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Guests / ゲスト

 精油の入った小箱と、『涼風石』と『凍り石』の入った籠を抱え、リンは、オグと話しながら食堂から出てきた。

 レセプションホールは、まだ、人と荷物が行ったり来たりで慌ただしい。

 これは勉強室へ。そちらは食料だから厨房へ。これはお客様の荷物だから後で確認をと、文官が一つ一つ見ては、皆で移動させている。


 ライアンとタブレットはその隅で、文官達と立ったまま話をしていた。


「あ、ライアン。ちょうど良かった」


 リンはどうやら客室に、精霊道具を配るらしい。

 腕に抱えた物を見て、ライアンが話しかけた。


「リン、大丈夫か?少し休め」

「問題ないですよ。アルドラは少し疲れているようなので、ミントかラベンダーの精油を入れた足湯をするところなんです。それで、アルドラから、作って欲しい薬の伝言が」


 ライアンは、わかった、と、タブレット達の側を離れて、近寄ってくる。

 オグはそのまま、荷物を確認している文官や見習い達と話しはじめた。


「ええと、胃の緊張と痛みを取り、少し眠れるような薬と、後、熱が上がった時のために、熱冷ましをって。今、『温め石』で患部を温めています」

「わかった。胃の緊張と痛みを取るなら、薬も作るが、あのカモミールとハニーミントの薬草茶も悪くないぞ。主成分は同じだ」

「へえ。じゃあ、飲み物として、お茶も渡しておけばいいですね。……ライアン、あのですね」


 リンは、ライアンにかがんでくれ、と、手の仕草で伝えながら、自分はかかとをあげて伸びあがり、ライアンの耳元でこっそりと伝えた。


「ご病気の方は、『姫さま』です。お付きの人がそう呼んでました」


 ライアンは耳を離すと、うなずいた。


「あれ、ライアン、知っていたんですか?」

「服装と雰囲気を見て、そうかも知れぬ、と思っていた。……恐らく、リンが待っていたゲストだぞ」


 リンは大きく目を見開いた。


「えっ、じゃあ!」

「ああ。『茶の国』。マチェドニア皇国からのゲストだと思われる。一行はまだ下りてきていないが、落ち着いたら顔合わせだ」

「マチェドニア…‥」


 リンは見開いた目をパチパチとさせると、ハッとして、突然左右をキョロキョロと見回し始めた。


「大変。おもてなし。おもてなし、しないと。ええと……」

「リン、落ち着け」

「だって『お茶の国』ですよ!『おもてなし』は、私の国では大事なんです」

「落ち着け。今は緊急避難。これから滞在されるのだから、もてなしは後でゆっくりすればいい」


 リンは口を尖らせた。


「そうですけど……。何ていうか、フォルテリアスに来て、不便だった、と、思われたくないじゃないですか」

「それより、リン、少しそこに座れ」


 ライアンはリンの背を軽く押して、レセプションホールに運びこまれた長椅子に連れていった。

 長椅子の上にも、リンが詰めた茶器などの箱が置いてあるが、まだ座る余裕はある。リンは端の方にストンと腰を下ろして、ライアンを見上げた。


「リン、頭痛や発熱はないか?体調はどうだ」

「頭痛は薬で治まりました。熱は出ていないと思うのですけど、少しだるいかな。重いというか」


 リンはライアンの問いに、額や肩に手を当てながら答えた。


「重い、か。風の力を使いすぎた影響かもしれぬな」


 リンは首を傾げた。

 普通の体調不良と、力のバランスが崩れた不調の違いがよくわからない。

 ライアンは近くで見習いに指示を出している、オグに声をかけた。


「オグ、悪いがリンにコロコロ草を一つか二つやってくれ」


 もっているだろう?とオグに聞く。


「ああ。あるぞ。なんだ、リン。不調か?」

「短時間だが暴風と水を同時に操った。少し、の不調で済んで良かったくらいだ」

「無茶するなあ。ちょっと待っていろ。今、持ってくる」


 オグはそう言って、自室まで、一段飛ばしで階段を上がっていった。


「リン。薬の件だが、もし病人が姫君であるなら、他国の者が作った薬を使えぬこともある。必要なら工房も貸せるし、私が調薬するのを監視をしてもかまわぬと伝えてくれ」

「わかりました。聞いておきます」


 革袋に入って、オグから差し出されたコロコロ草は、手のひらより少し小さいぐらいの大きさで、枯草色をしていた。長い草が丸まって、毛糸玉のようになっている。これなら確かに、フワフワ、コロコロ転がるだろう。


「どうやって飲むんですか?」

「ちぎって、口に入れれば大丈夫だぞ」

「まず、一つ飲め。それでもまだ調子が整わないなら、もう一つだ」

「これを、このまま?」


 リンはじっと草の球を見るが、おいしそうには見えない。

 目の前に立つ、ライアンとオグを見上げた。


「苦いですか?」

「いや、苦くも青臭くもないぞ。ちょっと口の中がごそごそするが、少しすれば溶けてなくなる。ま、旨くもないがな」


 コロコロ草を、毛糸をほどくようにひっぱると、長い草が解けた。適当なところで千切って、畳むようにして、恐る恐る口に入れる。

 初めて口にしたコロコロ草は、乾燥した秋の畑のような香りだった。


 男子寮はともかく、女子寮は手が足りない。

 ゲストの世話ができるようなアマンド達、侍女もここにはいない。

 薬事ギルドのマドレーヌは休みだったし、今はまだ風雨が強く、招待されている貴族館から、レーチェと針子達は戻っていない。

 リンと薬事ギルドの女性、合わせて二人しかいないのだ。

 上に行ったり、下にいったり、しばらくパタパタと動きまわっていたが、ようやく落ち着いた頃、食堂の横にある談話室へと呼ばれた。


 談話室は、椅子や長椅子があちらこちらに配置されており、嵐で外は暗く、壁際のランプにはすでに明かりが灯っていた。

 一番窓側にある長椅子は、四角になるように置かれていて、ライアンを中心に、右の長椅子にタブレット、それから病気の姫さまを抱えていた男性が左に座って、談笑しているようだ。

 長椅子の後ろには、シムネルやフログナルドのような側近なのだろう、それぞれの文官と護衛が、数名立っている。

 談話室に入ったリンに気づいて、ライアンが手を挙げた。


「遅くなりました」

「リン。アルドラは休んでいるか?」

「ええ。夕食まで休むと言って、先ほど」

「そうか」


 ライアンは、リンに目の前の長椅子に座るよう示した。

 側近を連れた会合のような状況に、とても居心地が悪いが、指し示されたら従うより他はない。


「キュネフェ殿。紹介しておきたい。こちらは、ウィスタントンで保護をしている、リンだ。茶に造詣が深く、貴国からのゲストに会えるのを楽しみにしていた。リン、こちらはマチェドニア皇国からいらした、皇太子のキュネフェ殿だ」


 リンは一度立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


「お初にお目にかかります。リンです。よろしくお願い致します」


 キュネフェも大きくうなずいて、後ろに立つ側近の一人を見た。


「実はクナーファ商会のロクムから話を聞いている。キュネフェ・マチェドニアだ。今は伏せっているが、妹のカタラーナ共々、よろしく頼む」


 上階で、雨除けのショールを外したカタラーナを見たが、二人ともよく似ている。

 黒髪で、目は明るい茶色。色彩はリンと似ているが、顔立ちは欧米人に近いだろう。


「そうか。ロクムから」

「ええ。今日は王領の港に入港してロクムと合流し、明日、こちらに到着の予定でした。ですが、嵐で入港が難しく、ロクムとも行き違いになってしまっております」


 ライアンが後ろのシムネルを見ると、ロクム殿にはすでに変更連絡が飛んでおります、と、答えが返ってきた。

 夕食までゆっくり休んでくれ、と、解散になり、皆が長椅子から立ち上がろうとするのを、リンは慌てて引き留めた。


「あの、ライアン、すみません。本日の夕食のことで、マチェドニア皇国の皆さまに、確認しておきたいことが」


 ライアンの承諾を得て、リンはキュネフェに向かって話し始めた。


「食事ですが、お嫌いな物や、体質的に食べられないものはございますか?」


 好き嫌いだけではなく、宗教的にもアレルギー的にも、ダメなものがあるか、聞いておかなければならない。

 キュネフェは黙り、何かを逡巡しているようだ。

 ライアンはその様子に、自分の後ろに立っていた側近達を下げ、談話室から出ていくのを待った。

 タブレットも同様にする。

 リンはわけがわからず、自分も出ていくべきかと見回していたが、そのままでいろ、と手で示された。


「キュネフェ殿。私は、先ほど御妹君の調薬を行ったが、ご信頼いただき、監視もなく調合させていただいた。もし、私を信頼いただけるなら、リンのことも信頼していただきたい。何を聞いても、リンがそれを悪用し、害することはない」


 リンはそこまで聞いて、警戒されているのだ、と、やっとわかった。

 領主家族のために腕を振るうこともあれば、ライアンやタブレット、ラグ達とも普通に飲み会をしていたリンは、そのことに思い至らなかった。

 タブレットも口を挟んだ。


「この国の王家も、私自身も、何度もリンの食事を美味しく食べている。心配することはないと思われるが」


 キュネフェはライアンとタブレットの言葉に、ふっと息を吐き、リンにも軽く頭を下げた。


「申し訳なかった。妹は、海老を食べると具合が悪くなるようだが、それ以外は大丈夫だ」

「承りました。あの、厨房に、監視の方をいれていただいても、大丈夫ですが」

「いえ、その必要はありません。夕食を楽しみにしています」


 リンはきっぱりと言われたその言葉に、ほっとして立ち上がった。

 夕食は、離宮のようにはできないが、せめてもの、おもてなしを、と、リンが張り切っている。

 学生寮には、今夜、五十名近くがおり、ハンター見習いや、多少とも料理の心得がある者にも手伝ってもらう予定だ。

 離宮から運ばれる食事は、珍しく、そして美味しい、リンのレシピでの料理も多くあった。それを今夜も食べられる、ということで、見習いも文官も大喜びで、手伝いに志願している。


 タブレットも同じように、楽しみにしているようだ。


「リン、今日は何を作る予定だ?」

「考え中です。厨房に見に行ったんですけど、すごい量の野菜があって」

「トゥイルが、野菜を販売していた馬車を、そのまま学生寮まで運ばせたらしい」


 嵐で戻らねばならず、馬車の商人も買い手がついて、さぞ喜んだことだろう。


「リン、スパイスもあるぞ。もし良かったら、使ってくれ」

「ほんとですか!……あの、スパイスの効いた料理でも大丈夫ですか?あ、ご病気のカタラーナ姫さまの分は、刺激の少ないものにしますが」


 タブレットはもちろん、ライアンもキュネフェも、大丈夫だ、と、うなずいた。


「リン、スパイスを使うなら、私の側近にも手伝わせてくれ。レシピが覚えられるだろう?」

「もちろんですよ。スパイスがあるなら、人数も多いし、アレにしようかな」


 リンはにんまりと笑った。

  

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