Meeting at the Palace / 王城での会議
リンが船の上で空をにらみ、塩辛に思いを馳せていた頃、ライアンはすでに王宮で会議に出ていた。
昨日は、アルドラの王都到着を待ちかねていたかのように、建国祭の話し合いがあった。
ライアンは毎年この日に聖域へ向かい、ドルーに直接感謝を述べることにしていたが、今年は王宮前にアルドラと並んで、民の感謝を受けねばならないのだろう。
今日の会議には、フォルテリアス国内各地の領主がすべて集まる。賢者の出席は必要ないのだが、ライアンが提案した議題があり、同席することになっていた。
事前準備で、ライアンはここ数日、王宮で打ち合わせが続いていた。
「ライアン」
会議室に入る直前、後ろから呼ぶ声がした。
振り返ると、国王とウィスタントン公爵がそれぞれの側近を連れ、執務室の方から歩いてくるところだった。
ライアンの後ろにはシムネルとフログナルドがいたが、どちらの側近も、さっと略礼を取った。
「陛下、父上、おはようございます」
「おはよう。……ライアン、すまないが、会議の後に時間が取れるかね?」
「ええ。大丈夫ですが」
「よろしく頼む」
公爵である父、国王と一緒に会議室に入ると、一瞬空気がざわりとしたが、集まっていた者は全員立ち上がり、頭を下げた。
王国内には国王直轄地以外に、アルドラ山脈の北側に七つ、南側に八つの領地がある。
長いテーブルの両側に全領主が身分順に並んでおり、それぞれの側近が、背後に二名ずつ立っていた。
『涼風石』が仕掛けられているようで、風が巡っており、これだけ人がいても、室内は心地良い温度が保たれている。
テーブルの上座、正面に、国王とライアンが並んで座る。公爵は国王の側で、一つ空いていた席に向かった。その隣はラミントン領主、ラグナルだ。
国王が着席すると、全員がまた腰を下ろした。
「さて。今日はウィスタントンからの提案もあって、ライアンにも来てもらっている。……始めようか」
国王が背後に立つ側近を見ると、一歩前にでて、会議が始まった。
「最近の暑さと嵐で、特にアルドラ山脈より南では、土地や作物に多少なりとも被害が出ております。中でも深刻な影響が出ている所は、まずその報告を」
南方の領主の一人が手を挙げた。
「我が領では、水不足が懸念されております。たった一晩の嵐では、水源である湖は満たされませんでした。領の術師が『水の石』の供給量を増やしておりますが、このままの天候が続けば、農地への影響も大きいかと」
ライアンも配られた資料を見るが、湖の水量が半分にまで落ちているようだ。
国王が口を開いた。
「近隣の領地で、水を都合できるだけの余裕のある地はあるか」
どこからも声があがらない。
太陽の光と熱は均しく注がれ、どの領地も他領を助けられるほど、余裕があるとは言えないのだ。北の領地は暑さの影響はさほどないが、水を運ぶには遠すぎる。
パネトーネ侯爵が手をあげた。
「港に入った貿易船より、報告があがっております。それによりますと、大海を二刻程進んだ辺りの海水温が、ひと頃より下がってきているようです。数年前の熱波の時を考えますと、暑さも十日程度で収束するのではと考えております」
「パネトーネ侯、報告感謝する」
おお、と、各地の領主が声をあげ、王も感謝を述べた。
ライアンが口を開いた。
「どちらの水の術師も、この夏は『凍り石』や『冷し石』の作成で疲弊していると思う。必要であれば、国の緊急措置として、規格外の『水の石』を提供しよう」
規格外の大きな『水の石』の提供は、水不足の国への援助や緊急対応で作られることが多い。
力のある術師、主に賢者の役目だ。
「それは大変助かりますが、よろしいのでございましょうか」
水不足の懸念を表明した領主に、ライアンは鷹揚にうなずいた。
「術師ギルドには話が通っているし、アルドラと私がいる。他の領も、必要があれば申請して欲しい」
リンだっているのだ。あの神々しい石は論外だが、三分の一程度の大きさなら問題ないだろう。
取りまとめてくれ、と、シムネルにうなずいた。
次に、ベウィックハム伯爵が手を挙げた。
「我が領でも一部の薬草に、熱波の影響が出ております。初夏採集の薬草や薬草花は、熱波の前に収穫が終わり、例年より量も質も良いほどでした。しかし、今から秋にかけて、実や根を採集する物は、量、薬効ともに減少する可能性があります」
その場にいる者が騒めく。
なんといっても「薬のべウィックハム」だ。国内全ての薬に影響が出る。
ベウィックハムから提出された、影響の起こりうる薬草のリストを確認していたライアンが、一つに目を止めた。
「ブラッド・ルートもか」
「術師が散水などで鋭意努力をしておりますが、太陽の力は大きく、水を与えなければ全滅の恐れ。水を与えれば、薬効はどうしても薄くなるようで、同じ薬にするにも、例年より量が必要となります」
「わかった。……術師や薬事ギルドの者でないと分らぬと思うが、ブラッド・ルートは、『盗賊の薬』の原料だ」
「なんと……!」
「それでは!」
今度こそ、その場が大きくどよめいた。
『盗賊の薬』は近隣諸国のどこかで、数年に一度発生している、かなり厄介な病気に使われる。発生すると死者も多くでて、毎年、どの領も、どの国も、十分な量を用意して冬を迎えるのだ。
「静粛に!」
国王の側近が声をはった。
「全く同じとは言わないが、代替となる物もある。ベウィックハム伯爵とも会談の予定だが、追って案内する。心配せぬように」
ライアンの言葉に一同は、ほう、と、息をついた。
それからもしばらく、麦の収穫への影響、野菜の不作など、主に熱波による影響が報告され、次に建国祭の警備についての話が続いた。
「続きは次の会議で、になるな。ここからは、ウィスタントンからの提案だ」
国王がライアンに発言を促すと、領主達は一斉に、配られた紙に目を落とした。
「一つ目。『牧草地の塩分と家畜への影響』だが、これはラミントン領の海沿いの地で、牛の健康状態と肉質がいいこと。それから、ウィスタントンでも放牧の盛んな地は、岩塩の採集地であることから、塩が有効に働いている、と、仮定した」
ライアンが最北の二領の領主が並ぶ席に顔を向ければ、ラグナルが居並ぶ領主に向かって、軽く頭を下げた。この中で一番若い領主だ。
ラミントンの港で、リンがスープを食べながらオグに話した事を基に、二領で研究しようという話だったのだが、他領でも取り組める内容なので、会議での提案となったのだ。
ウィスタントン公爵が続けた。
「ウィスタントンとラミントンでは、この仮定の検証が決まった。未だ仮定の話ではあるが、他国では、牛の放牧地に塩を置く事例があるようだ。検証に参加してくれる領地があれば、引き続き情報交換をしたいと思うので、申し出てくれ」
「大変興味はありますが、我が領では大規模な畜産をしておりません。参加できますでしょうか」
「もちろんだ。ウィスタントンでも山羊の放牧は、山沿いの村一つぐらいだ」
「牛だけではなく、山羊もでしょうか。他の、羊や豚はどうでしょうか?」
「わかっているのは、他国では牛に塩を与えているという情報だけだ。だが、羊や豚でも効果があるのか、試す価値はあると思っている」
「そう聞けば、馬にも塩を与えるではないか。羊や豚にもいいのではないか?」
「おお、確かにそうだな」
あちらこちらの領主が手を挙げて、発言していく。
「この検証はラミントンが中心になって行う。参加を希望する場合、次の会合までに、ラミントンまで申し出てくれ」
ライアンがまとめた。
「次の『養蜂』。つまり、蜜蜂の飼育だが、ウィスタントンで春より試している」
「蜜蜂、でございますか?」
ほとんどの者が戸惑った顔だ。
それはそうだろう。なぜ、蜂などを飼わねばならぬのか。
「蜜蝋と蜂蜜の供給の不安定さは、どの領でも経験があると思う。巣を壊さず、蜜蝋と蜂蜜を採集する方法を現在試しているが、すでに最初の採取はうまくいった」
ひとりの領主が手を挙げた。
「良くわからないのですが、その方法だと、どのような違いがでるのでしょう」
「巣が壊れず、群れがどこかに行かず、同じ場所に蜜蜂が留まる。蜜蝋と蜂蜜の供給と価格が安定しやすい」
おお、なるほど、と言った声があがる。
「興味がある場合、秋の大市に、ハンターなどの実務担当者を派遣して欲しい。実際の様子を見てもらおうと思う」
「ハンターでございますか?」
「文官を送ってもらってもかまわないが、実際に世話をする者も見た方がいいと思われる。あと、こちらも意見交換がしたい。ウィスタントンでも文官とハンターが協力して、手探りで行っている状態なのだ。提案は以上だ」
ライアンが締めると、それで会議が終了なのか、領主達の雰囲気がほどけ、口を開き始めた。
「それにしても、今年のウィスタントンはすごいですなあ。砂糖には驚きましたが、新商品だけでなく、畜産や養蜂まで」
「本当に。秋には何がでてくるかと、実はひそかに楽しみなのですよ」
おお、実は私もですよ、などと、領主同士で話している。
ライアンが手を挙げ、皆の視線を引き付けた。
「提案ではないのだが、聞いてみたいことがある。大市は、ウィスタントンだけではなく、どの領にも良い通商の機会と成果を、と、始まったと認識している」
当時、次期国王と見なされていた現国王の兄が公爵としてあの地に入って始まった大市には、そういう意図があることを、ここにいる者は皆知っていた。
領主達はウィスタントン公爵に軽く頭を下げ、敬意を表した。
「この夏の大市でも、商業ギルドからの依頼で、各領の産物を使ったアイスクリームが出ているのはすでに知っているだろう。他にも、いくつかの領地には、非公式に、食物の長期保存の方法や、新しい食べ方などを提案したところもある」
何人かは頷き、また何人かは、そうなのか、と、他の領主の顔を見る。
一人が手を挙げた。
「長期保存とは、どのぐらいの期間でございましょう」
「夏の野菜を、冬でも美味しく食べられる保管方法であった」
「しっかりと手順を踏めば、春まででも保ちそうだと」
別の領主達がその質問に答える。
「おお。なんと半年以上もですか。……美味しかったのですか?」
「ああ。秋の大市で販売できればと思っているが」
「我が領では果実でした。大量に作っておりますよ」
あちらこちらで賑やかになってきた。
ライアンはまた手を挙げる。
「秋の大市でも、何か相互協力をできないものかと思っているのだが……」
「アイスクリームのような、新しいもののご提案でしょうか」
「現段階では、全く決まっていないのだが、通商を促せるものになればと考える」
ライアンはリンが作った料理を思い浮かべながら続ける。
「新しい食べ方や産物の提案、スパイスや薬草の用い方、美味しい酒のつまみ……」
「ほお」
「いいですなあ」
「ぜひ我が領でも協力を」
何人かが反応した。
うなずく者も見えるので、興味はあり、内容を決めれば協力を得られそうだ。
秋の大市のために何か考えると言っていたリンとも、一度しっかり話をした方がいいだろう。リンの負担ばかりが大きくなってもいけないし、と、考えていると、ライアンの耳に、『涼風石』の風が、遠くから小声を運んできた。
「北の秋ビールは、重みがあって美味いですからなあ」
「ええ。私も毎年、秋の大市には足を運ぶのですよ。各領から運ばれて、揃っておりますからなあ」
ライアンがピクリとした。
「おお、貴方もですか。今までお会いしませんでしたなあ」
「よろしければ、日を合わせて行きませんか」
「いいですぞ」
春には来ないが、秋には来る。
この流れだと、ビールのために、と言っているようなものだ。
いや、表向きは商談やら、領主の激励、とでも、言っているのだろう。
秋に領主来訪が多いのは、収穫物の商談が多いからだと思っていたのだが。
まあ、秋ビールの美味しさは……。気持ちはわからないでもない。
ライアンは静かに話を聞きながら、考えを巡らせた。
少しぐらい仕事を増やしてやっても、かまわないだろう。
「詳細は次の会議となるな」
明らかに集中しているライアンを横目に、国王が閉会を告げた。
「皆にもすでに通達したが、マチェドニア皇国の皇太子と皇女が、我が国を訪れてくれた。この後の昼餐で紹介しよう」





