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Bewickham / ベウィックハム

 リンは朝早くから、王宮へ向かっていた。

 ベウィックハム領との会合があり、リンも同席するのだが、その前にアルドラの工房に呼ばれているのだ。

 

「おはようございます。リンです。入ります」


 リンが庭から声をかけると、すでにそこにいたライアンが振り向いた。アルドラは奥の椅子に座っている。

 アルドラの隣の椅子には、カタラーナがいて、お茶を飲んでいたようだ。

 中に入り、にこやかに挨拶を交わす。


「リン、家を投げ飛ばしたって?」


 アルドラの言葉に、カタラーナも目を丸くしている。


「えぇっ!違いますよ、持ち上げただけです!」

「投げ飛ばしたのは、私だってことになっているらしいよ。礼状が届いてね」


 リンが焦って否定していると、カタラーナが立ち上がった。


「あの、私はこれで失礼を致します。お薬をありがとうございました」


 侍女を連れて、工房を出ていく。


「お薬ですか?」

「身体を温めて、調子を整える薬さね。その後で、口直しのお茶をね」


 毎日朝、薬を飲みに来て、アルドラのお茶に付き合っているらしい。


「トントゥの伝承が、なかなかおもしろくてね。……さて、やろうかね」

「はい」


 べウィックハムとの会合の前に、『薬の石』を試してみるのだ。

 ライアンが水差しを持ってくると、鼻にツンと来る、すごい匂いがした。

 中には黄金色の液体が入り、底の方に何か小さな欠片が沈んでいる。


「うっ。これ、ビネガーですか?薬?」

「ああ。薬草の石珠(セキジュ)を溶かしてある。これで完成ではないのだが、今日はこれを試しに使う」

 

 薬草は見えないが、下の欠片がそうだろうか。

 ライアンはボウルを置き、チーズクロスを広げ、ビネガーを濾し始めた。


「セキジュは、どういう薬草ですか?」

「石珠は薬草ではなく、薬草やスパイスを濃縮して作られた石のようなものだ。ここに入っているのは、ローズマリー、ミント、アブサン、ヘンルーダ、ジンジャー、シナモン、ナツメグ、クローブ……」

「そんなに?!」

「さ、リン、頼む」


 リンはライアンの出したフォルト石を、ボウルに落とした。


「水の精オンディーヌよ 清冽な水の加護を我らに。この石をもってその力恵与にあずからん。『薬の石』を作りたいです。大事な薬です。お願いします。アロ サフィラス グッタ アクア……クラルス イーデム アクア カエレスウェイス」


 パシャリと水が跳ねあがり、フォルト石が『薬の石』に変わっていく。

 アルドラもライアンも、その様子からじっと目を離さずにいた。薄い黄色をした精霊石に変わると、二人ともふうと息を吐いた。


「良かった。できたみたいです」

「本当だねえ。……全くわけがわからないよ」


 ライアンは精霊石を手にとり、魔法陣を刻む土の祝詞を唱えながら、精霊石の上で指を動かす。

 リンが苦手としている作業で、祝詞はともかく、陣に刻む文言を一文字も間違えてはいけないのだ。リンが作る場合は、下に魔法陣を描いた紙を置いて、その上に精霊石を置き、上から見てなぞるようにして描いている。

 ライアンの手が止まり、魔法陣が完成したとたん、ふわんと石が光り、色が一段濃くなった。





 ベウィックハムとの会合は、王宮の会議室の一つを使って行われた。

 ライアンとリンが中へ入ると、ウィスタントン公爵と同じ歳ぐらいの男性が、側近と共に待っていた。

 ベウィックハム伯爵だ。

 リンも、ベウィックハム伯爵も丁寧に頭を下げる。


「ライアン様、本日はよろしくお願い致します」

「ああ。……紹介しよう。リンだ。今日の会合に同席する」

「息子より話を聞いております。薬草の新たな可能性を開いてくれた、と」


 ベウィックハム伯爵はリンを見てうなずくと、笑顔を見せた。


「……申し訳ございません。本日はクラフティも同席する予定でしたが、まだ領地の方で手が離せませず」

「いや。クラフティ殿ががんばってくれているおかげで、ブラッド・ルートが全滅せずに済んでいるのだろう。感謝する」


 向かい合わせに座り、それぞれの護衛が後ろに立つ。書記はシムネルと、先方の側近ふたりが務めるようだ。

 テーブルの上には、グラスと水差しが用意されている。


「始める前に、シルフを払いたい」


 伯爵は少し驚いたように目を見張ったが、すぐに了承した。

 『風の壁』が立ち、緑の風が会議室内に巻き上がると、ライアンと伯爵の前に契約書のようなものが、差し出された。


「まず、春の契約通りの薬草の納品は厳しいと思われるが、どうだろうか。ローズマリーは、かなりの量をお願いしていたが」

「そうですね。根の物は収穫を見て、量を調整させていただきたいです。ローズマリーは比較的強く、大株に育ったこともあって、今年は余裕があります。春の商談の後、クラフティが少し株を増やしておりましたから、今後も安定して供給できるかと」

「わかった。できている分だけ納入を。数量は秋の大市で最終調整を」

「かしこまりました」


 ライアンはそこでリンを見た。

 リンは足元に置いた籠から二つの瓶を取り出し、目の前にゴトリと置いた。


「伯爵はすでに、薬草をつかった石鹸やクリームをご覧になっていると思うが、先日の会議で話した通り、秋にはまた、それぞれの領の特産を宣伝できるような新しい取り組みを考えている」

「質問書が届いておりましたな。特産と、特に販売を希望するもの、あと、食品は領地での一般的な食べ方、でしたか」

「それでこれなのだが……」


 そこで、リンが瓶を指して説明を始めた。


「こちらは『ローズマリー入り塩レモン』です。ベウィックハム領のローズマリー、サントレナのレモン。塩は海塩で、オラマルブ領産です。これに鶏肉を漬け込んで焼くと、風味がぐんと上がります」


 伯爵は瓶を手にとり、中を眺めた。

 スライスレモンとローズマリーが見える。もう十日ぐらい置いてあるから、熟成して、中の果汁がとろりとしてきている。


「ローズマリーの薬効は、ありますか?」

「薬効?ええと。……美味しいです」


 リンはにこりと笑った。


「もう一つが『香味オリーブオイル』で、ベウィックハム領のタイムにローズマリー、『スパイスの国』の黒胡椒とサラマンダーの怒りを、フィニステラ領のオリーブオイルに漬けました。……こちらも、薬効というより、風味をあげるものです」

「このように各地の特産を混ぜ、新しい食べ方も披露しながら宣伝を、と思っているが」


 ベウィックハム伯爵は瓶をじっと見て、ふっと軽く息を吐いた。


「息子の、クラフティの言った通りですね。お使いいただけない薬草もありますが、薬に使う量を考慮しながら発展させるのは、確かに薬草の可能性を広げるものとなりましょう」

「質問書の回答は、それも含めて記載して欲しい。……あとは、そうだな。新たな薬草の栽培も提案したかったが、今年は無理だろう」

「そうですね。まず、ダメになってしまった薬草の回復と、代替品となるものがあれば増産をと思っております」

 

 ライアンの言葉に伯爵は頷いた。


「明日の会議でも伝えるが、ベウィックハムには、先に内密に申し伝えたいことがある。『盗賊の薬』に関することだ」


 伯爵は、シルフ払いはこれのためか、と、背筋を伸ばした。


「アルドラと様々に試したが、今年の『ブラッド・ルート』だけでは、薬効が溶け込まぬ。そこで『龍の鱗』を合わせて使う予定だ。今年の『盗賊の薬』は、アルドラと私で作ろうと思うが、『龍の鱗』採取の連絡が来たら、すべての薬草をまとめて納品して欲しい」

「わかりました。後学のため、我が領の術師が立ち会ってもかまいませぬか」


 毎年、この薬はベウィックハムで調薬しているのだ。


「良かろう。そちらの人数が多ければ、術師見習いの寮にある工房を使う」


 そこでライアンは、シムネルにうなずくと、シムネルがトレイに載せた調薬のボウルと、明るい蜂蜜のような色の『薬の石』を取り出し、伯爵の前に置く。


「明日の会議まで、口外しないでくれ。極秘事項だ」

「はっ」


 ライアンは側近も護衛も含めて視線をやり、全員がうなずいた。


「この度、新たな精霊石が作られた。『薬の石』という。この精霊石により、薬効を落とさずに『盗賊の薬』の保管が可能となった」

「なんと……!」

「魔法陣も刻んである。試してみてくれ」


 伯爵の持つ『薬の石』から、ビネガーがボウルに流れ出る。

 刺激のあるキツイ匂いに、すぐにそれだとわかったようだ。


「これは、本当に……」


 伯爵の手がかすかに震えている。


「『龍の鱗』を加えた薬がどこまで保つかわからないが、これに閉じ込めれば、作った時の薬効が保てる。……憂慮の一つが消えるだろう」

「ええ、ええ。ベウィックハムの先代、いえ、フォルテリアスであの病が流行った先々代の時から、より効果のある薬をつくり、なんとか流行を食い止めたいと」


 伯爵が勢い込んで言う。

 保管によって効果が落ちるのなら、より効く薬をつくると努力を重ねてきた。

 最初に盗賊が使っていたものは薬草をそのまま漬けたものだったが、それを薬草の石珠に変え、分量を変え、『ブラッド・ルート』のような薬草を栽培し、常に改良してきたのは、ベウィックハムの術師だった。

 「薬のベウィックハム」としての矜持を持って、進めてきたのだ。


「本当に、薬効が落ちないのですか?」

「『水の石』と同じだ。中の水は劣化しない」

「そうですか。本当に……。そうですか」


 伯爵は目頭を押さえた。


「先代の墓に、ひそかに報告に参りましょう」

「薬が保つことで、毎年の販売量が落ちることになるかと思うが」


 伯爵は首を横に振った。


「いえ。『盗賊の薬』は、もともと足りないぐらいでした。これから数年かけて、どの村にも十分な量を置くことができれば、どれだけ助かるか。今年のような天候不順の年にも、薬を切らさないですみます。それに『盗賊の薬』の生産、販売量が落ちるなら、栽培する薬草の種類を入れ替えていけばいいのです。……それこそ、美容や食品などの使用にも、販路が広がるでしょう」


 ライアンもうなずいた。


「国管理の精霊石になることは間違いない。明日、領主に案内し、会議を重ね、『薬の石』の運用方法を考えることになる。伯爵にも参加してもらうことになるだろう」


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