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After the tea party / お茶会の後に

 マチェドニアの兄妹を招待したお茶会の翌朝、リンはまた街に来ていた。

 約束した砂時計のサンプルを見る日だ。

 その前にリンはやることがあった。


「おはようございます。ロクムさん。えー、事情のご説明に参りました」

「ええ、助かります。リン様」


 ロクムは、しっかり聞きますよ、と、にっこり笑っている。

 




 昨日のお茶会の後、リンは厨房へ行き、約束した『ガルシュカーチ』つまり、干し柿のつまみをつくった。

 食べるのは夕食後だが、ライアンは調理の様子をのぞきに来ている。


「簡単で、レシピとも言えないと思うんですけど」


 ガルシュカーチは硬くなっていたから、白ワインで少し煮てから冷ました。

 同時に、赤と白のワインに漬けこんでもみた。数日置くと柔らかくなって、そのまま食べてもおいしくなるだろう。


 ガルシュカーチでバターとくるみを挟み、しっかり包んで冷室に入れる。直前に薄く切り分ければ、『ガルシュカーチのバターとくるみサンド』の出来上がりだ。

 クリームチーズに、やはり刻んだガルシュカーチとトントゥのランプを入れて混ぜ合わせる。これが『ガルシュカーチのクリームチーズ和え』。

 すぐに食べたそうにしているライアンのためにパンをトーストにして、これを載せ、胡椒をかけて出したのだ。

 ライアンは大変気に入ったようで、食べる手が早い。


「これはうまい。先ほどそのままで食べたものより、ずっといいな」

「混ぜ合わせるだけで、簡単でしょう?この国のバターもチーズも美味しいですからね。それに山の恵み。トントゥがいる山ですもんねえ」

「そうだな。恵み豊かなはずだな」

「ガルシュカーチの天ぷらもおいしいですし、あのワインに漬けたのも、柔らかく、風味がぐんと上がりますよ。本当は、白ワインからできた蒸留酒や、砂糖の原料からできる蒸留酒につけると、もっと大人の、深い味わいになるんですけど」

「蒸留か」


 それを聞いてライアンは、白ワインを都合して蒸留するべきか悩み始めた。


「いや、ライアン。蒸留した後に、数年寝かすものですから、すぐには間に合いませんよ?とりあえず、あのワイン漬けのを試してからにしてください。あれも美味しいですから」

「そういうものか……。仕方あるまい。数年後だな」


 一通り眺めて、ライアンは隣の執務室に戻っていった。


 リンは残りのガルシュカーチでケーキを焼こうと、粉を振るい、クルミやトントゥのランプなどを刻んでいたのだが、厨房にライアンが再度顔をだした。


「リン、今夜は食後酒を楽しみに王宮から皆がくる。もう少しつまみの量を増やせるか?」

「皆とは?何人ぐらい?」

「五人だ。叔父上、フロランタン、兄上、タブレット、キュネフェ殿。それに父上と私が入る」


 それはもはや、トップ会談と言うのではないだろうか。


「なんでそんなことになっちゃったのか、わかりませんけれど、私のケーキを諦めてもガルシュカーチが足りないかも」


 リンがもらったガルシュカーチだが、リンの口には入らないかもしれない。

 トップ会談とケーキ、残念だが、どちらを優先するべきか、リンにだってわかっている。いいや、トントゥのランプがまだあるし、と、心を慰める。


「美味しいので、あの場にいた兄上にも、今夜ぜひ、と、連絡したのだが、それが一緒にいたフロランタンと叔父上に伝わった。やはり自国のものだからキュネフェ殿にも召し上がっていただくべきだし、そこまでいったなら、と、タブレットも誘った」


 ライアンは『トップ酒飲み会』が設定された経緯を説明し、少し目を泳がせる。


「それに、大丈夫だ。間もなくクナーファから追加のガルシュカーチが届く」

「……素早いですね。そういうことなら」




 届いたガルシュカーチは、ずっしりと重かった。


「ライアン、多すぎます。まさか、全部持ってきてもらったとか」

「皆で食べるだろう?……自重はした。他の者が困らぬよう、残してあるはずだ」


 また目をそらすのは後ろめたいことがあるからで、自重ということは、最初は全部買い占めるつもりだったに違いない。


「ならいいですけど。明日、クナーファの天幕に、同じ物を持って説明にいきますね。食べてもらった方が早いですし。秋のことも考えれば、山の在庫を運ぶにも、手配に時間がかかるでしょうし」

「頼む。キュネフェ殿からすでに連絡がいっていると思うが、商談前に味わってもらえばいい。価値にあった、適正な価格をつける判断にもなるだろう。今夜、私からキュネフェ殿にもそう伝えて置く」


 ライアンの言葉に、リンはほほ笑んだ。


「安く買おうとするのではなく、適正な価格を、と言えるのを尊敬しますよ」


 リンの真っすぐな称賛の言葉に、ライアンの頬にさっと赤みが差した。


「自領や自国だけではなく、大市に参加する各地の発展を支えられるように、というのが、父上の、ウィスタントン王家の考えだ。どこも同じようにというのは難しいが、結局それが通商を促して、自国を豊かにすることになる」


 リンは頷いた。

 その夜、結局、干し柿の天ぷらまで出した『酒飲み外交』は、大いに盛り上がったようだ。


 

 



「……そういうわけで、ですね。少し試食をお持ちしました。秋の大市の取り組みで、売れると思います」


 リンは持っていた籠から、小さな木箱を取り出した。『冷し石』が中には入っている。


「ワインと良く合いますので」

「そうですか。今夜にでもいただきます。わざわざありがとうございます」


 すでに貴族のトップ中のトップが、全員味わっているということだ。

 ワインのつまみということであれば、購入者は貴族になるだろう。仕入れ値もあがるだろうが、今より売れるようになるなら、茶だけが売れる、という状態が改善され、マチェドニアはもちろん、クナーファにも利が多い。

 すでにキュネフェから、ウィスタントンとの商談前に一度話を、と、ロクムに連絡が入っている。


「あの、ガルシュカの山の皆さんの食べる分は、取り上げないでくださいね」


 目の前のリンが、心配そうに、ぽそりと言う。


「皆さん、とても気に入って、すごい勢いだったみたいなんです。えーと、今朝方、あちらこちらで奥様方に叱られるほど。ですから、先々、欲しいと言われると思いますが、死守してください」


 ロクムは思わず吹き出しそうになってしまい、口元を覆って慌てて横をむいた。

 話されている内容の、相手が相手なだけに、不敬だ。


「かしこまりました。山の民を困らせないように、注意しましょう」


 リンはその言葉に安心したようだ。

 そして、ためらいがちに口を開いた。


「それでですね、実は、御領主夫人から、『トントゥのランプ』もお願いされまして……」


 申し訳なさそうに言うリンに、これも詳細を聞かなければ、と、ロクムは笑顔を見せた。


すでにご覧になった方も多いと思いますが、第二部分に「随時更新」薬草と食べ物(作者覚書)を追加しています。(忘れるたびに検索するのが、面倒で……)

今は名前だけの薬草もあるので、これから少し内容を増やしていきますね。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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