Gift / プレゼント
精霊的にもライアンに秘密にできる場が整い、リンは話を進めた。
「作りたいのは、砂時計なんです」
時計の歯車の仕組みは全くわからないが、砂時計なら透き通る程に明快だ。
「「砂時計」」
「ほう」
「はい。日時計、水時計、火時計、を見ましたけど、砂時計は見たことがなくて。……ありますか?」
祝いグラスを注文されるのか、ぐらいに思っていたボーロは、どうやら全く違うらしい、と、工房の棚の上に置いてある、火時計のキャンドルをチラリと見上げた。
「確かに砂時計は、ありませんなあ。どういうものでしょうか」
「ええと、今の時刻がわかるものではなくて、ある時点からの経過時間を計れるんです」
紙を一枚もらって、よくあるタイプの砂時計の形を描く。
「こういう形で、真ん中がくびれていて、中に砂を入れます。ひっくり返すと、砂が糸の様に細く、下に落ちます。砂の量で、砂が落ち切るまでの時間が決められるんです。例えば、一分、三分、五分、十分、私が見た一番大きいので、一刻を計れるものだったかと」
「なるほどなあ」
フォルテリアスでは鐘の音が半刻ごとに響き、時を知る。
『日時計』は時刻を示す。『火時計』は、一刻単位で刻みが付いているものが多い。まあ、サラマンダーの機嫌次第だが。『水時計』は、ほとんどの場合、一日一回、『日時計』や鐘の音で時刻を合わせて使う。水盤を替えれば、砂時計のように時間を計ることも可能だが、かなり細かな刻みが必要だった。
「砂時計のいい所は、まず、水のように凍らないですし、蒸発もしません。水時計ほど大きくなく作れて、十分計でもたぶん、これぐらい」
リンはそう言って、片手の親指と人差し指を広げてみせた。
「不便な点は、一つの砂時計で計れる時間が決まっていることでしょうか。でも、複数の砂時計を同時に使ったりもできますし、たぶんライアンの工房でも、使ってもらえるかなあと思うんですけど……」
言いながら、リンは段々自信がなくなってきた。
思いついた時はいいアイデアだと思ったが、果たしてライアンが喜んでくれるかわからない。イカの塩辛よりはいいと思うけれど。
精霊道具の検証の時は、オンディーヌの水時計を近くに持ってきて、水盤を替えたり、水を捨てたり、結構な手間だった。ライアンは、頭痛薬は薬の状態を見ながら、時間を計らず作っていたが、学生寮の術師見習い向けの本を見ると、調薬手順ごとに作業時間が書いてあった。
タイマーのように使える砂時計があったら、便利じゃないかな、と思う。
例えば五分だと、ティーポットでお茶を待つ時間だとか、厨房でトロトロのおいしい半熟卵ができる時間だとか、リンはオグに向かって続けているが、ボーロはその横で、目の前の絵をじっと見つめていた。
どうやら凄い物を作ることになりそうだ、自分が最初に形にするのだ、と、背筋がゾクゾクとする。職人としての武者ぶるいだった。
オグもそんな様子のボーロを見て、シルフを払ったのは正解だと思った。
インク・フィッシュどころの話ではない。
なんといっても時計だ。それも、水時計の弱点を克服し、火時計のように不確かでないもの。
使い場所は厨房の半熟卵だけではなく、欲しがる者は多いだろう。
これを発表した後の反響を考え、オグは遠い目をしたが、そこは最初の砂時計を手に入れるライアンが大急ぎで考えるだろう。これを渡されたら驚くだろうが、リンの起こす事態の対応には慣れているはずだ。
はずだ。大丈夫だ。問題ないよな、と、オグは心の中でうなずいた。
「あの、できますでしょうか……」
じっと絵を見ているボーロに、リンは少し不安そうな顔をした。
「とにかく一つやってみて、調整ですかな」
皆が立ち上がり、ベニエはボーロに一言、二言話すと、外へと出て行った。
「リン、中の砂はどうすんだ?」
「この細い部分を安定して落ちないといけないので、丸くパラパラした砂で、できれば粒の大きさがそろったものがいいんじゃないかと」
自分で言っていて難しそうだと思ったが、オグはふんふんとうなずいて、ボーロと相談している。
ボーロが奥の部屋に入って行き、器を持って出てきた。
中には白く、キラキラした砂が入っている。
「とりあえず、これで試してみましょうか。ガラスになる『氷石』です」
「コオリイシ……」
「ああ、ウィスタントンの精霊石じゃないですよ。氷の石と書きます。大きい結晶は氷のように透明で、まあ、宝玉ですな」
オグが砂を手で触り、粒を確かめた。
「グノームに頼んで、少し細かくして大きさを整えたら、いけそうだな」
リンも触らせてもらうが、大きさもまちまちで、粒は確かに大きいようだ。
石を使う時、リンはいつもクグロフに頼んでしまうが、土の術師は、まず自分で加工することを考えるのだろう。
そこにベニエが戻ってきた。ガラス職人のギルドにいって、水時計を借りて来たようだ。
「刻みが十分なんですけどねえ」
「まあ、まずそれでやってみようじゃないか」
ベニエは水時計の像をテーブルに置くと、奥の部屋へと入っていった。
しばらくガタガタとしていたかと思うと、工房へ顔をだし、リンを手招きする。
「リン様、こちらへどうぞ」
オグを見るとうなずいたので、ベニエの後に護衛と一緒に続く。
奥は、想像よりも広い部屋だった。
工房側は倉庫にしているようで、氷石の袋や、出来上がったガラス製品等、雑多なものが並んでいる。その間を抜けて奥へ進むと、少しスペースが開いており、テーブルと椅子が置かれていた。
二方向に窓が切られて風が入るし、部屋の隅には『涼風石』が無造作に木切れに載せてあり、風を送っている。
「リン様、こちらへどうぞ。私どもの休憩室で、むさ苦しいところですけれど、作業を始めると、工房は外より暑くなりますから」
「でも、お願いして作っていただくのに、私がここで休むのは……」
「いえいえ。初めて作るものはどうしても時間がかかります。もう少し形になってから見ていただくのが、いいと思いますよ。窯に火の入った工房に慣れていない方が入ったら、夏場はひっくり返りますよ。すぐにオグさんも呼んで来ますから」
ベニエは言いながら、側に置いてあった木箱を開けた。
それが冷室のようで、まず、冷えた水差しを取り出した。
「あらあ、桃か水果があるかと思ったら、キュウリの甘酢和えしかないねえ。いただいたアイスクリームでも、いいかしら」
右手に山盛りのキュウリが入った、大きなガラスのボウルをつかんでいる。
「あの、どうぞお構いなく。……すごい量ですね」
「ガラス職人は、これを朝と昼に一杯食べて、夏を乗り切るんですよ」
キュウリを食べて、身体を冷やすらしい。
量はともかく、少ししんなりとしたキュウリが、おいしそうだった。
リンが見ている視線に気が付いたのか、ベニエは小皿に少し取り分けてくれた。
こちらもガラスの器で涼し気だ。
「こんなものでよろしかったら、どうぞ」
「……ありがとうございます」
熱心に見過ぎたらしい、と、少し恥ずかしかったが、リンは喜んで口に運んだ。
塩で揉んでから、蜂蜜と酢で和えるそうだが、ボーロは術師でもあるので、使った火の力を補うために、ベニエはそこに『サラマンダーの怒り』を加えて、ピリ辛の甘酢和えにしているらしい。
身体は冷やして、力を補うという絶妙のバランスだ。
「おいしいです。さっぱりとして、ほんのり甘辛で」
「そりゃあ、良かった。まあまあ、こんなものをお出ししたなんて、叱られちまいますかねえ」
「とんでもない。私こそ、なんだかすみません」
オグが襟の辺りをパタパタとさせながら、休憩室にやってきた。
ベニエが汗を拭くように、と、オグに冷たく冷やした布を渡す。
「サラマンダーが張り切りやがって、窯に力を入れて数分だっていうのに、すげえ暑さだ。……なんだ、リン、ひとり馳走になって、涼し気じゃねえか」
「おいしいですよ。これ、本当に身体がすっと冷えてきます」
リンの前に腰を下ろしたオグにも、ベニエがドンっとキュウリを置く。
「悪いな。ベニエ」
「夏は仕方ありませんよ。慣れていたってキツイんですから」
オグが工房から持ってきた小さな器をリンの前に置いた。
「どうだ?粒を揃えて、丸くしてもらったが」
オグの口の中で、キュウリがポリポリと音を立てている。
ふと後ろを見れば、ベニエが護衛の手にも、キュウリの器を押し付けている。
リンが氷石の砂を指で摘まむと、先ほどよりサラサラとこぼれていった。
「いいんじゃないでしょうか。これならよく流れそうですね」
「ああ。あの腰のくびれのところを、均一に細くするのが難しいらしい」
「腰のくびれ。なんか色っぽい言い方ですね」
「バ、バカ!だって、ちょうど腰の部分じゃねえか」
「まあ、そうですけど」
「難しいって言うから、俺がグノームと協力するかって聞いたら、土使いには負けねえって、工房を追い出された」
「ははは」
ガラス職人にしたら、土に関連したものなら、図を描き、簡単に形を作ってしまう土の術師に対抗意識はあるだろう。
「今日中には無理なようだから、また後日、見に来る形だと思うぞ。とりあえず、何分が欲しいのか伝えておいたら、試してくれると思うが」
「とりあえず、まず、五分計にしたいです」
「水時計で十分を計って、砂の量を半量にすればいいか」
「んー、そうですね。それでいいのかな」
「で、周囲の枠は?やっぱりガラスで作るか?」
「私が持っていたのは、本当にシンプルな木枠だったんですけど。ライアンのはプレゼントですし、ちょっと特別にしたいので、この後クグロフさんと相談しようと思ってます。五分計だけじゃなくて、数種類欲しいですし」
のんびりオグと話していると、ベニエに工房へと呼ばれた。
キュウリを食べて暑さ対策もばっちりだが、工房はまだ熱気が籠っている。
ボーロは真っ赤な顔をして、吹き竿の先に小さな砂時計の形ができているのを、満足そうに掲げている。
その形はリンが絵に描いた通りで、上下のバルーン部分はふっくらとして、真ん中は美しく、くびれている。腰は腰でも、蜂のように細い。
「どうでしょうかな」
「そうです!こんな感じです」
「じゃあ、後は時間と砂の量を決めて、一定の量が毎回きちんと落ちるかどうか、試しますか」
とりあえず五分計を、と伝え、二日後にまた来ることを約束した。





