者登録に、箔を付けただけではないのか?」
「賢者殿が手伝われた可能性があるとは、思っておりますが」
その時、ひとりの術師が口を挟んだ。
ベウィックハム領のグラニテだ。
「『薬の石』とは、どのような道具でございましょうか」
「ベウィックハムか。気になるであろうな。集まっているのは、ちょうどいい。……誰か、ここにいない者も連れてまいれ。新しい精霊道具について話をする」
そこで話された内容に、蜂の巣をつついたような騒ぎになったのは、言うまでもなかった。
ちょっと数えてみたのですが、このお話の中で、一番名前が出ている精霊はシルフでした。シルフ、忙しいんですね。
オンディーヌは、その四分の一ぐらい。サラマンダーとグノームが、ちょうどその中間でした。
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