Curry and Peach Melba / カレーとピーチ・メルバ
果汁たっぷりでジューシーな桃が、さらにシロップをまとって、ツヤツヤだ。
「なんかこう、この脱がし方、ちょっとエロティックじゃないですか?」
「リン、人聞きが悪すぎる。少し言葉を選んでくれ」
「だって……!」
グノームを使って、桃の皮を、上からペロリと脱がしていたライアンだったが、隣で楽しそうに見ているリンの言葉に眉をしかめた。
ウィスタントンの者は、仲が良いふたりを、見ない、聞こえないふりをして、厨房と食堂を行ったり来たりして手伝っている。
「よい香りだ。何か手伝うか?」
そんな中、ヒョイと顔をのぞかせたタブレットに、皆は驚いて固まった。
国の長に仕事を頼める者が、そういるわけがない。
「ありがとうございます。間もなくですから、どうぞ食堂へ」
桃のストリップを中断して、ライアンもタブレットと一緒に食堂へ移動した。
寮内に漂う魅惑のスパイスの香りに、腹が食事の時間だと認識したのか、いつもの食事時間より早い時刻に、全員が食堂に集まったようだ。
リンがアルドラと食堂に入った時には、すでにほとんどの者が席についていた。
体調不良のカタラーナは薬が効いたのかまだ眠っていて、その側にお付きの女官を一人残して、他の者が先に食事を取るようだ。
レーチェと針子達は、風が少し弱まった所で、招かれていた貴族の館から送られて、戻ったばかりだ。
窓側のテーブルにライアンやタブレットが集まっており、そこに向かう。
「リンの茶はいただいたけれど、料理は初めてだったかね」
「あれ?そうでしたか」
『金熊亭』の料理とリンのお茶が好きなアルドラの口に、料理も合うだろうか。
菓子や料理をよく作った気がしたが、考えてみると、ヴァルスミア・シロップを作り、大市で食材を買い始めてからの事だ。
リンは改めて振り返り、半年でずいぶんと自分も変わったと気づいた。
奥の上座までアルドラを案内し、リンは空いていたライアンの隣の席に座った。
アルドラの左手にライアン、リンと座り、右手にタブレット、マチェドニアのキュネフェが座る。ちょうどリンの前がキュネフェだ。
サラダとカレーはそれぞれの前に置かれ、ナン風パンと、ジャケットポテトは、熱々で大皿に盛りつけられ、それぞれが取って食べるようになっている。厨房のパン焼き窯には、絶対に足りないだろう、と、追加分も温められ、準備万端だ。
飲み物はシロップ・ミード、アイスティ、水、ぐらいしかない。
給仕の人間もいないので、国外からの賓客を迎えるには全く持って相応しくないが、緊急避難だと思って勘弁して欲しい。
ライアンが立ち上がる。
「嵐での緊急避難となったが、新たに、マチェドニア皇国からの一行を歓迎する。皆もご苦労であった。ドルーと精霊に、森の芽吹きと恵みに感謝していただこう」
「「「ドルーと精霊に」」」
「「芽吹きと恵みに感謝を」」
口々に食前の祈りを捧げて食べ始める。
リンは水で口を湿らせてから、セサミオイルのドレッシングで和えた、グリーンサラダに手を付けた。
「おいしいな!」
「うまい」
「だろう?後でカッとくるんだぞ」
「これ、トマトで煮てあるんだよ」
見習い達のテーブルから、早々に声があがる。
サラダを飛ばして、真っ先に香りの強いカレーに手を伸ばしたらしい。
厨房を手伝えなかった術師見習いに、手伝った者が得意そうに説明している。
すでに味見をしていた手伝い組は、目を丸くした二人を嬉しそうに見ていたが、やがて自分達もせっせと手を動かしはじめた。
リンはバターを塗ったナン風パンをちぎって、カレーにつけた。
ジャケットポテトもパンも、どちらも蕩けたバターの風味がたまらない。
カレーにはライアンの許可をもらって、裏の薬草園の隅にあったコリアンダーの葉を最後に混ぜた。
「ふふふふふ……。いい感じ」
鶏とトマトのスパイシーカレー、うん、成功だ。
玉ねぎの深い甘味とコク、鶏肉とトマトのぎゅっと詰まった旨みと酸味。スパイスの風味が重なって、辛いのにまろやかさがある。そして、口の中で噛みしめると、じわりと甘いのがレーズンとドライマンゴーだ。
最後に加えたコリアンダーも、フレッシュさを加えて、いい仕事をしている。
「あ、申し訳ございません」
一口食べて、カレーのおいしさに、思わず笑みをもらしてしまったが、いきなり目の前で女性が笑いだしたら、びっくりするだろう。
驚いてリンを見ているキュネフェに謝罪した。
「いや。この香りに食欲をそそられていたが、とてもおいしいと思う」
賛辞の言葉に、リンはほっとして、頭を下げた。
ライアンを見ると、良かったな、と言うようにうなずいた。
タブレットも気に入ったようだ。
「ああ、本当にうまい。リンの料理がうまいのは知っていたが、スパイスの使い方も見事だ」
「ありがとうございます。フォルテリアスの食材はおいしいですし、スパイスの風味もいいので、おいしくならないわけがありません。それにカレーは、食材の風味が複雑に重なり合って、深みを増しますから、特に」
リンは次に、ジャケットポテトを皿に一つ取って、ナイフで切り分けた。
ちらっと見ると、アルドラも同様に手を伸ばしたので、気に入っているようだ。
遠くのテーブルでは、オグやハンター見習い達が立ち上がって、厨房に向かっている。両手に大皿を持っているから、各テーブルのパンやじゃがいもを、補充に行くのだろう。
「リンの国は薬草だけでなく、スパイスも良く使ったのか」
「手に入りやすかったですね。例えば、カレーは外国から来た料理でしたけど、えーと、ミックススパイスのような物も作られていましたから、国民食というか、家庭料理になっていました。今回は鶏を使いましたけど、肉や野菜を替えて、もう自由に」
「ミックススパイスか」
リンはうんうん、とうなずいた。
「カレー用のスパイスとして混ぜ合わせたものを、レシピ付きで販売すれば便利かもしれません」
「なるほど」
「スパイスを使った料理は他にもたくさんありますし、薬草とスパイスを混ぜても面白いと思います。この間ピザに使った、ピリ辛オイル用のミックスとか」
「あれは確かに便利だな」
「ハンバーグ用、ローストチキン用、魚のムニエル用とか。あ、ワインやお茶に加えるスパイスも」
「お茶にもですか?」
口からこぼれる料理名に、タブレットはもちろん、キュネフェも手を止めて、リンを見る。
「待て、リン。私やタブレットは慣れているが、キュネフェ殿にそのようにいきなり言っては、驚かれる」
「ライアン、スパイスや薬草を混ぜたチーズも、いいワインのつまみで」
ニヤリと笑って言われ、ライアンはピクリとする。
「リン、今度、チーズを探すから……」
「待て待て。スパイスの生産や販売に関わる重要案件だ。ロクムや、オリーブオイルのフィニステラや、薬のベウィックハム、その他、各地の担当者がいるところで話したい」
ロクムはともかく、そんな会議、リンは遠慮したい。
レシピの提供だけで、なんとか逃げられないものか。
「レシピぐらいなら、料理人さんと協力したいと思います……」
ライアンとタブレットは、秋の大市でリンの店を出す企画を進めれば、料理人も集まり、ちょうどいいのではと話している。
やっぱりあれは本気だったのか、と思いながら、カレーを口に運ぶ。
そんなリンを、キュネフェは興味深げに眺めていた。
「俺、バニラだけじゃなくて、アプリコットも」
「ずるいぞ。俺もだ」
ピーチ・メルバの盛り付けを手伝っている見習い達は、自分の皿には、好きなアイスクリームを山盛りにしている。
「アイスクリームなら、たくさん食べてもいいけれど、お腹を壊さないようにね」
カタラーナ姫さまが目を覚まされた、と、側に付いていた女官がやってきたのは、ちょうどそんな時だった。
少し熱があり、食欲がないらしく、別メニューを用意して正解だったようだ。
リンはスープを一人分取って温めると、そこに溶き卵をふんわりと浮かべ、風味付けにセサミオイルを少し落とした。
「スープの後に、冷たいデザートもご用意してあります。スープがもしダメでも、そちらなら召し上がれるかもしれません」
「ありがとうございます」
女官は丁寧に頭を下げて、スープを持って行った。
ピーチ・メルバは、赤が美しいベリーソースの上に、バニラアイスクリームと、白い桃のシロップ漬けが、くし型に切られて載っている。
バニラが香る甘い桃とアイスクリームに、ベリーの酸味が丁度よい。
「おや、これは冷たいのかい?夏に贅沢な菓子だねえ」
「リンが新たに発表したアイスクリームは、今年の人気です」
アルドラは甘いものが好きらしく、目を細めて食べている。
「料理もおいしくて、菓子も作れる。リン、やっぱり島に来ないかねえ」
「っ、アルドラ、まだ諦めていなかったのですか」
「諦めるもんかね。……リン、いつだって、来ていいよ」
「リンはウィスタントンに家があります」
ライアンを無視してリンに話しかけるアルドラを、ライアンが遮る。
賢者二人が楽しく言い合っているのを横目に、タブレットがのんびりと言った。
「リンがアイスクリームを食べているのを、久しぶりに見たな。天幕でも食べていなかっただろう?」
ウィスタントンの天幕で休憩を楽しむタブレットだが、リンは、その日のアイスクリームをタブレットには出すくせに、自分はお茶ばかり飲んでいた。
「そういえば、館でもそうだな。最近は、寒天だったか。アレばかりで」
「あの、つるんぷるんか。そんなに好きか」
ライアンも気づいていたらしい。
「アイスクリームはクリームたっぷりで、体重と体型に響きますけれど、寒天は逆に、体型を気にする女性には、嬉しい味方で……」
アイスクリームだけの話じゃない。
最近、食事やデザートを食べ過ぎている。
これでお茶会が入るようになったら、どうなるか。
毎朝、しっかり散歩にでて歩きまわり、食事の量もブルダルーに頼んで減らし、デザートを紅茶寒天に変えたりしている。
ブルダルーには、リン嬢ちゃまはもっと大きくならんと、と、大笑いされたが、今からだと横に大きくなるばかりだ。
「リン、どこをどう見ても、体型を気にする必要はないと思うが」
タブレットの言う『どこを』の部分に、胸の辺りが入っていないと思いたい。
ライアンは、リンが気にしているのを知っていて、チラリと腰の辺りに視線を落とした。
「ライアン……!」
「タブレットも気にする必要はないと、言っているではないか」
「大抵の女性は、体重と体型は、ずっと悩むものなんです」
「そういうものか?じゃあ、体型を気にする女性に、どう寒天がいいのだ」
「寒天は食べても太る要素がないのと、お腹の中で膨らんで、満腹感が得られます。あと、他にも理由がありますが、後でお伝えします」
お通じも良くなる、と、あまり食卓では言いたくない。
「それはラミントンにも伝えたほうがいい情報だな。それでか。熱心にラグナルに、テングサの注文を出していると思ったら」
「海のある領に、しっかりお願いしておかないと」
先ほどスープを持って行った女官が食堂に来たのを見て、リンは立ちあがった。





