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Dissatisfied / 不満

 ベウィックハム伯爵の長子、グラニテは昨夜からの不機嫌が続いたまま、術師ギルドへ向かった。

 

 晩餐の席で、父である伯爵から、長年ベウィックハムで作ってきた『盗賊の薬』を、今年は賢者が調薬すると告げられた。


「なぜですか!?あの調薬は、ベウィックハム独占のはずです」

「ブラッド・ルートの品質を補うために、『龍の鱗』を使われるそうだ」

「だからといって、」


 さらに言い募ろうとしたら、片手をあげて遮られた。


「『鱗』は慣れないと扱いは難しいと、領の資料にあったのを覚えている。滅多に手に入らない材料だともあった。調合に失敗するわけにはゆかぬ薬だ。賢者に任せた方がいい」


 術師である弟が領地に入っても、品質を保てなかったブラッド・ルート。

 なにをやっているのだ、何のための土の術師だ、と、もどかしい思いがする。

 見学が許されるから、其方も参加すると良い、と、いう父に、イライラとした。

 

「しかしそれでは、我が領の収入も減りましょう。ただでさえ、薬草の出来が悪いのに」


 『盗賊の薬』は原材料も多く、薬草の石珠を作るために精霊の力を集中して使う。領の術師が何人も協力し、交代しながら作る薬だ。

 販売される薬の中でも高額となる薬だが、国の予算ですべて買い取られる。


「調薬分の収入は減るが、薬草は買い取りだ。明日の会議では、熱波の影響が強かった領に対する、国の補助金の議題もある。問題はないだろう」


 メインの肉料理が運ばれてきた。

 鶏肉のソテーに芋の付け合わせ。さっぱりとした香りが立つ。


「このソースはね、ローズマリーを加えた『塩レモン』という新しい調味料だそうだよ。ウィスタントンからいただいたのだが」

「まあ。お菓子だけじゃなくて、これも薬草入りなのね?いい香りだこと」


 明るい父と母の声に、グラニテは眉間を寄せた。


「薬効を聞いたら、美味しいと答えられたよ」

「まあ」


 ほほほ、と笑う母の声を聞きながら、グラニテはガタリと立ち上がった。

 薬草の価値が落とされているのに、なぜそのように笑っていられるのか。

 術師ではない父と母には、わからないのかもしれない。

 驚いたように見上げる父と母に、軽く頭を下げた。


「急用を思い出しました。中座する失礼を」


 グラニテはメインの鶏料理を食べずに退席した。




 王都にある精霊術師ギルドのレセプションホールには、所属する術師専用の窓口がある。よろず相談、精霊道具納品、報酬支払い、と、分かれていて、この夏は特別に、発表になったばかりの精霊石の納品窓口が作られていた。

 グラニテの従者が納品窓口の台に重い袋を載せると、受付の術師が立ち上がって笑顔を見せた。

 袋には、屋敷の工房で作った『涼風石』と『凍り石』に使う、風の精霊石が詰まっている。

 ウィスタントンから発表された精霊石はどれも品薄状態が続いており、ギルドからは作成を促されている。それぞれの加護に合わせて精霊石を作ってギルドに納品すると、これに土の術師が魔法陣を刻みこんで、精霊道具として完成となる。

 クラフティがいれば、魔法陣を刻んだ完成品を納品できるのだが、今はクラフティだけでなく、ベウィックハムの土の術師は皆、領地に戻っている。


「グラニテ様、いつも助かります」

「まだ、足りないか?」

「そうですね。『凍り石』の方が。国外の商人からのまとまった注文が多いと、商業ギルドの方から」

「……しばらくは、終わらぬのであろうな」

「そうでございますね。『冷し石』も変わらず需要がありますし、どちらも保存や輸送に使えますから」


 グラニテがうなずいて立ち去ろうとすると、受付の術師が慌てて声をかけた。


「あ、グラニテ様。あちらの待合所で、グラニテ様をお待ちの方が」

「私を?」


 受付のすぐ脇には、長椅子をいくつか置いた待合所がある。

 手で示された方を見遣ると、商人だろうか、中年の、痩せた男が立ち上がった。身なりをきちんと整え、着ている服も上質なものだ。脇には従者も従えている。

 訪問の約束はなかったと思うが、と、グラニテが訝しく思っていると、男が近づき声をかけた。

 

「ベウィックハム領のグラニテ様でございますね?」

「そうだが」

「このように突然押しかけ、申し訳ございません。ただ一言御礼をと思いまして」


 男は丁寧に一礼した。

 

「礼とは?心当たりがないが」

「グラニテ様が覚えておられなくても当然でございます。実は、ちょうど一年前、薬事ギルドで薬を求めている時にお会いしました。その時に、家族の病は火の気が強いせいではないかとお教えいただき、薬草や食などのご助言をいただきました」


 うっすらと記憶にあるような気がしたが、一年も前のことで、グラニテは正確に思い出せなかった。

 薬事ギルドということであれば、薬草か薬を届けた時に違いない。

 名乗った覚えはないが、ちょうど男がギルドの受付で症状を話していた時に助言したらしく、グラニテが立ち去った後に、受付で名前を聞いたと言う。


「そうか。加護の強い者の症状は、術師でないとわからぬ。薬事ギルドよりこちらの方が詳しいだろう」

「グラニテ様のおかげで、まだ伏せってはおりますが、一命は取り留めました。……これは、心ばかりの御礼でございますが」


 何が入っているのかわからないが、商人は木箱を二つほど従者に渡すと、また丁寧に頭を下げた。

 

「あの、今度ぜひ一度……」


 商人が話し出した時、ギルドの外からざわりと空気が動き、おお、という声が聞こえてくる。

 振り返ると、ほとんど王都には顔を出さぬ、賢者と大賢者が揃って入り口に現れた。

 グラニテの目にはサラマンダーとシルフしか見えないが、精霊が喜んで、二人の周囲を飛び回っているのが見える。

 大賢者が侍女に支えられながら入ってくると、全員が一斉に頭を垂れた。

 賢者が目の前を通り過ぎてから頭をあげると、商人は立ち去っていた。

次はリンが……。

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