Kunefe and Catalana / キュネフェとカタラーナ
フォルテリアス王国は、マチェドニアの一行のために王宮の客室翼の一角を用意していた。
キュネフェが朝食のために『空の間』へ向かうと、すでにカタラーナは食後の茶を飲んでいた。朝に弱いカタラーナが先なのは珍しいが、何のことはない、キュネフェが遅いのだ。
頭を動かさないようにそっとテーブルに着くと、脇からすっと注がれた水に手を伸ばした。
「おはようございます。お兄様。そのご様子では、昨夜はかなり飲まれたのではなくて?」
「おはよう。カタラーナ。……ガルシュカーチのつまみで、大分盛り上がってな」
あの量をとり混ぜて飲んだにしてはひどくないが、頭の芯が重い。
戻ったのは大分遅かったはずだ。国王と一緒だったから問題はなかったが、そうでなかったら、他国の宮殿に滞在中の客として礼儀に欠けた振る舞いだろう。
「私は何刻ごろに戻ったのだろうな」
「まあ、それも覚えていらっしゃらないの?真夜中を大きく過ぎていたそうよ」
「……そうか。いや、すまぬ」
水を二杯ばかり立て続けに飲んで、ふう、と、息を吐くと、いろいろと心得た使用人が、卵入りのミルクスープを運んできた。山で飲む物と同じようだから、きっと厨房に頼んでくれたのだろう。
酒の量を過ごした日には、これがいいのだ。
中に入った落とし卵を割って、まろやかなスープを一口含んだところに、カタラーナが待ちかねたようにたずねた。
「それで、ガルシュカーチのつまみは、どのようでしたか?」
「うむ。ガルシュカーチだけで、なんと四品できていた。リンによると、菓子やサラダなどの料理にも使えるようだ」
「まあ。そんなに?」
「ああ。皆様気に入ってくださったぞ。……それで飲み過ぎてしまったわけだが」
他の方々は大丈夫だったろうか、と、ふと思う。キュネフェだけでなく、皆で楽しく飲み、大いに盛り上がったのだ。
「他にもつまみがいくつもあって、最後には、ガルシュカーチを油で揚げたものも追加された」
カタラーナが茶を飲む手をピタリと止めた。
「もしかして、リンに差し上げたガルシュカーチを、殿方ですべて召し上がってしまったのではありませんの?」
「ん?いや、大丈夫だ。ライアン殿がクナーファから取り寄せたようで、リンのケーキの分は残してあるとおっしゃっていた」
その上、ガルシュカーチのつまみを秋の大市で出せば、今より需要がでて価格の交渉もできるだろう、とまで言ったのだ。
「ライアン様は気持ちのいいお方だ。国王陛下を始め、ウィスタントンの皆様も」
「ええ。ライアン様も、リンも、お会いした時からお優しいですわね」
ミルクスープを飲み終わったキュネフェがスプーンを置くと、給仕の者が皿をさっと下げていく。
開いた場所に、キュネフェは手を組んだ。
「カタラーナ。思うのだがね、ライアン様とのご縁は難しいかもしれないね」
カタラーナは、はっと顔をあげた。
「昨夜は、そのお話もなさったのですか」
「いや、酒の席だからね。それはないよ」
嵐の日に会った時から、ライアンの隣に座るリンが気になっていた。
他の者と同じ格好をしているが、皆が、リン様と敬称を付けて呼んでいる。
側近の一人が、先方の側近にさりげなく確認したところ、若干の逡巡の後、「ライアン様のお側におられる方」だと言ったそうだ。フォルテリアスの賢者殿は婚約はされていないという事前情報だったが、身分の違う方をお側に置いていたか、と思った。
二人で迷いに迷って、それでも他に妙案が浮かぶはずもなく、国への庇護を求めて婚約の話をだしたのだが、どうにも難しいように思える。
「私、お二人の仲を引き裂きたくも、傷つけたくもありません。でも、他に、私達にどのような方法があるというのでしょう」
カタラーナは下を向き、手をぎゅっと握っている。
「たとえ、形だけの婚約でも良いのです。それでも」
国が助かる、と続く、カタラーナの声が聞こえるようだった。
キュネフェは、ほう、とため息をついた。
まだ若い妹に、形だけの婚約で良いと言わせるとは、なんと不甲斐ない兄だろう。
国庫のわずかばかりの宝玉も、すでに鉄鉱石に替わった。カタラーナの装飾品も、真っ先に提供してくれたのだ。
「ねえ、カタラーナ。私は、おまえがこちらに嫁ぐなら、お相手にも思われて幸せになって欲しいと思うよ。この国は豊かで安全で、婚約を整えてこちらに残れば、お前の身は安全だと思ってもいる」
「お兄様、それは……」
「でも、誰をも傷つけることになって、お前の心も損ないやしないかと、ね」
「もう話し合ったではありませんか」
「そうだったね」
気持ちを決めているらしいカタラーナに、キュネフェはそれ以上は言わなかった。
カタラーナは身体が弱いところが心配されるが、兄の目から見ても、気持ちの優しい、いい子だ。フォルテリアスの貴族令嬢のような華やかさはないかもしれないが、素朴な美しさがあると思っている。マチェドニアの周囲の国から、縁談の話もあるのだ。兄馬鹿ではないはずだ。
それでも、この婚約は結ばれないだろうと予想していた。
ウィスタントン公爵の情熱的な恋の話は、詩人が参考にするほど有名だし、きっとライアンもそうなのだ。二人の女性を迎えることは、ないのではないだろうか。
昨夜だって、と、キュネフェは思い出す。
全員が酔っていた。顔には出ていなかったが、ライアンもそうだったのだろう。
夜が更け、酒が進むにつれ、リンが、リンと、リンの、リンに、と、ライアンの口からは、リンの名しか出て来なくなった。
酔っているとはいえ、ここまでだとは、と、笑いをこらえ、いっそ清々しいような思いで見ていたのだ。
カタラーナもあの場にいたら、同じように笑ったかもしれない。
本当に他に方法はないのだろうか。
キュネフェはまだ鈍く痛む頭で考えた。
そこに、国王陛下からです、と、そっと頭痛薬の差し入れが届いた。
読み方を変えると、キュネフェはクナーファとなるようで、ちょっとショックでした。(笑)
次は、ライアンとアルドラ、かな。





