Artisan / 職人
天幕でクグロフと合流して、学生寮へ向かうと、すでにクグロフの兄、ブリンツが待っていた。
ブリンツは弟と交代で、扇子の装飾を天幕で披露することもあるが、大抵は、王都の金細工師から借りた工房に籠って、積み上がる注文の製作をしている。昼時には寮に戻り、まかないを食べることにしていた。
今日は早めに戻って、リンとの会合だ。
談話室より人が来ないからと、リン、オグ、ボーロ、ブリンツ、クグロフの五人は、勉強室へと入った。
「ボーロ、前に顔を見たかもしれんが、腕のいい細工師の兄弟でな、兄がブリンツ。金と宝飾の細工師だ。弟が木工細工で、クグロフ。……旧エストーラ大公のお抱えだったボスク工房の兄弟で、今は、ウィスタントン公爵のお抱えだ」
「こっちが火の術師で、ガラス職人のボーロだ。王都で『ボーロ&ベニエ』っていう工房を開いている」
光の入る窓際に陣取ると、オグがボーロに二人を紹介した。
オグとボーロの向かいにブリンツとクグロフが座っており、リンはちょうどその間にいる。
「はい。天幕のグラスを作られた方ですね。あのように透明なグラスは初めてみました」
「エストーラのボスク家っていやあ、有名どこじゃねえか。そうかい。今はウィスタントンに」
「はい。兄弟二人、新たにお世話になっております」
「じゃあ、このお二人が砂時計を?」
「そうです」
見本となる砂時計を見せると、拝見します、と、ブリンツが手に取った。
クグロフも兄の手もとを覗き込む。
「美しいですね。シンプルだが、調和のとれた、綺麗な造形です」
「砂の方を上に、ひっくり返してみてください」
「おお、これは」
言われた通りに、ブリンツが返すと、細い糸のように白く光る砂がつながる。
「砂の糸の細さが、このくびれの細さですね。素晴らしい」
ブリンツから上がる称賛に、ボーロは口元をによりとさせては、引き締めているのが見え、リンのほうが吹き出しそうになる。
「砂が落ちきると五分です。そうやって、時を計測する道具になります」
しばらく眺めていた兄弟は、砂時計をコツンとテーブルに置いた。
クグロフが、ほう、と、息を吐いていった。
「一昨日、リン様からお話を聞いただけでも、また未知のものを作れるのかと、楽しみにしておりましたが、実際に見ると驚くばかりです」
「本当に。これの台座を作るということでしたが」
リンは絵を描きながら、ここにあるリンの砂時計以外に、ライアンの砂時計が四つあること。そちらには、色の付いた精霊石が使われること。ライアンの誕生日プレゼントなので、極秘であることを、順番に話していった。
ブリンツとクグロフは、目を見合わせると、うなずいてから言った。
「実は、昨日、兄と相談していたのです。細かな装飾は兄が得意とするもので」
「ライアン様のお誕生日ですから、御髪の色に合わせた白金などを使って作らせていただけたら、と」
「白金」
「リン様の、その御石の鎖と一緒でございます」
ブリンツは、リンのペンダントの鎖を指差した。
木枠をイメージしていたのだが、豪華なプレゼントになりそうだ。
「素敵になりそうですね」
「一つ、大きな問題がある」
オグが少し眉を寄せて言った。
「時間がない。誕生日は今月の末だ。一つ仕上げるのでもやっとだろう」
「あ……。そうですね。もっと早く用意すればよかったんですけど、誕生日を知ったのがついこの間で」
ついでに砂時計を思いついたのが、一昨日だ。
ボーロもうなずいた。
「簡素なものならなんとかなるかもしれねえが、細工師として、嫌だろう?」
ブリンツもクグロフも厳しい顔をして、考え込んでいる。
どうやっても、そんなに短期間で四つを仕上げるのは無理なのだ。
「リンがグノームを使って、つくったらどうだ?」
「そりゃあ、いけねえよ、オグ。職人の仕事を奪っちゃいけねえ。確かにグノームのお力を借りればできるが、それじゃあダメだ」
ボーロがオグに反対した。
「だが、実際に時間がない」
「あの、できれば、ブリンツさん達にお願いしたいです。いくらグノームでも、私の絵から造形は無理です。精霊の美意識にもかないません」
そこは大事なポイントだ。
「うーん」
腕を組み、宙を見上げ、皆が考えこんでいる。
しばらくして、クグロフが言った。
「こういうのはどうでしょうか。リン様の砂時計は最後まで兄が作り、ライアン様の四つは、兄が意匠を考え、リン様がグノームのお力で作られてはいかがでしょう」
「おう。いいじゃねえか。その意匠を土の設計図にするのは、手伝ってやるぞ」
リンがブリンツの方を見ると、うなずいて言った。
「それでは素晴らしい装飾ができるように、考えましょう」
無事に形となりそうで、ほっとした。
二人に頼めば、きっと美しい出来になるだろう。
「あともう一つ、誕生日に間に合わなくていいのですが、作っていただきたいものがあって」
リンはまた絵を描き始めた。グラスをいくつも描く。
「私の国にあった切子という、ガラス工芸品なのです。他の国にも近いものはあって、カットグラスと呼ばれていました」
絵のグラスの下の方に、ナナメに格子を描き込んだ。隣のグラスには、もっと複雑なバツ印を入れてみる。
「透明なグラスをこのようにカットするだけでも、光の輝き方が違います。線で削っても、面で削っても面白いのです」
「キリコ」
「カットグラス」
職人三人が、頭を絵の方に近づけた。
「今、ボーロさんに、この精霊石の砂を溶かして、色付きのガラスを試してもらおうとしています」
「そうか!」
ボーロがわかったようだ。
「リン様に頼まれた、外側が色付き、中が透明なグラスを削ったら」
「おお!削られたところだけが、透明になるのですね」
リンは自分の描いたグラスのあちらこちらを、黒く塗りつぶす。
「そうです。色を濃くしたり、薄くしたり、色を全体に入れても、半分だけにしても、グラスの表情は違います。そこにブリンツさんがカットを入れたら?もし、ベニエさんの手法と組み合わせたら?可能性は無限です」
「こりゃあ……」
ボーロが両手で頬をこすった。
「すげえですよ、リン様。砂時計も驚いたが、これも、すげえです。背中がゾクゾクしますよ」
「ボーロ、落ち着け」
「落ち着けねえよ。すげえんだぞ、これは」
「わかったから」
オグが隣のボーロの肩を叩いて、宥めている。
ブリンツも、じっとリンの絵を見て、聞いた。
「このグラスは、形がワイングラスとも、今、天幕にあるグラスとも違いますね。こういうグラスをお望みでしょうか」
描いたのは、リンの父がウィスキーを良く飲んでいた、どっしりとした、背が低めのグラスだ。
「ええと、私の父が蒸留酒をこういう形のグラスで飲んでいて、透明で、カッティングが施されていました。形によって、酒の風味にも違いがでるようなんですけど、私、お酒のグラスは風味を比べたことがないんです」
その後は、ボーロとブリンツの二人から、職人らしい質問が上がった。
色の濃淡や使う意匠の好みから始まって、ライアンの酒の嗜好まで。リンにはわからず、オグが変わりにライアンの好む酒を答えたりもしている。
「四つあれば、いつもの飲み会で使えますよね」
「そうだな。……全く。砂時計の後に、こんなものまで披露しやがって」
嬉しそうなリンに、オグはぶつりとこぼす。
「仕方ないじゃないですか。思いついちゃったんですから」
「そんなのばっかじゃねえか。……そういえば、ライアンも、リンはそんなのばかりだと言っていたな」
「思いつき、いいじゃないですか。私の国で、発想は発明の母だ、と、言った人もいましたよ」
「ほう」
「え、いや、えーと、なんかちょっと違ったかも?」
正しくは、必要は発明の母、だったはずだ。
「思いつくのがすごいのですよ、リン様」
ボーロに褒められて、リンは少し恥ずかしくなった。
「実はすごくないんです。私の国にあったものをお伝えしているだけで……」
「砂時計といい、キリコといい、職人の技術が進んだ国だったんでしょうなあ」
ボーロが言うと、ブリンツもクグロフもうなずいた。
「キリコの技術も、美しく繊細なものになれば、作れる細工師はほんの一握りです。砂時計はもちろんですが、透明なガラスと色のあるガラスを合わせて、キリコで表情を美しく出すグラスを作れるのは、熟練のガラス職人だけではないですか?」
ブリンツが言えば、ボーロは嬉しそうにうなずいた。
「そうですなあ。国内に、あと二人、いや、三人いるかどうか」
「そんなに難しいのですか……」
ボーロはすごい職人だったらしい。
「ああ。だからこそ、職人はそれを作れるようになろうと、より上を目指して努力するんですよ。砂時計もそうで、一定の速度で落とすにゃあ、一粒の砂も引っかからないように滑らかでなくてはならねえんです。土の術師が設計図を描けば狂いなく作れるだろうが、それじゃあいけねえ」
「まあ、土の術師が作ってもな、例えば、ブリンツやクグロフ、ガレットのように、繊細で美しい意匠をそうそう施せるもんじゃねえ。それは才能と、努力によって得られた技術だろうよ」
オグが言えば、うんうんと、三人の職人もうなずく。
「土の術師も、そこら辺は良くわかっていなさってな。よっぽど急ぎで必要なもの以外は、大抵、職人に任せるですよ。簡単に、細工師顔負けの美しいもんを作っちまうオグさんなんかは、職人の敵ですよ」
「敵はねえだろう、敵は」
オグの嫌そうな顔に、ボーロは、わっはっはと笑い始めた。
「くくくっ。だから、工房を追い出されたんですね。……あ、砂時計はライアンの誕生日まで内緒ですが、キリコのグラスは内緒じゃなくて、かまいません」
「いいのか?リン」
「ええ。あ、ご領主様とか、えーと、国王様には、最初に渡さないとまずいでしょうか」
「まあなあ。そこは外しちゃならねえ所だと思うが」
「オグさんも、その後に作ってもらったらどうですか?あの、幸運を呼ぶ波模様のとか。ラグとグラッセの、結婚祝いなんてどうでしょう。ウィスタントン独自の意匠とか、ラミントンの伝統模様とか、各地の特色がでるのも面白いと思うんですよ」
「それはいいですね。どの領でも力が入るでしょう。……そうか、これを指導に使ってもいいのか」
ブリンツはそう言うと、何かを考え始めた。
今、ブリンツが王都で借りている工房は、王都にある金細工師ギルドのギルド長が手配してくれたものだ。ウィスタントン王家のお抱え細工師で、エストーラのボスク工房にも留学していたので、ブリンツやクグロフとも兄弟弟子になる。
このギルド長から、中級から上級の細工師を集めるので、ウィスタントンに戻る前に一度技術指導をして欲しい、と、頼まれたらしい。
「キリコを美しく削るには、上級の技術がないと難しいです。各地から集まるらしいので、ちょうどいいとは思うのですが、一回では、まあ、とても」
「ウィスタントンに、留学というか、勉強に来てもらったらどうですか?」
皆がリンに注目する。
「えーと、ボスク工房への研修希望者がたくさんいるって聞いたので、エストーラに留学したように、ウィスタントンに留学もありかな、と。工房も忙しくなるでしょうし、研修と言う名目でも、人数が増えるのはいいかなって。木工でも、金細工でも」
ブリンツとクグロフは、顔を見合わせて、まあ、確かに、と、うなずく。
「そりゃあ、ありかもしれんが、ライアンも知っているのか?」
「ないですよ。だって、今、思いついたことですから」
オグはため息をついた。
ライアンに内緒にしているからこうなるんだ、と、オグには良くわかっていた。
リンの、思いついちゃった、に対応するには、やっぱりライアンにいてもらった方が、面倒がない。
じゃないと、リンはどこまで進むか。
「リン。留学に関しては、早めにライアンに、リンの考えを言っておけ。……砂時計のことはうまく隠せよ」
その後、職人達は今夜にでも再度集まって、キリコのグラスや、砂時計について話をすることにしたらしい。
リンは籠から包みをだして、オグに、話し合いの後にでも、と、渡した。
手が止まらなくなる悪魔のつまみの、寮へのおすそ分けだった。





