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A sandglass / 砂時計

 ボーロ&ベニエでは、リンが来るのを待ちかねていたようだった。

 今日は窯には小さな火しか起こしておらず、一昨日ほど、熱さが籠っていない。

 おはようございます、と声をかけたリンを、ボーロは満面の笑みで迎え、そわそわと、奥へ手を向けた。


「さ、さ。できていますから、奥へ」


 砂時計は極秘だからか、最初から奥の休憩室を使うようだ。

 ボーロに促されて向かうと、すでにベニエが待っていた。


「あっ!えっ?」


 テーブルの上を見て驚いた。様々なサイズの砂時計が五、六個ばかり並んでいる。

 リンはたたたっと、テーブルに近寄った。


「すごい。こんなに!」


 リンの後ろから休憩室に入った、ボーロが声をかけた。


「いやあ、サラマンダーが張り切りましてなあ」

「何を言ってやがる。リン、一番張り切ったのは、ボーロだぞ。昨日も朝早くから、中の砂が足りないから、もっと崩せと言ってきやがって」

「夜明けまで待ったから、いいじゃねえか。大きなヤツを作ってみてえだろ?」

「夜中に来たら、扉なんぞ開けねえよ」


 リンは言い合う二人に頭を下げた。


「ありがとうございます。まさか、こんなにできているとは思いませんでした」


 ベニエがリンとオグに座るよう促して、グラスに水を出してくれる。


 砂時計は周囲の枠がないので横にして置いてあるが、大小さまざまで、大きいものは半刻ぐらい計れるのではないだろうか。

 リンは見回して、ひとつを手にとった。

 手にも滑らかで、バルーンの形も均等に膨らんでいる。


「はあ。職人芸。素晴らしいですね」


 その言葉にボーロは顔をクシャクシャにして笑った。


「ご要望のものに近いといいのですが」

(マサ)しくこれです。というより、想像以上に美しいです。……ええと、これだけ、両方塞いであるのかな」

「そうです。それが五分ですな。砂を入れてうまく閉じられるか、試したんです」


 他のものは、バルーン底の片方に、まだ少し管の先のようなものが残っていて、白茶色の詰め物がされている。一分、三分、と、分数を書いた紙が貼られている。

 リンは手に持った砂時計を、指で支え、トンとテーブルに立てた。

 砂時計の底に、砂のリングができ、次第に山と積もっていく。

 

「すげえな」

「ああ。なんか見入っちまうんだよな」


 計測の時に使ったのだろう、ベニエが木の枠を持ってきて、砂時計を立てかけてくれた。

 

 そこにいる全員が、砂が落ちては積もり、崩れていくのを眺めている。

 その時間が、目に見える形で、ふつりと切り取られた。


「滑らかですし、引っ掛かりも、詰まりもないですね」

「いやあ、いくつも作って、やっと納得のいく形ができましたな」


 リンは、持ってきた籠から、四つのチーズクロスの包みを取り出した。


「あの、私の砂時計はこれでいいのですが、ライアンのプレゼントには、これが使えるでしょうか。グノームに砂時計用に整えてもらったのですが」

「どれ」


 チーズクロスの中身は、リンの作った四色の精霊石の砂だ。


「こりゃあ」

「美しい色ですが、貴石ですかな?」


 オグが触った。


「精霊石か?」

「はい。使えるでしょうか。粒の大きさは、同じになっていると思うんですが」

「使えそうだが、また大量につくったな」


 どの色も一刻を計れるほどの量がありそうだ。


「壊した石が、若干大きめだったもので」


 砂の量を見れば、どんな大きさの石を壊したか、おおよその見当はつく。


「若干、ねえ」


 リンはオグのその呟きを、きれいに無視した。


 ボーロも少し摘まんで、手の上で粒を確認している。


「計る時間で、一本ずつ色を分けたらいいかなと。最初は『水の石』で足りるか、と、思ったんですけど、他の精霊がすねて、いたずらしそうじゃありませんか?」

「ああ。助かるだろう。あちこち掃除して回らなくて済むからな」 


 真面目に言う様子は、どうやら何度か掃除をしたことがあるらしい。

 複数加護持ちの、共通の悩みなのだろうか。


「じゃあ、四本か。何分にするか決まったのか?」

「これを見たら、大きいのが、かっこいいと思うんですよね。でも……」


 リンはテーブルに並ぶ砂時計を見比べる。

 大きいのは、ライアンの執務室の棚に飾ると映えそうだ。

 悩むところだが、室内装飾としてより、タイマーとして機能しそうなものをリンは選んだ。


「水時計で計りにくい、短い時間にしようかなと。とりあえず、一分、三分、五分、十分。どうでしょう」

「いいんじゃねえか?」


 脇で聞いていたベニエが、銅だろうか、赤金色の小さな天秤ばかりを持ってきた。腕を横に伸ばしたような恰好の秤は、両腕の先に二つの皿が鎖で吊り下げられている。

 一分計の詰め物をかき取り、中の砂を一つの皿に出す。もう一方には、風の精霊石の砂を同じぐらい入れると、耳かきのような物で釣り合うように調整していく。

 真ん中に目盛りが刻まれているが、ちょうど中央で止まったようだ。


「この秤は薬草用で、薬草の葉一枚で傾くんじゃが。……このぐらいですかな」

「ですね」


 量られた緑色の砂を、砂時計のお尻から詰めると、白っぽいべたべたするものを穴の周囲に塗り、紙を貼って、簡単に穴をふさいだ。


 「大丈夫ですよ。これは麦のペーストで、簡単に拭き取れますから」


 何を塗ったのだろうと、その器を見ているリンに、ベニエが説明してくれた。


 砂時計が手渡され、リンがひっくり返した。


 シャリン、シャリシャリシャリ、シャリリリリリリ……


 静かな部屋に、虫が鳴くような音が転がった。

 オグが屈んで、砂時計に耳を近づける。


「こりゃあ、砂から響いてんのか?」

「粉砕した時も、こんな感じでした。音を立てて、ポロポロこぼれてましたから」

「そりゃあ『粉砕(フラクタリア)』とは違うんじゃねえか?『粉砕』は一気にグシャッとなる」

「……また、祝詞を間違ったんでしょうか。まあ、できたからいいです」

 

 単語帳にならぶ古語から、正しい言葉を選ぶセンスがリンにはない。『粉砕』だけで、いくつも並んでいたから、しょうがないのかもしれない。

 前に『泡立て』をやった時は、理想的な泡立てを見たことのないシルフが、リンの古語に真面目に従って、クリームを天井まで飛ばしたが、グノームは「砂時計の砂と同じ大きさに」という、リンの古語()()()言葉に従っただけである。

 リンがそうと知れば、古語に対する努力が実っておらず、がっかりするだろうが、真実を知ることはないので問題ないだろう。ライアンが側にいたら、気づいただろうが。


 同じように耳を近づけて、目を閉じて聞いていたボーロが言った。


「他の砂は鳴いたことはねえが、精霊石は違うんでしょうなあ」

「精霊石の加工は、ほとんどしねえからな。……リンはよく使うが」

「精霊が喜ぶから、いいかなと思って。これだと、見ていなくても時間の経過を音で知らせてくれますね。……うるさいかなあ」

「いや、いい音だと思うぞ」

「優しい音です。いい物を聞かせてもらいました」


 水時計で、時間を最終確認して、ライアンの砂時計を作ってくれるという。リンはクグロフとブリンツとの話し合いのために、すでに出来上がっている五分計と、それぞれの砂を少しずつ、色見本にもらった。


「残った砂はどうしますかな?」


 リンは砂を眺めた。ほとんどが残るだろう。

 溶かしたら、ガラスに色が着けられそうだ。夏の冷茶用に、小さなグラスを作ってもらおうか。マーブルや水玉模様のデザートボウルもいいかもしれない。それとも、ライアンの蒸留酒用グラスにもいいだろうか。


「これは溶けたら、ガラスになりますか?」

「やってみないとわかりませんが、混ぜることはできるかもしれねえですな」


 リンはそこで、ベニエの方をむいた。


「あの、ベニエさんがガラスに模様を刻むのは、どういう方法ですか?」

「風の力を押し固めて、ガラスに向かって一気に砂を吹き飛ばすのですよ。砂の飛んだところだけ、傷がついて、白く濁ります」

「なるほど。サンドブラストですか。ええと、風でガラスを切るようなのは、できますか?」


 ベニエは考えこんで、首を横に振った。


「ガラスにはできませんね。柔らかい物は千切れたり、穴を開けたりできるでしょうが、ガラスを風で切るのは無理だと思います。賢者様方ぐらい力があればわかりませんが」

「加工は、ガラス職人が溶かすか、宝飾の職人が削るか、土の術師でさあ」

「じゃあ、ボーロさん、内側が普通のガラスで、外側を色付きのガラスで覆ったようなグラスはできますか?」

「そりゃあできねえことはねえですよ。綺麗に作るには技術が要るが、二つのガラスを合わせりゃあいいのですからな」


 今度はリンが考えこんだ。


「ボーロさん、この後、一緒に学生寮まで来ていただけませんか?腕のいい職人がいて、砂時計の外側を作る打ち合わせがあるんです。もう一個、なんか素敵なのができそうなので」


 ボーロは目を瞬いたが、慌ててうなずいた。


第2部分「随時更新」 薬草と食べ物 (作者覚書) に、名前しか入ってなかった薬草に、説明を追記しました。

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