Family meeting / 家族会議
会議を終え、ライアンは国王、父、と共に、王族の私室が集まる翼へ移動した。
他の会議参加者が向かう方向と反対である。
「この後は、昼餐ではないのですか?」
「ああ。その前に話をしておきたいことがある」
家族のサロンに入ると、そこにはすでにフロランタンとシブーストがいた。
室内に入ると、二人が立ち上がって出迎える。
「フロランタン、執務中に呼び出してすまぬな。シブーストも」
「父上、お疲れさまでした。伯父上も、ライアンも」
ライアンの顔を見て、フロランタンが首をかしげる。
「シルフで声を聞いても、ライアンの顔を見るのは、久しぶりのような気がする」
その横で、シブーストもうなずく。
「同じ王都にいても、なかなか会えぬとは」
「すみません。兄上。王宮に来た時には、顔を出すように致します」
「ああ。そうしてくれ。其方とはなかなか会えぬのだから」
ウィスタントン公爵が割って入った。
「シブーストも、もっと離宮に来れば良いのだ。全く、二人とも自由で……」
言い合いながら、五人が長椅子に腰を下ろすと、国王が手を払って、使用人をすべて遠ざけた。
「ライアン、すまないが、シルフを払ってもらえないかね」
極秘の話か、と、思いながら、ライアンがシルフを払うと、国王は口を開いた。
「昼餐の前に、手短に話したいことがある。 昨日、マチェドニアのキュネフェ殿より内密に話が合った。シュージュリーの東征の理由に、心当たりがあると」
公爵は同席していたようで、全く驚かなかったが、息子達三人は目を見張った。
「父上、それは一体」
勢い込んで尋ねるフロランタンに、国王は手で落ち着くように促した。
「今から、二代、いや、三代より前のことになって、私も知らなかったのだが」
国王は一つ息をついて、続けた。
「知っての通り、マチェドニアとは、お互いの産物は、クナーファなど様々な商人を介して行き来する。文官は商人と一緒に来るが、皇族の表敬訪問は、皇太子の成人や結婚、代替わりの挨拶といった時ぐらいで、さほどの交流はなかった」
商人ほど世界を歩く者はいない。
そして商人が通えば、産物や文化の交流があって、通常はそれでいい。
近隣諸国からフォルテリアスに、文官など公の人間が派遣されるのは、大市という商談の機会がつくられ、また、『水の石』や『浄化石』といった精霊石や精霊道具を、国として必要としているからだ。それでも大抵は、通商担当の文官が訪れれば済むことである。
「遠いですし、統治者の表敬訪問など、どこもそのぐらいでしょう。大陸でも、あちらより東の国は、表敬訪問すらほとんどないですし。島国としての危機感もあるのでしょうが、毎年来るタブレットが特別なのですよ」
フロランタンがそう言えば、ライアンも続ける。
「マチェドニアとの通商も、交流も、クナーファが大きくなった先代か、先々代の頃からではありませんか?」
「その通りだ」
国王は頷くと、先を続けた。
「キュネフェ殿によると、シュージュリー東征の狙いは、鉄ではないか、と、という事だった」
「鉄……」
「シュージュリーにも鉱山があり、鉄を東征の理由とするには、疑問があります」
「ここからは、私と兄上が、側近も省いてキュネフェ殿に会った時に話されたことだ。あちらには、国外不出の、硬い鉄を作る製鉄技術があるというのだよ」
「ほう」
思わぬ話に、ライアン達は後ろの長椅子に背を預けた。
国王も息を吐いて、もたれる。
「私も知らなかったのだよ。マチェドニアは、今より百年以上前に国が二つに分かれ、その時に、鉱山は隣国所有となったそうだ。だが、その製鉄技術はマチェドニア皇族の庇護下に残った」
そこで公爵が口を挟んだ。
「昨夜ブルダルーに聞いたがね、爺の師匠はマチェドニアのナイフを大事に使っていたそうだ」
「今は特に聞きませんが、国の分断のせいでしょうか」
それもあるが、と、国王は苦笑した。
「フォルテリアスでは、精霊のお力添えがあるので、硬い鉄を国外に求めずとも済むので、こちらには入らないのでしょう、と、キュネフェ殿が言っていた。鉱山の場所が隣国になったことで、鉄鉱石を通商で利用できなくなり、それから始めたいくつかの作物の中で、茶が広まったそうだ」
確かに。土の術を用いることが多い、と、ライアンも苦笑した。
精霊術があることは、フォルテリアスの利点であり、同時に産業技術の進歩を考えると欠点にもなる、というのが、この国でよく議論されるところだ。
「そのような裏の話があるとは、知りませんでしたね」
フロランタンも興味深げだ。
国王がそこで深く息をついた。
「シュージュリーは鉄と技術を手に入れ、ここ、大陸の西側でフォルテリアスの一強という形が崩せると考えているのでは、と言うのが、マチェドニアの考えだ」
「愚かなことを。形を崩して何になるというのだ」
シブーストが憤れば、フロランタンも言い募る。
「全くです。我々は精霊の力がいかほどかを知っています。そのために、他国を侵略しないというのに」
「戦のない和があってこそ、安心して生活を営み、通商し、発展し得るのだということが、わからぬものか」
国王と公爵は、それぞれの子供達を満足そうに眺めた。
「だいたい、硬い武器を手にしたところで、かなうはずもないでしょう。シュージュリーは先の戦を忘れたのでしょうか」
フロランタンが、ライアンをチラリと見て続ける。
アルドラに劣らず、ライアンも容赦なく周辺を氷漬けにするだろう。
その視線を受けてライアンがニヤリとした。
「リンから面白い話を聞いたことがある。大昔の戦の話らしいが、水の術師が海を割り、仲間を通した後に海を戻して、敵を沈めたそうだ」
「海を、ですか。そこまで力のある術師のいる国でしたか。それならリンの力にも納得がいきます」
「雷の力を用いる術師もいるようだ」
「待て。まだ話は終わっておらぬ」
術師同士の話に進んでいくライアンとフロランタンを、国王が慌ててとめた。
「大事なのはここからだ。マチェドニアは、我が国の庇護を求めておる。だが、我が国が戦うのは、国と民を守る時だけ。従って、騎士や術師の戦場への派遣や、精霊道具でもある武具を融通する事は、すでに断っている」
皆がうなずいた。
ライアンが聞く。
「武具はあるのではないですか?硬い鉄の技術はそのためでしょう」
「その通りだ。大陸の東側は、群雄割拠といった形で、戦も多く、武具がよく売れるらしい。あの国の特産は、まず武具。それから茶、だ。武具は東へ、茶は西へ流れるという」
マチェドニアを『茶の国』と呼んで、楽しみにしていたリンが聞いたら、驚くだろう。
今度はフロランタンが聞く。
「武具が作れても、軍がないと言うのですか?」
「いや。険しい山間の土地で、戦いにおいては、地の利もあると言う。鉱山のある隣国が、鉱石の売り渋りをしているらしい。自国も危ないと思ったのだろう。自国への供給を優先として、この二年で値を大きく吊り上げたようだ」
「もとは一つの国でしょうに」
フロランタンが嘆いて、ため息をつく。
「ここのように、兄弟、従兄弟の仲が良い所ばかりではない、ということだ」
「それで、軍の派遣、武具の融通以外で、マチェドニアは何と?」
ライアンの問いに、国王はうなずいた。
「我が国の庇護と、鉱石に充てる金銭の借用、といった所だ。西の雄、フォルテリアスが後ろに付けば、シュージュリーも手は出しにくい。そこで、フロランタン、ライアン。お前達のどちらかと、皇女カタラーナ姫との縁組の申し入れが来ている。……予想はしていたであろう?」
「ええ。王族同士の婚姻となれば、他国にも知らせがいきます。わかりやすい庇護でしょう」
公爵が口を挟んだ。
「カタラーナ姫はシュゼットの一つ下で、現在十八歳。フロランタンには、来年結婚予定の婚約者がいる。二人のどちらかと、と言ってはおるが、先方は、ライアン、お前と娶せたいようだ」
「わかりました」
公爵が驚き、組んでいた足を下ろして、身を乗り出した。
「なっ!ライアン、其方、受けるのではあるまいな?!リンをどうするのだ!」
ライアンは大きくため息をついた。
我が娘をどうするのだ、と、相手の父親に言われているようだ。
「父上、落ち着いてください。私は申し入れを理解した、と言っただけです」
「う、うむ。……リンとはどうなっている。結婚の申し込みはしたのか?」
公爵の質問に、その隣に座る国王も、フロランタンまでが身を乗り出す。
冷静に腰を落ち着けているのは、シブーストだけだ。
「皆の興味がそこにあることは、日々、感じています。賢者の結婚は、あまり前例のないことでしょう」
「賢者としてだからではないぞ、ライアン」
「わかっております。叔父上。……私自身、リンに気持ちを伝えたいとは、ずっと思っています。リンはこの春から、やっと外にでて、普通に生活を楽しめるようになってきたように見えます。それからまだ一季節。ヴァルスミアに戻って、もっと落ち着いてから、と思っていたのですが」
「そうか。この件に関して、国としての意見を優先することはない。其方が決めればよい。……まあ、答えは決まっているのだろうが」
「ありがとうございます。叔父上」
ライアンは軽く頭を下げた。
「さすがに、その場ですぐに断りを入れるのも失礼にあたる。先方には、二人の様子を見てから決めるのでもよいのでは、と伝えてある」
「……つまり、交流せよ、と、言うことですね」
申し入れを受ける気が全くないのに、交流するのもどうかと思う。
「そのように嫌そうな声を出さなくても。昨日は一緒に茶を飲んだが、カタラーナ姫は優し気で、良い子であったぞ。なあ、フロランタン」
「そうですね、父上。性格は良さそうでした」
にっこり笑うフロランタンが癪に障って、ライアンは言う。
「私かフロランタン、どちらでもいいようだぞ?」
「おや、ライアン、妹を泣かせるつもりですか?」
フロランタンも負けてはいない。そして反撃する。
「ライアンも、少しは社交に出てもいいのではないですか?」
ライアンは眉をひそめた。
「公の場のみへ出席という話だっただろう?」
「それはリンのことではないですか。それに宴に出ても、さっさと引っ込んでしまって。次はいつ会えるか、と、問い合わせがすごいのですよ。今度、森での舟遊びを計画していますから、どうぞ公式行事として、リンと参加してください」
「全く気が進まぬ」
「王宮での『涼風石』の検証を手伝ったではないですか。執務室どころか、謁見の間まで冷やしたのですよ。少しぐらい、こちらの行事に参加してくれてもいいと思いますが」
「しかたないだろう。謁見の間など、こことウィスタントンにしかないのだから」
ライアンとフロランタンの仲の良い言い合いを、国王は手を叩いて止め、ゆっくりと立ち上がった。
「さ、昼餐だ。そこでマチェドニアの皇太子を、皆に紹介する。午後は王妃が、領主夫人を集めた茶会で、皇女を紹介予定になっている。ライアン、無理にとは言わぬが、適度な社交は必要だぞ。昼餐には出てくれるとありがたいが……」
国王である叔父は、父よりも雰囲気が柔らかだが、きっちりと締めてくる。
ライアンはため息をついて、同意を示した。





