Glass atelier / ガラス工房
「で、俺に相談って、これとは別に、か?」
ローロにメモを渡すと、他の広場の担当だったのか、さっさと出て行った。
「ライアンの誕生日プレゼントを考えていて、それでちょっとご相談が」
「おお。そうかそうか」
オグの顔はなんだかニヨっとして、嬉しそうだ。
リンは紙に絵を描き始めた。
「こちらに来てまだ食べていないんですが、こういう形の十本足や八本足の、海産物ありますか?十本の頭は三角で、八本は丸だと思うんですけど」
「ああ、いるな。十本も八本も、九十九本も」
「え、九十九?!……それは知らないな」
「まあ、九十九本足は出会ったら、船の行先は海の底だ」
オグがニヤっとした。
「それは怪物じゃないですか。探しているのは、食材です」
「漁師町じゃあ、焼いて食べているな。欲しいのか?」
「ええ。八本足もあればいいですけど、十本の方を」
オグはちょっと考えこんでから、頷いた。
「インク・フィッシュの方か。今年は海が熱いが、ラミントンの北だとなんとかなるだろう」
「ホントですか?良かった。ラグに頼めば大丈夫でしょうか」
「……あれをプレゼントするのか?貴族はあまり食べんが。シー・ヘリソンと一緒で、見た目がなあ」
オグは怪訝そうな顔だ。
誕生日にイカをプレゼント、と、言っているわけだから、どうかと思うのだろう。リンだってそう思ったのだから。
イカだけじゃなく、海産物の詰め合わせにしたなら、喜ばれるかもしれないが。少なくともリンは大喜びだ。
「これはプレゼントというより、つまみです。見た目はアレなんですが、いいつまみになるんです。ダメそうだったら、私が食べるのでいいんですけど。炒めても、揚げても、まあ、ビールがすすみますよ」
ガーリック風味のイカのソテーも、塩レモンのタコから揚げも、熱々を口に放り込んで、そこにビールをグビッとするのが美味しかったよねえ、と、ポイ、グビッ、プハーの繰り返しを思い出す。
「そうか!……ここいらの秋ビールには、ちょっと早いか?北から一緒に船で運べば、間に合うか」
北の領地の方が、秋が早く、秋ビールも先に出る。
秋ビールと一緒に楽しみたい、と、オグはけっこう真面目に考えている。
秋の大市でつまみの店を、と、言いだしたのは、ビールか、ビールなんだな、と、リンは酒飲みの思考を理解した。
リンは、春だ、緑茶だ、と、うずうずしたので、人のことは言えない。
「次の飲み会がいつかわかりませんけど、一週間ぐらい前に手に入れば。海で獲れたのを、切らずにそのまま欲しいです。温度管理の樹脂が紫になるぐらいの強力冷凍室で、一気に凍らせて運んでもらってもかまいません」
「わかった。ラグに言っておく」
「それで、プレゼントの方なんですが」
「おお、そうだったな」
つまみの話で、オグはすっかりプレゼントのことを忘れたようである。
「上手くいくかわからないんですけど、『ボーロ&ベニエ』の工房に行きたいんです。突然、訪れても大丈夫でしょうか」
「問題ないと思うぞ。何を作るんだ」
リンはチロリとオグを見た。
「ライアンには、当日まで内緒にしたいんですけど……」
「大丈夫だ。口は堅いぞ」
『風の広場』近くのガラス工房は、いつも通り、すでに開いていた。
「ボーロ、いるか?」
「よう、オグ。早えな。……おや、リン様。おはようございます」
「おはようございます」
ベニエ、ベニエ、と、妻を呼び、ボーロは首にかけていた布で椅子をはたくと、リンにすすめた。
天幕で作ってもらった、土産の小さなアイスクリームセットを渡すと、ボーロはそれを押し戴き、やってきたベニエに渡した。
「おや、オグさん。いらっしゃい。リン様も」
「俺は付き添いで、リンが、頼みたい物があるらしいんだ」
「突然、すみません。ふと、思いついてしまって……」
周囲を振り回さないように準備を、と、思った途端にこれだ。
「なあに。かまいませんよ。注文が入るのは、いつも突然でさあ」
おおらかに返すボーロにリンは、ペコリと頭を下げた。
「あの、ライアンの誕生日のプレゼントで、当日まで内緒にしたいんです」
ボーロとベニエは、おや、と、言うように、顔を見合わせている。
「リン、ライアンに秘密にするなら、シルフを払わねえとなんねえぞ」
「え?そこまで大げさじゃなくて、いいんですけど」
「リンや護衛が、今日のことを、ごまかして報告するだろ?怪しいと思うかもしれないじゃねえか」
「……それでライアンが『聞き耳』を使ったら、それもどうかと思いますけど。それにシルフを払うのは、なんか申し訳なくありませんか?」
リンを除く三人は、目を丸くした。
「ん?何が申し訳ねえんだ」
「だって、いつもシルフにお願いばかりするのに、都合の悪い時だけ、出ていけ、なんて、ひどいじゃないですか」
風の術師であるベニエが、あっはっは、と笑い出した。
「リン様、大丈夫。シルフはいつも忙しいからね。たまには、聞くなよって払ってやった方が、休めるってものですよ」
「! そうなんですか?」
「ええ、ええ。それにね、シルフが払われてもいいって。うんうん、と、頷いていますよ」
ベニエはそう言って、リンの頭のすぐ上を指差した。
「え、本当ですか?」
リンはヒョイと頭を上に向ける。
この目と鼻の直ぐ上で、ふわふわしているオーブが、シルフだろうか。
お休みをしたいのだろうか。
「じゃあ、お願いしても大丈夫でしょうか」
リンはてっきりベニエが払うのだと思って、目の前を向くと、シルフはすでにわかったようだった。
ライアンが祝詞を使った時のように、リンを中心に緑の風が渦を巻き、店の境まで出ていく。
「…‥シルフは、頭がいいんですねえ」
「本当に払うところを見るのは、学生の授業の時以来だねえ」
「こりゃあ見事なもんだ。サルウの言った通りだったなあ」
リンは取り巻く緑の風をキョロキョロと見回し、ベニエはため息をつき、ボーロはあんぐりと口を開けた。
「ま、他言無用にしておいてくれ」
サラマンダーはシルフだけが褒められたのが、気にくわないようだ。俺だって、俺だって、と、飛び跳ねるサラマンダーの頭を、ボーロと二人でポンポンとはたいて宥める。
これも含めてライアンに内緒にするのは、果たしていいのかどうか、と、オグは天井を向いた。
短めですが、ここで一度切ります。続きはたぶん、明日。





