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グノームが家の倒壊を防いだ日、ライアンからは直ぐにシルフが飛んできた。
状況を説明し、オグに言われて離宮に戻るところだと説明すると、ライアンが離宮の船門で、到着を待っていた。
体調は心配されたが、力を使ったことは怒られず、とっさに良くできたものだ、と感心された。
それからも普通に天幕へと通っていたのだが、数日して、夕食後のお茶を楽しんでいると、寮にいる風の見習いが、少し様子を見た方がいいかも知れないという、オグの伝言を飛ばしてきた。
どうやら街で噂が伝わり始めたようだった。
「私の噂、ですか?」
「ああ。あの場にいた術師にはオグが口止めしたらしいが、まあ、周囲から少しずつな。それで、助けられた者が礼を言いたいと、術師ギルドに問い合わせて、学生寮に非公式で問い合わせがあったようだ」
「うわあ」
「なんでも、『家を持ち上げた術師が、ウィスタントンにいる』らしいぞ」
「えっ!そんな豪快な噂?いや、まあ、事実と言えなくもないですけど……」
噂になるにしても、もうちょっと、こう、可愛らしさのあるものが良かった。
金太郎が熊を持ち上げた、みたいな、たくましい噂は、あんまりではないか。
茶請けのシロサブレをパキリと噛み、かわいくないとブツブツ言っているリンに、ライアンはふっと笑った。
「リン、ウィスタントンの術師にそういう噂は付き物だ。一つや二つ投げ飛ばしても、またか、と、皆、気にしない」
「ライアン、持ち上げましたけど、投げ飛ばしてはいませんよ!」
「天幕もうまくいっている事だし、噂が落ち着くまでしばらく休んで、様子を見たらいいと思うが。母上やシュゼットから、茶会の誘いも来ているだろう?」
「ええ。ラミントンからも誘われていて、あと、王妃様にも……」
やっぱり貴族社交は、少し気が重い。
「私の方もしばらく、天幕に行く時間が取れそうもない」
ライアンは、ここのところ王宮に呼ばれることも多い。
大賢者であるアルドラが来たことで、建国祭の打ち合わせもあれば、その他の大きな会合予定も詰まっている。
この上に、フィニステラやベウィックハムなど、リンと一緒に個別に会うことになっていた。
「そうですね。私も秋の大市までに何か作ろうか、と考えているんで、少し離宮中心にしようかなあ」
「作る物が決まったら、あらかじめ言って欲しいが」
「わかってます。今回は新規の精霊道具じゃないと思うので、そんなに忙しくないと思いますよ」
リンをチロリと見ながら、いつものセリフを言うライアンに、大丈夫だと言ったが、ライアンの視線に疑われている気がした。
翌朝、王宮に行くライアンを見送り、リンはそのまま離宮の船門へと向かった。
離宮中心と言ったばかりだが、早速街に行こうとしている。
本当は『家を持ち上げた』あの休みの日にしようと思っていたことで、どうしても早いうちの方がいいのだ。
船の後部の椅子に座り、リンは、ひょい、と、脇に立つ護衛二人を見た。
「あの、聞いてもいいでしょうか。誕生日には、何をもらうのが嬉しいですか?」
「は!」
「誕生日、で、ございますか?」
この時期に、この質問というのは、どう考えてもライアンの誕生日にしか思えない。
により、と、口元が緩みそうになるのを引き締め、同時に、下手なことは言えぬ、と、護衛達はどう答えたものか迷った。
「そうでございますね。私は、自分のことを思って誂えてくれた物なら、何でも嬉しいと思いますが」
「私は妻と娘が、美味しい食事を用意して待っていてくれるのが、人生、一番の贈り物です」
「そうですか。……ありがとうございます」
聞いておいてなんだが、あまり参考にならないというか、リンはもっと具体的に知りたかった。
今まで男性にプレゼントをしたのは、父の日と父の誕生日ぐらいだ。ライアンと一緒にしてはいけない気がするが、そのぐらいしか参考になる経験がない。
「うーん、私、何あげただろ。『お手伝い券』『肩たたき券』は、全然だめでしょ。小さい頃におばあちゃんと晩酌のつまみで作ったのが、ふきのとう味噌和えと、豆腐の味噌漬け。季節も違うし、チーズの味噌漬けはライアンが好きそうだけど、味噌がないでしょ。麹もない」
いつの間にかリンは腕を組み、指でポンポンと腕を叩きながら、視線は空を見ている。真剣だ。とても護衛が、により、としたような、誕生日のプレゼントに悩む乙女の風情はない。
呟く言葉も、プレゼントというより、晩酌のつまみだ。
「酒、は、ライアン、自分で蒸留酒を造るのが楽しそうだし。むー。つまみの瓶詰セットは、塩ウニと、牡蠣のオイル漬けと、イカの塩辛だった。作ってないのは塩辛か。蒸留酒でも合うもんだろうか。あああ、でも塩辛があったら、あったかい御飯が食べたいよねえ。お米欲しいなあ」
リンはふう、と、ため息をついた。
なかなか思いつかないものである。
食事もつまみも作れるけど、それではいつもとあまり変わらない。
それに、誕生日プレゼントが自家製イカの塩辛というのは、さすがにどうだろうか。塩辛は塩辛で、飲み会のつまみにして、プレゼントは他に考えた方がいいだろう。
「あと、何をあげたっけ。ネクタイ、は、しないでしょ。アクセサリーは、付けない。髪結び紐は、いくつも要らないし、代わり映えしないし。時計、は、アレこそ無理。歯車なんてわかんないし。あ、でも……」
「……リン様。リン様!」
「はいっ!!」
横からの護衛の声で我に返り、リンは思わず立ち上がった。
いつの間にか揺れは止まっている。
「到着です。……お決まりになりましたか?」
「失礼しました。ええ、たぶん、何とかなるかもしれません」
「……お喜びになるでしょう。リン様、参りましょう」
ウィスタントンの天幕では、リンを見て、オグが目を丸くした。
他の皆も、挨拶をしながら、あれ?という顔をしている。
それに挨拶を返しながら、リンは人に見られぬよう、天幕の奥へと入った。
「リン、しばらく休むって連絡が来ているぞ」
「ええ。天幕はお休みさせていただきます。今日は、この間のお休みにできなかったことをしようと思って。オグさんにもご相談が」
「なんだ?」
「あ、ちょっと待ってください。先に、ローロにレーチェさんへ伝言を頼むので」
ローロを手招きすると、リンは紙を渡しながら言った。
「ローロ、これ、レーチェさんに渡してくれる?欲しい布があって」
「……チーズクロスより少し厚い布、と、手触りが滑らかで、柔らかい、白い布?長さは?」
「うーん、五オークぐらいでいいかな。ちょっと自分で作って見て、良さそうなら、秋の大市で売れるかなって」
オグが助言する。
「もっと、詳しく言わないと、レーチェも困るかもしれないぞ。何を作るんだ?」
「『温め石』をもっと使えるようにしたくて。極小サイズか、もっと小さな石をいくつも収められるように、布にポケットを着けて、こう、首や腰、背中に巻いたら、戸外でも温かいでしょ? 冬でも外で働く人に、いいんじゃないかなと思って」
リンは携帯カイロのアイデアを披露した。
冬の森は寒いのだ。
ユール・ログの切り出しの時も、狩りについていった時も、身体がこわばるぐらい寒かった。
そんななか、ローロ達ハンターはじっと動かずに待機する時間も長かった。
「そりゃあ、ハンターにもいいな。小さな石なら高くならないだろ?」
「いいね。冬場は、首と袖から冷たくなって、背中が凍るから」
「売れると思うんだけど。滑らかの方は、モフモフな、シロみたいな布が欲しい」
「シロみたいな?……まあ、レーチェさんに聞いて見るよ」
ローロは目をパチクリとさせたが、レーチェなら、シロみたいな布、で、わかってくれるだろうと請けあった。
「オグさん、腰につける皮の鞄を作りたいんだけど、誰にお願いしたらいいか、わかりますか?レーチェさんではないですよね。……この絵でわかるかなあ」
オグが紙をローロの手から受け取った。
「どれ?レーチェに言えば、皮職人とやり取りするだろう」
必要があれば、ウィスタントンから職人を呼んでも、宿泊場所に学生寮がある。
「まあ、これでもわかるが。リン、四角くするのか?」
「底にマチを入れて、ポケットと仕切りが中に欲しいです。私はこのぐらいの量が入ればいいかな」
リンは自分の腰の袋を指した。薬の半分は離宮に置いてきたので、パンパンだったのが、パン、程度に膨らんでいる。
革袋は中身がごちゃごちゃになって、なかなか見つけにくいのだ。
オグはリンの袋を見て、さっさとリンの絵を修正し、新たに書き込んでいる。
「ええと、横長にして、ここと、そこにも仕切りを」
「こりゃあハンターにも便利だな。俺達はもっと大きめがいいか」
ローロも絵を覗き込み、自分の腰を見て、うんうんとうなずく。
「これは、俺達もすぐ欲しいぐらいだ。……ライアンの分は、どうすんだ?」
「えーと、サンプルが形になってから、言おうかなって」
「……リン、最初に言っておいた方がいいと思うぞ」
ここでもオグにジロリと見られたリンだった。





