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Rescue / 救助

 学生寮の前に着けられた数台の馬車に、ライアン達は分かれて乗車する。

 執事のセバスチャンを筆頭に、使用人が寮の入り口に並んだ。その一歩前にリンは押し出されて、一緒にお見送りだ。


「リン、今日も暑くなる。気を付けるのだぞ」


 心配するライアンにリンは苦笑気味だ。頭痛の薬もあらかじめもらって、腰の袋に入っている。それどころか、『コロコロ草』、『グノーム・コラジェ』の根の粉末、毒々しい赤の『炎茸(ホノオタケ)』の欠片、『水のサラマンダー』の丸薬といった、術師向けの薬まで油紙に包んでどっさりと入れられた。

 厨房ぐらいでしか力を使わなかったし、行動範囲も狭いヴァルスミアにいる時と違う。ライアンが側におらず、もしすぐに対処ができなかったらと心配して、昨夜、携帯救急セットを作ってくれたようだ。

 『温め石』など、小さめの精霊石もセットで入っていて、おかげで袋はパンパンである。

 過保護気味の愛情が腰に重く、スタイル的にはかっこ良くない。もっとかわいいウェストポーチを作ってもらおうと考え中だ。

 

「大丈夫。気を付けます。また後で」


 ライアンはうなずいて馬車に乗り込んだ。

 リンはすぐに袖の短い街着に着替えると、天幕へと向かった。寮内の後片付けは、どうせ手出しはさせてもらえないだろうから、プロにお任せである。

 天幕にはすでに商台が入り、皆がせっせと商品を並べている。見習いもそれぞれ受け持ちの広場へ散っている。

 リンは応接の辺りを整えるのが仕事だ。

 昨日自分が布でくるんだティーセットを取り出して、キャビネットに並べる。


 表からオグが戻ってきた。


「リン、今日は休みだろ?街を見るんじゃないのか?」

「うーん、そうしようと思っていたんですけど、嵐の後だし、どうしようかと」

「まだ、店も全部整ってねえからなあ。野菜を見たいのか」

「いえ、そうじゃなくて。実は、ライアンの」


 その時、シルフの声が響いた。


「『精霊術師ギルドです。土の術師に救助要請がでています。手の空いている土の術師は、城門で確認後、次の場所に向かってください。

 北の城門外、タチェーレ川向こう、街道沿いで、倒木と家屋の倒壊あり。

 南の城門外、マグナ川向こう、複数の農場倒壊。

 南の城門外を東へ、マグナ川支流、倒木による川の氾濫と、船の通行不可。

 繰り返します。手の空いている土の術師は……』」

「うわあ」

「ここから近いのはタチェーレの向こうだな。リン悪いが、俺もでる。倒木や家屋の倒壊だと、力の弱い術師なら何人も要る。今日は空いている術師も少ないはずだ。ばあさんもライアンも、王宮にもう着いちまった頃だしな」


 だまって場所を聞いていたオグは、トゥイルと見習い達に告げて、すぐに出て行こうとする。


「オグさん、待ってください。私も行きます」

「リンは、まずいだろう」

「でも、手が足りないんですよね。手伝えるかもしれませんし」


 じーっとリンを見下ろすオグにリンは、いたずらっぽい笑顔を見せた。


「大丈夫です。オグさんの後ろで、バレないようにしますから。……ライアンの後ろで、こそっとしたこともあるんですよ」



 タチェーレ川は王都の街、北側城壁の外を、東から西に流れている。

 『北の城門』はいつもリン達が利用している 『船門』の近くにあり、オグはまず、城門警備の詰所に声をかけた。


「すまん。土の加護持ちだ。タチェーレ向こうの倒壊は、手が足りているか」


 詰め所では何人の術師が、どの現場に向かっているのか把握できているようで、多いようなら、振り分けられるらしい。

 城門の騎士は平民らしき男女二人の後ろに、護衛が付いているのを見て、目をパチパチとさせた。

 『船門』の騎士であれば、毎日離宮から来る、リンの姿を見ているのだったが。


「土の術師二名が現場におりますが、それでは全く足りないと」

「他の術師が来たら、別の現場へ回してくれて、かまわない。ハンターと騎士も出ているか?」

「はい。騎士が数名でております。中の一人は、風を使いますので」

「わかった。状況を見て連絡する」

「はっ!城門を出て、街道脇、四半刻ほどの場所です。よろしくお願いします」


 術師のマントも羽織らず、貴族には見えない格好をしているが、恐らくお忍びなのだろう、と、城門の騎士は最敬礼で見送った。

 護衛の背中で翻る群青のマントに、おや、ウィスタントンか、と思いながら。

 


 昨夜の嵐の影響で、タチェーレ川はかなり水量を増していた。しばらく船は上がって来れないかもしれない。

 街道は川に架かる橋を渡り、北へと真っすぐに続いている。王都の近くだけあって、城門の外でも家が建ち並んでいる。

 オグは速足で、リンは小走りになりながら、先を急いだ。

 その家の列がなくなり、田園地帯が広がりだしたころ、道の先に人が集まっているのが見えた。


「あそこだ」

 

 街道脇を少し入った場所の、農家だろうか、二軒並んでいる家が両方とも崩れかかっている。家の近くの木は二股になっていて、股の部分から裂かれたようで、それが一軒にのしかかっていた。そしてその家が、また隣家にもたれ、押しつぶそうとしている。

 その周りを騎士、術師、恐らく近所の者達が取り囲み、覗き込むように、中に声をかけている。女性の一人は服を握り締め、泣きながら呼びかけており、家族なのかもしれない。

 何人かの男性が瓦礫を取り除こうとしているが、倒れかかった大きな木が重しになっているようだ。

 オグは足を速め、騎士の一人に声をかけた。


「土の加護持ちだ。状況は?人がいるのか」

「はい。今朝未明の突風で倒れたようです。手前の家に三人。一人は子供です。奥の家に一人、閉じ込められています。重くて持ち上がりませんが、隙間に入ったようで、生きています。怪我の状況はわかりません」

「そうか。まず、手前の家の、あの木からだな」


 騎士が家の側でかがみこんでいる二人を呼んだ。一人は女性で、黄色の術師マントを羽織り、もう一人はこの村の村長補佐で、やはり土の術師だそうだ。

 村長補佐の男が近づいて来て、驚きの声をあげた。


「なんだよ。もしかして、オグか?久しぶりだなあ」

「サルウか?学校卒業以来じゃねえか」

「おうよ。オグが来たなら安心だ。周りの瓦礫にだいぶ隙間を空けたが、あの木は手が出ねえ」


 サルウと呼ばれた職人は、こいつは力があるんだ、と、オグの肩をバンバン叩きながら、側にいるもう一人の術師と騎士達に説明した。

 

「よし、やるか。俺はあの木を持ち上げて脇にどかすから、サルウ達は周囲の壁が落ちないように、支えられるか?力はどうだ?」

「そうだな。だいぶ使ったが、それぐらいなら……」

「紫芋を、先に飲んでおきましょうか」


 紫芋も土の術師のための薬だ。

 首の辺りを触るサルウ達の様子を見て、リンがオグの袖を引く。

 

「オグさん、『グノーム・コラジェ』でよかったら、あります」

「お?」

「ええと、過保護が爆発して、救急セットを持たされてまして」


 丸く膨らんだ腰の袋を指すと、オグは笑いをこらえている。


「いいのか?」

「たくさんあるから、大丈夫です」

「二人で一包でいいと思うぞ。それ以上は強すぎる」


 貴重な薬草を、と、恐縮するサルウ達に薬包紙を押し付けた。

 

 よし、じゃあいくぞ、と、オグ達が家に近づくと、リンもその後ろに立つ。


「グノーム、トッレ リニウム(木を持ち上げろ)

「グノーム、ムルム(壁を) サスティニアト(支えてくれ)オブセクロ(頼む)

「グノーム、今からオグさん達のすることを手伝ってね」


 リンは三人の古語の後ろで、グノームにコッソリと呟いた。

 メキバキっと音をさせ、土埃を上げながら、あっけないほど簡単に木が持ち上がり、脇に移動していく。


「おお!」

「やったぞ」


 すぐに、おい、大丈夫か、と、助けが近づく。


 その時だった。


 手前の家のバランスが崩れたからだろうか。もう一軒の家が、ギイと不愉快な音を立てて潰れ始めた。

 同時に手前の家の方にも、一部が落ちかかってくる。


「おい、まずいぞ」

「離れろ!危ないぞ!」

「ああっ」


 助けに近づいていた男達も、慌てて飛び下がる。

 下にはまだ人がいるのだ。


「ああ、ダメ!グノーム、崩壊を止めて!全部持ち上げてー!」


 リンの叫びと同時に、その場は静まり返った。

 崩れかけていた家の傾きも止まる。そしてゆっくりと、二軒の木の屋根、土の壁が持ち上がりはじめた。

 

「おお」

「なんだと……」


 術師も、騎士も、周りにいた者が目を見張って、持ち上がる家を見つめている。

 屋根や壁が、脇に静かにどけられると、リンは、ほう、と、息をついた。


「おい、オグ、ありゃあ」


 驚きに固まった顔で、サルウが話しかけるのをオグが目で止めて、皆に言う。


「早く助けてやってくれ」


 その声に全員がはっとして、家に向かって、動き始めた。

 オグは少し難しい顔をして、リンに近寄ってくる。


「リン、大丈夫か。気分は?」

「大丈夫です。重くも軽くも、暑くも寒くもないですよ」

「そうか」

「……でも、私、やっちゃいましたかね」

「そうだな。リンはこのまま、離宮に戻れ。結構な力だったから、ばあさんもライアンも、気づいているかもしれん」

「わかりました。後はじゃあ、お任せします。……あの、ごめんなさい」


 少しこわばった顔をしているリンに、オグは、ああ、これじゃあダメだった、と、ふっと笑った。


「なあに、リン。人命救助したんだぞ。褒められていい。そんな顔するな」


 オグの言葉にリンは、コクリとうなずく。

 やはり固まっているような護衛に、離宮まで頼んだぞ、と、念を押すと、オグは離れていくリンを見送った。

  

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