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An apprentice philosopher / 賢者見習い

 とうとうリンが精霊術師ギルドに登録する日が来た。


 街に向かう船の上で、リンは登録に必要な文言をぶつぶつと練習していた。

 古風な言い回しで精霊の名を呼び、決意表明のようなものをするらしい。

 こんな難しいのを小さな子が覚えるのか、と、思ったら、子供が加護の確認をする時には読み上げるだけでいい紙があって、文字の読めない平民の子などは大人の後に続いて繰り返すだけでよいらしい。リンもそれでいいと言ったのだが、大人なのだから、と、ライアンに若干残念そうな顔をされた。


「リン、加護石を預かろう」

「あ、はい」


 加護石は通常加護の確認後に渡されるので、一度外すように言われていた。

 ブレスレットを外してしまうと手首が軽く、どことなく頼りない気がする。

 ライアンはそれを小さな木箱に収めると、シムネルに渡した。

 術師のマントも加護の確認後となるようで、ライアンとアルドラは儀式用のマントを羽織っているが、リンは白いフォレスト・アネモネが飾られたネイビーブルーのドレスを着ている。


「暑くないですか?」


 真夏に、長くて重いマントは見た目にも暑苦しい。

 ライアンはリンの問いに苦笑した。


「川の上は少し風がある。ギルドには『涼風石』があるだろう」

「背負える『温め石』の前に、『冷し石』で作っておけば良かったですかね」


 リンはまた文言を書いた紙に目を落とした。



 

 精霊術師ギルドは、王都の中心にある『オークの広場』にあった。

 二人の賢者が馬車を降りると、その場にいた者が大きくどよめき、次々に頭を垂れていく。

 リンはアルドラを支えて人々が作る道を通り、ギルドの階段を上っていった。


 ライアンの言った通り、ギルド内には心地いい風が通っていた。

 はっとして慌てて後ろから追いかけて来た受付に、案内されるまま応接室へと進む。

 賢者二人の後から、なぜかぞろぞろと他の術師が付いて来ている。

 応接室に入り、リンはアルドラと一緒に長椅子に腰を下ろすと、その横の椅子にライアンが座った。ライアンの後ろには今日はシムネルだけではなく王宮の文官も付いているし、護衛だけで部屋の外に二人、中に四人が立っている。

 大きな応接室だが、人間の壁の圧迫感はすごかった。

 しばらくして、慌てたような複数の足音が近づいてきて、ギルド長とギルド幹部が駆け込んできた。ドアが閉じられる前、護衛の向こうに覗きこもうとしている術師の顔がたくさん見えた。


「これはこれは。お揃いでいらっしゃるとは、珍しいことですな」


 ギルド長は一度すっと礼をとると、アルドラとリンの正面に座った。

 幹部がその後ろに立ち並ぶ。

 ……部屋の圧迫感がさらに上がり、リンはキョロリと目だけで周囲を見まわして、人知れずそっと息をつく。


「突然来てすまないね。クロスタータ」

「いえ、王宮管理の精霊道具の件と聞いておりましたので、まさか賢者がお越しとは」

「今日は他にも用があってね。……さて、新規の道具の件から済ませようかね」

「新規ですと?!」


 クロスタータがぎょっとした。

 『加護石』は授与式で配布が済んだばかりだし、てっきり秋から始まる『水の浄化石』の件だとばかり思っていたのだ。

 この短期間に、またもやウィスタントンで新たな精霊石が発表となったのか、と、クロスタータだけではなくそこにいた術師の誰もが思った。

 そして付随して起こるであろう忙しさを想像して、遠い目をする。


 王宮の文官が前にでて、皆が囲むローテーブルに蜂蜜色の精霊石を置いた。

 クロスタータが石の上に手をかざす。

 

「はて。これは、オンディーヌのお力が入っているように見えますが」

「水の代わりに薬を封じた『薬の石』だよ。これは『盗賊の薬』の試しで作ったものさ」

「なんですと!?」

「なっ!」


 クロスタータだけでなく後ろに立つ幹部も目をむき、身を前に乗り出した。ひとりが『薬の石』を手に取り、内側を透かし見るように眺めた。

 

 ライアンが口を開く。


「封じた液体を外に出す魔法陣が使える。これが登録申請書。王宮管理の道具となる」


 王宮の文官が『薬の石』の隣に、精霊道具登録の申請書を数枚並べた。

 クロスタータが手に取り、精霊道具の担当者なのか背後に立つ術師に渡すと、真剣な顔で内容を確認し始めた。


「この中に封じられた水薬は『水の石』と同じように、そのままの状態が保てる。懸案となっていた『盗賊の薬』の劣化問題が片づくだろう」


 おお、と、声があがり、こちらから見える幹部の顔が明るくなる。

 二枚目、三枚目、と、申請書を繰っていた術師が顔をあげた。


「これによりますと、どの薬を封じるかは今後の会議で決定となっておりますが」

「そうだ。王宮、ベウィックハム、精霊術師ギルド、薬事ギルドで話し合って内容を決めることとなる」

 

 クロスタータは顎をさすりながら難しい顔で考えこんでいたが、ふと気づいたように言った。


「劣化の問題がないということは、今後『盗賊の薬』や、毎年必要とされていた薬の販売量が下がるということになりましょうか」


 周囲の術師もそれを聞き、騒然とした。


「なんと!」

「それは困る!調薬による収入が減れば、ギルドだけではない。多くの術師が困ることになる」

「賢者殿もそれはわかっておりましょう!」


 ライアンが手を挙げて、それを鎮めた。


「そのような状態にならぬよう慎重にすすめるための会議だ。薬草の保管が難しく、供給できなかった薬ができるようになり、悔しくも諦めていた命が助かることにも繋がる」

「調薬の現場が変わるのは、ギルドのこれからに関わります。でしたら、この石の管理は王宮ではなく、全面的にギルドに任せて欲しいものですが」


 クロスタータの要求に、じっと聞いていたアルドラが言った。


「これはね、ギルドでは作れる者がいないだろうよ」

「では、これはもしや聖域の……?」


 ざわざわと、今度は空気が静かに動いた。

 聖域で作られる精霊石は『水の浄化石』以来、数百年ぶりとなるだろうか。

 それなら王宮管理となり、慎重な扱いになるのは当然だった。


 アルドラが少し困った顔をした。


「そうとも言えなくてねえ。この石は今のところ、そうさね、精霊の好意で作られているものだよ。『水の浄化石』ができた時と同じように、最初は偶然さね。それを定着させるために、我々ががんばるしかなくてね」

「そうでございましたか」

「精霊の好意……。なんとありがたい、さてもお優しいことだ」


 賢者にしかできないものなら、しょうがないのだろう。

 加護石の次は、人に必要な水を浄化する石、そして今度は薬を保存する石。

 精霊はどこまで人のことを考えてくれているのだろうか、と、精霊の好意に涙ぐむ術師もいる。加護石を握り締め、感謝の言葉をつぶやいている者もいる。

 真実は決して知られない方がいい。

 リンはチラリとそちらを見て、そっと目をそらした。


「術師が困らないよう、そしてより多くの薬が民の元へと届くよう、調整をしていくべきだと思うが」


 ライアンの言葉にクロスタータは頷いた。




「さて、じゃあ次だね」


 アルドラは杖に体重をかけて立ち上がった。

 リンも慌てて立ち上がり、アルドラの腕を支える。


「このリンの、見習い登録をしようと思ってね」

 

 大きく部屋の空気が動き、リンに全員の視線が集まった。


 精霊の加護を確認する「調べの石」はグレートホールにある。

 

 滅多にない賢者の来訪に続き、新たな精霊石の登録。そして黒髪のリンと言えば、噂になっているウィスタントンの難民だ。その女性に加護があるという。

 なんと驚きの多い日か、と、若干の混乱を覚えながら、術師達は後に付いて移動した。


 グレートホールの奥、一段高くなっている場所までアルドラと共に行き、リンは振り向いた。


「ひっ!」


 先ほどの会議室よりずっと広いホールには、廊下にあふれていたような術師までが並んでいる。

 こちらに近い方にギルド長と幹部達の顔が見えた。


「ええー……。緊張して間違いそうですよ」

「リン、そんなに嫌そうな顔をするな。すぐ終わる」


 アルドラの隣に立ったライアンが言う。


「その一つだけ他と違う床石が、『調べの石』と言う」

 

 リンが足元を見ると、確かに一つだけ白っぽく、色の違う床石がある


「聖域にあるあの大石から削ったものだよ。さ、リン、そこに手をついてやってみてごらん」


 アルドラに促されてリンは床に膝をつき、ペタリと両手を当てた。


「『建国の精霊ドルーよ。我らに聖なる地を示した森の王よ。

 我らを導き、我らと共にある精霊よ。


 我らに加護を与えし精霊よ。

 この場に下りて、我の加護を示し給え。

 

 風の精霊 シルフ、伝え、自由なるものよ

 水の精霊 オンディーヌ、癒し、浄化するものよ

 火の精霊 サラマンダー、破壊し、生み出すものよ

 大地の精霊 グノーム、温め、育むものよ

 

 この身にその加護を示し給えば、その力を無垢に受け止め、

 自然の(コトワリ)に忠実なりて、世界の調和を図るであろう。


ディシェンディ プンクトゥス ベネフィクシ……』」


 シルフの名を呼べば、石の一か所から緑の光が立ち上がった。オンディーヌの名で、別の場所が青く光る。

 一つ、二つ、三つと光が溢れるにつれ、周囲の騒めきが大きくなった。


「まさか、すべての加護があるのか!」

「四つ加護だと?!」

「いや、しかし黒髪ではないか」

「どういうことだ」


 リンは光り始めた石に、わあ、と思うが、とにかく最後の古語まで間違えずに言うのに必死で、周りの騒音など聞いてはいない。

 むしろ、うるさいぐらいに思っていた。

 全てを言い終わっても「調べの石」からは、まだ温かな四色の光が立ち上っている。

 間違えなかった、と、ほっとして立ち上がると、周囲は静まっていたがなんだか奇妙な熱気がある。


「加護石の授与を行う。リン、こちらへ」


 ライアンがリンを呼ぶ。

 近づくと、シムネルからリンのマントを受け取ったライアンは、それをリンの肩にかけ胸元の金銀のタッセルを整えた。加護石のブレスレットも改めて着けられる。


「さ、フォルテリアスの新たな賢者見習いだよ」


 アルドラの声に、ひとりの術師が困惑したような声をあげた。


「その、本当にすべての加護持ちなのですかな。御髪の色が……」

「今その目で見ただろう?ほら、まだ、光っているよ」


 呆れたようにアルドラが答える。


「しかし、なぜだ。賢者がこのように重なるのは今までに例がない」

「難民だからではないか」


 また別の術師が声をあげ、どんどんと声が大きくなっていく。


 リンは一点を見つめて、この騒ぎを全く聞いていなかった。

 「調べの石」がまだ光っているのは、精霊が楽しそうに上で飛び跳ねているのだ。

 リンは目を丸くして、口をポカンと開けてその様子を見つめている。


「ラ、ライアン! 大変です。私、見えます。精霊が見えます!」


 隣に立つライアンの腕をバシバシと叩き、それでも目はじっと精霊を見ている。

 

「そうか。『調べの石』を使って、正式に宣言をしたからだろうな」

「そうなんですか?うわーっ。こんなに可愛いなら、もっと早くやっておけばよかった」


 精霊は手のひらに載るぐらいの小さな人型をしている。

 オンディーヌは腰より長い髪をして、シルフは背中に羽を背負っている。サラマンダーは髪が炎のように逆立ち、真っ赤だ。グノームはふっくら、コロンとしている。

 それぞれが精霊の色の服を着て、三角帽子をかぶっている。サラマンダーの服のボタンは火が燃えているように見えるし、グノームのボタンは土の鈴で、石の上で飛び跳ねる度にコロコロとした音が鳴っている。


「あれ?グノームだけ、帽子の色が赤いですよ?他の子は皆、自分の色なのに」

「それはエストーラのトットゥの姿が入っているのではないか?精霊は術師の思う形に見えるものだ。私に見える精霊は帽子をかぶっておらぬ」

「そう言えばそうでしたね」


 よくよく見れば、オンディーヌは街中に建っている像にそっくりな美人だし、シルフも羽の生えたシルフ像に似ている。

 リンは静かに興奮していて、精霊をじっと見つめたまま動かない。


「そんなに可愛いのか?」


 リンは大きくうなずいた。


「可愛くて美人です。シロに負けていないぐらい可愛いですよ。……うわあ」


 リンが自分達を見ていることに気づいた精霊が、先を争うようにリンの方に寄ってきた。

 シルフは目の前を飛びまわり、グノームはドレスについたフォレスト・アネモネのコサージュの上に腰掛けた。

 リンは微笑んで目の前のシルフにそっと手を差し伸べた。

 その時だった。

 リンの肩に座ろうとしたオンディーヌを、サラマンダーが突き飛ばした。オンディーヌはグノームを巻き込みながら下に落ち、サラマンダーが代わりに肩に載ろうとする。


「あっ!」


 リンの目の前で喧嘩が始まった。

 オンディーヌはサラマンダーに水を飛ばし、サラマンダーはオンディーヌの髪を引っ張る。そこにシルフが割って入り、双方ともに吹き飛ばされていく。

 転げ落ちたグノームは、目を回したのか足元で座り込んだままだ。


「うわっ。いけません。喧嘩はダメ」


 リンは慌ててそこに片手を突っ込みサラマンダーを捕まえて、バタバタと暴れるのを抱え込む。

 もう片手でグノームを拾い上げた。

 両腕にサラマンダーとグノームを抱え、ライアンをチラリと見上げた。


「えーっと……。ライアン、もしかして、毎日こんな感じですか?」

「……概ねそうだな」

「そうですか……」

「リン、大丈夫だ。そのうち頭の上で暴れても気にならなくなる」


 この日、リンはフォルテリアスの賢者見習いとして正式に登録された。

 そして、なぜライアンが精霊のご機嫌に気をつかうのか、よーくわかった気がした。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

170話を超えて、やっとリンがオフィシャルに賢者見習いとなりました。

これで、やっとタイトル通りです。

ちょっと長すぎましたね……。


あとは、ジャンル:恋愛をなんとか、うーん、なんとかしたいけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] 互いに尊敬しあい、ゆっくりと育てる愛があっても良いんじゃないでしょうか。 余りせっつかず、見守ってあげたいです。
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