A little warmth for Ryan / ライアンに少しの温もり
リンが、街から秘密を抱えて戻った夜。
日中に、領主一同が揃う昼餐と、領主夫人が集う茶会があったらしく、その夜は、どこの家でも晩餐会は開かれていないようだ。
離宮での夕食に、領主家族全員が揃うのは久しぶりで、シブースト夫妻も顔を見せていた。
今日はどうしていたんだ、というライアンの問いに、秋の大市に向けて、布をレーチェに頼みにいったついでに、ラミントンにつまみ用の食材を頼んだ、と、砂時計については、すっぱり落として報告したリンだったが、ライアンには不審に思われなかったらしい。そうか、と、一言あったのみだった。
ライアンの方は、会議に昼餐、タブレットと話し、アルドラと相談事、と、忙しかったらしく、疲れているように見えた。
リンにとっては、見とがめられずに、ラッキーだったと言える。
「リン、今から少し、秋の大市の件で話をしたいが、いいだろうか」
「いいですよ。あ、夕食前に試作したデザートがあるので、厨房に寄ってもいいですか?」
「ああ。……父上、私達は先に失礼いたします」
ライアンが父に断り、リンもペコリと頭を下げる。
「またなにか作ったのか?」
「ええ、明日の午後のお茶会にどうかなあと」
二人で話しながら出ていくライアンに、領主は心配そうな視線を向けた。
「シュトロイゼル様、そのようにご心配なさらなくても」
カリソンがそっと夫の腕に手をかけた。
「私の息子なのに、なぜもっと、こう……」
その手はこぶしに握られている。見ていて歯がゆいようだ。
「大丈夫ですよ。ライアンはシュトロイゼル様の息子ですもの。他を見ないところが、本当によく似ておりますこと」
カリソンはクスクスと、美しくも可愛らしい笑みをこぼし、領主はその笑顔に見惚れた。
「ああ、そうだね、カリソン。愛する者がいたら、他など見えないであろう」
領主は自分の腕におかれた妻の手に、自分の手を重ねる。
「お父様、私達は、先にサロンに行っておりますね」
慣れている子供達は、声だけかけて、さっさと隣のサロンへと向かった。
ライアンの執務室の隣にある厨房へ入ると、リンは冷室と冷凍室を開けた。
「大きくて、すっごく重いスイカを見つけたんですよ」
ボーロ&ベニエの工房から戻る時、屋台で見つけたスイカは、横に長い楕円形。真ん丸のスイカの二倍ぐらいはあるのじゃないか、という大きさだった。
お、見事だな、と言うオグの言葉に、リンは迷わず買い、持ち上げようとしたのを、オグに慌てて止められた。結局オグがもう一つを寮のために買って、一つずつ両脇に抱えて戻ったのだ。
「先に隣へ行っていてください」
言われるままに、ライアンが執務室で待っていると、アマンドがティーセットを届けて、そっと下がっていく。
上手くできたのか、リンが楽しそうな顔をして、両手に器を持って入ってきた。
一つを、長椅子に座るライアンの前に置く。
「そちらは『トマトとスイカのガスパチョ』です。デザートというより前菜ですけど、たぶん、ライアンはそちらの方が好きだと思います。私のは『スイカのソルベ』。シュトレンさんに、ご家族のデザート用に、持って行ってもらいました」
「そうか」
ライアンの前の小さな器には、赤いトロリとした液体が入り、上には白いクリームのようなものが載っている。ミントの小さい葉が、一枚飾られていた。
トマトとスイカという組み合わせは、思ったより悪くなかった。
「うまいな。上のこれは、チーズか」
「羊の乳からできているみたいですよ。トマトとスイカをすり合わせて、オリーブオイルとビネガー、塩、こしょうで味を付けただけです。簡単なんですよ」
「爽やかだし、チーズにコクがあって、塩気がちょうどいい」
リンもうんうん、とうなずいた。トマトの酸味とうま味に、スイカの甘味が重なって、ちょうどいいのだ。羊のチーズもクリームとオリーブオイルと合わせて、滑らかにしてある。
リンはライアンの喜ぶ顔を見て、安心してソルベを口にいれた。こちらも卵白のメレンゲを入れたので、軽やかにできている。
「ブレンダーという、野菜や果物を粉々にできる道具が、向こうにはあったんですけど、それがあれば、ミントの葉も入れると美味しいんですよ。……んー、どうやって動かすか。シルフ?」
リンはスプーンを動かしながら、どうやったらブレンダーを作れるかを考えているようだ。
「ブレンダーとやらを考えるのもいいが、グノームに『粉砕』を頼めば良い」
「あ!そうですね。そういえば」
「武具だが、粉砕の精霊道具はある。改良すれば、できそうな気もするが……」
「いいですね!あると便利です」
道を塞ぐ大岩等を、土の精霊石を付けたベルトを巻き、振動させて破壊する道具だから、恐らくライアンとリンが想像しているものは、だいぶ違う。
「師匠が言っていたんですよ。武具や人の力で難しい作業の道具はすぐできるが、厨房の道具はなかなかできないと」
「まあ。そうだろうな」
点火に始まって、火加減の調節、泡立て、皮むき、と、厨房で精霊の力を一番使っているのは、間違いなくリンである。
おまけに冷室と冷凍室まで作ってしまうぐらいだ。
ライアンは、緊急でやらなければならないことを考えた。
「今すぐは無理だが……。落ち着いたら、考えてみよう」
「ぜひ」
ガスパチョとソルベを食べ終わって、リンは茶をいれた。
ライアンは、この後まだ仕事があると言い、酒ではなく、茶を頼んだ。
プーアル茶を入れ、スイカで冷えた身体を、今度は温める。
二人ともカップを取って、長椅子に背を預けた。
「ライアン、それで、秋の大市の件って?」
一口茶をすすり、ライアンは、ほうっと息をついた。
「秋の大市に、何か考えると言っていただろう?今の時点で考えていることを聞かせてくれ」
リンも口を湿らせてから話しだす。
「まず、秋からは『温め石』や『温風石』が売れるでしょう?それで、何か使い方の提案をしたいと思ったんですよ」
『温め石』でお弁当を温めたり、そういう使い方は、まだ全然広がっていない。
「それで、布に小さなポケットを付けて、極小よりもっと小さいような『温め石』を並べて入れて、首に肩、腰やお腹を温められるようにできないかな、と」
「なるほど。それでレーチェに布を頼んだのか」
「そうです。この、背中の上の方、でっぱった骨と骨の間を温めると、身体全体が温まるんですよ」
リンは身体をひねって、自分の肩甲骨の間を指して見せた。
「ふむ。小さい石なら安価にできて、良さそうだな」
「でしょう?外で働く人、身体の弱い人、女性。欲しい人は多いんじゃないかと」
「なるほど。対象は多いか」
「あともう一つ。子供向けに、夜、抱きしめて寝られるものを考えていて、それも温かくしようかと」
ライアンは頷いた。
「シュゼットも持っていたぞ。アレは、幼い頃、ベッドで過ごす事が多かった。土で小さなゴーレムを作ってやったことがある」
「小さなゴーレム……?なんか、私のイメージしているのと違うんですけど」
「そうか?手触りも滑らかにしたし、シュゼットも服を着させて喜んでいたが」
ここでもライアンの美的感覚で作ったゴーレム、つまり人形と、リンの頭の中にいる、ゴツゴツとしたゴーレムは全く違っている。
「んー。できたら見せますね」
「それで、今日ラミントンに頼んだつまみの材料も、秋用か?」
「それは、季節関係ないですよ。次の飲み会で披露しようと思っています。クセがあるので、好き嫌いはあると思いますけど」
「楽しみだ」
お茶を飲んで、ライアンの頬にも、少し赤みが差したようだ。
「この間、リンの店があれば、と、盛り上がっただろう?」
「でしたね」
「今日の昼餐で、タブレットとも話したのだが、リン一人に負担がかかり過ぎない形で、何かできないか、と、思うのだが。この間のミックススパイスもそうだし、各地の材料でアイスクリームを作ったように、大市での販売を助けるような、何かがあればと思っている」
そうなるかな、と、リンも少し考えていたことだ。
「レシピを考えたり、食材を見るのは楽しいので、協力するのはいいんです」
「そうか」
「でも、各地の食材に一番詳しいのは、その土地の人ですよね。ハンター、農家、商人。それから、領全体の通商のことを考えれば、領主様に文官。食べ方を知っているのは料理人でしょうか」
リンは指を折りながら挙げていく。
「そうだな」
うなずくライアンに、リンは尋ねた。
「例えば、ウィスタントンだと、どんなものが秋の大市に出ますか?」
「雪のない春から夏に集めた貴石。これは土の加護を持つハンターが採取することが多い。それから、野生の薬草も希少で、高く売れる。後は、ヴァルスミアの森の恵み。果実はりんごに、木の実、キノコも豊かだ。リンは、きちんと誰かが確認してからでないと、食べてはダメだ」
「わかってますよ……」
「かぼちゃは、今より秋のほうが甘い。紫芋に、後半はシーズンが始まって、猟の獲物もでてくる」
「豪華ですねえ」
なんだか体重が増えそうな予感が、ひしひしとする。
秋のホクホクは、大好物なのだ。
「どこの領も同じように、種類が豊富だ。冬の食料を、大市で都合する者も多い。荷物も人も満杯に載せた船が、春以上に来る。今年は、冷室や冷凍室もあるから、きっとすごいと思うぞ」
「うわあ」
リンはコクコクとうなずいて、言った。
「やっぱり、早めに各領の人に、産物と売りたい物、それに料理人さんから、どんな食べかたをするか、聞いておきたいですね」
「当然だな」
「あと、オグさんが今日言っていましたけど、秋はビールが美味しいんです?」
ライアンがニヤリと笑った。
「ああ。秋の大市は収穫祭だ。どの領からも、いい出来のものが集まる」
「へえ」
「最高の物を選び、収穫を祝い、ドルーと精霊の加護に感謝を捧げて飲む。後半は寒くなるし、身体を温める必要もある。冬は雪に閉ざされるだろう?その前の、最後の楽しみだ」
わかった気がした。
「いろんな理由をつけて、とにかく飲むんですね?」
「そうとも言うか」
「じゃあ、つまみになるものがいいのかなあ。女性向けにデザートも欲しいけど。あ、お酒はビールだけ?」
「ビールが一番多い。あとはミード。それ以外の酒は、大市の屋台で気軽に飲める価格ではないな」
貴族やお金持ちの人用、ということらしい。
リンは持っていたカップを口元に当てて、考えこんだ。
「秋なら、私もお酒を造ってみようかなあ。売れるほどできないかもだけど」
ライアンが目を丸くした。
「リンがか?リモンチェッロを作るのか?」
「いえ。りんごを発酵させて。りんごのお酒、好きなんですよ」
「シドルか。だがあれは、半年はかかるだろう?」
「あれ?二週間程度で飲めましたけど」
二人で顔を見合わせた。
「やり方が違うのかな。でも生産者がいるなら、邪魔してはいけないですね」
「いや。その方法も知りたいと思うぞ」
「んー、じゃあ、それも考えてみますね」
そのまま飲んでも、冬はシナモンを入れて、ホットカクテルにしてもいい。
アップル&シナモン。リンの好きな冬の香りだ。
話していると、まだ暑い夏だが、すぐそこに秋が近づいている気がする。
「ヴァルスミアに帰るのが楽しみ」
「そうだな」
ライアンの頬がゆるんだ。





