A morning after the storm / 嵐の翌朝
遅くなりました!
その上、話が全く進んでいません。ごめんなさい。
目を開けると、知らない天井が見えた。
横を見れば、部屋の反対側にもう一台のベッドが見え、リンはここが学生寮だと思い出した。
身体を起こすと、柔らかな布がお腹を撫でる。
「ん?そういえば……」
肌触り ○ 着心地 ○ 保温性 ×
「扇情性、は、ある、かな?いや、着用者による?」
『シルフィーのナイトドレス』なる、ベビードールは、絹の肌触りはうっとりする程だったが、いかんせん布地が少ない。
立ったり座ったりしているときは、お腹は布の動きでチラリと見える程度。だが、寝そべれば、布はするりと身体の横に落ちて、胸の下からお腹まで丸見えだ。
着用目的を考えれば、寝た時にぱっくりと開いても問題ないだろう。横になった時には、着ていないのかもしれないのだから。
「まあ、一人で着るもんじゃないよねえ」
自分は、サンプルモニターには適していなかったと思う。
リンは丸出しの自分のお腹を眺め、ポッコリしてない、と少し安心して、部屋の隅の浴室へと向かった。
朝食の準備に階下へ下りれば、すでに起きている者は多かった。
オグはもう外を確認に行って、戻ってきたようだ。
「よう、リン。早いな」
「オグさんこそ。おはようございます。外、どうでした?」
「空は真っ青で、雲一つない。シルフががんばったな」
「大市は再開できそうですか?」
「ああ。午後には大丈夫だと思うが。ライアンは、今、広場で地ならしだ。今日はあちこち、土の術師とハンターが総出だな」
雨と風でぐちゃぐちゃの土地を、術師が整えてから、天幕を建てるようだ。
オグはヒョイっと、親指で厨房の方を指した。
「リン、悪い。いつもは朝食用にパンや、牛乳、フルーツあたりを買ってくるんだが。今日は、パンは十分手に入ったが、牛乳が少しだ。他はまだ、いつもの馬車が来てねえ。その代わりハムがある」
「わかりました。嵐の影響ですね」
「ああ。城壁門も混雑しているし、街道が倒木で塞がれたところもあるらしい」
オグは少し難しい顔をしている。
とりあえず、あるもので何とかするしかない。パンとハムがあれば、問題ないだろう。
ありがとうございます、と、お礼を言って、厨房へ向かった。
オグが買ってきたパンは、平民がよく食べる濃い茶色のパンと、白いふかふかパンの両方だ。
リンは厨房と貯蔵庫で、朝食用の材料を確認しはじめた。
豚ハムの塊に、牛乳、卵とバターが少しずつ。昨日の鶏ガラスープに、昨夜、使い切らなかった野菜が少々。アイスクリームもある。
「十分かな?」
鶏ガラスープに、玉ねぎ、じゃがいも、ピーマン、豆、昨日の残りのトマトを入れて、ミネストローネ風野菜スープ。
後はパンも、手を加えようか。『サレ』か『シュクレ』、どちらがいいか。
パン焼き窯に火をいれ、スープ用の薬草を摘みに裏庭へ出た。
厨房のすぐ脇が水場で、その向こうが裏庭の薬草園だ。
オグの言った通り、濃く青々とした夏空が広がり、濡れた土の香りと薬草の香りが立ち込めている。
「あー、けっこうやられているかなあ」
木の葉や枝が散乱した中、飛んできた枝が薬草を押し潰しているのを脇へどかしながら、タイム、バジル、ローズマリーを見つけて、少しだけ摘み取った。
摘んだ瞬間に、指先からふわっとフレッシュな香りが立つ。
「土の術師が忙しいはずだよね」
リンは折れてしまった薬草も集めながら、薬草園を見回して、ため息をついた。
自然のこととはいえ、学生達ががんばって手入れをしてきていただろうに。
背の高い薬草は斜めになっているし、奥にはまだ押し潰された薬草がある。
摘んだ薬草を水場の側に置くと、リンは加護石に手をかけ、精霊に話しかけた。
「グノーム、薬草の上の枝をどかしてくれるかな?あと、薬草の根元から流れた土を戻したいんだけど」
金色のオーブが動くと、枝がフワフワと持ち上がる。
「おお。すごいね。ありがとう。あとは、えーと、なんだっけ。『アウラ ウェニアス』」
さっと心地よい風が吹き、落ち葉が転がる。
リンは焦った。
「あ、待って待って、シルフ。違う。あっち。落ち葉はあっちの隅にまとめて、飛ばして」
「ははは、リン、うまいじゃねえか」
「リンさん、おはよう」
「おはようございます!」
オグと見習いが元気な声を響かせて、食堂から顔をのぞかせた。
「おはよう。ねえ、朝ごはんは、しょっぱいのと、甘いのと、どっちがいい?」
「甘いの!」
「しょっぱいの!」
「両方!」
「両方で!」
見習いは正直だ。
「……わかった。両方ね」
その回答で、決まった。
朝食・サレは、パンにハムとチーズ、ホワイトソースを載せたクロックムッシュ風トースト。
朝食・シュクレは、牛乳の代わりにバニラアイスを使って、フレンチトースト。
これにミネストローネ風スープで、しっかりと食べてもらおう。
厨房を手伝う、と言ってくれているところに、見習い達の後ろに、ライアンが現れた。
「リン、早いな。オグ、広場の回復が終わった」
「さ、お前達は最初に天幕の設営を手伝ってくれ。その後でリンの朝飯だぞ」
「ライアン、おはようございます。髪をまとめま、……あれ?」
はい、と、声を揃えて、見習い達がオグと一緒に去ると、ライアンの後ろに、執事のセバスチャンの姿が見えた。
「リン様、おはようございます。離宮から使用人を連れてまいりましたから、後のお世話はどうぞお任せください。厨房にも料理人がすでに入っております。お疲れ様でございました」
セバスチャンは、突然の貴賓のもてなしという大役を終えたリンに、しっかりと頭を下げた。
見ればその背後に、シュトレンとアマンド、食堂を整えている女官の姿がある。
料理とお世話のプロがやってきた!
じゃあ、引継ぎを、と、リンはアマンドに、女子寮二階のそれぞれの部屋の場所を伝えた。シュトレンは文官を探して、男子寮の様子を聞いている。
リンは摘んだ薬草を手に、厨房にいる料理人達と、リンの考えた朝食メニューの相談に向かった。
「リン様、お召し替えを。御髪も結い直しましょう」
アマンドが離宮から持ってきたドレスは、ラベンダー色で、袖の下がヒラヒラと長いものだ。
腰のところに、ベルトのようにフォレスト・アネモネが白く咲いている。
「今日は、天幕の準備を少し手伝うんですけれど」
リンは今日休みの予定だったが、天幕を回復させるのは手伝いたい。
「ええ。食後に、またお着替えいただいて大丈夫ですよ。……今は、長様がたもいらっしゃいますから」
手伝ってもらい、着替えを始めたが、アマンドがピタリとその手を止めた。
「まあ」
アンダードレスの下は、横がリボンになっている、レーチェにもらった小さなショーツだったことを忘れていた。
「レーチェさんが昨夜の着替えに用意してくれたんです。そちらの『シルフィーのナイトドレス』と合わせて、婚礼の夜の特別な装いとして、大人気みたいですよ」
ベッドの上にふわりと置いてある、防御力の薄っぺらなナイトドレスを指しながら、リンの声は小さくなった。
「まあ、これがあの」
アマンドは動き出し、ナイトドレスを手に取ると、リンの肌にあてた。
「これ、あんまり着ている感じがしなくて、ですね。もう少し布があっても……」
「ホホホホホ。婚礼の夜ですから、大して問題ございませんよ。……白もよろしいですが、薄い薔薇色やモーブの色が付いたものも、リン様のお肌に合うかもしれませんね。まあまあ、本当にシルフの様ですこと」
レーチェに伝えましょう、と、楽しげに、アマンドはリンにアンダードレスを着せかけた。





