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A cup of tea and milk kanten / お茶とミルク寒天

「これが果実のジャムか。これで保存ができるのだな?」


 タブレットが『四つの赤い果実ジャム』を、直接口に運んだ。

 ライアンは甘すぎない方が好みなので、保存には向かない、甘さ控えめのものもテーブルには載っているが、タブレットが味見をしたのは、保存用にしっかり甘くしてあるジャムである。

 

「ええ。きちんと作れば、半年から一年は保ちます。果実を凍らせても、ジャムにして持ってきても、どちらでもアイスクリームにできます。マンゴージャムやドライ・マンゴーを販売するのに、アイスクリームを宣伝に使ってもいいと思いますよ」


 フレッシュな果実を持ってくるには、『スパイスの国』は遠すぎる。

 各地の果実がアイスクリームになるのを、さすがに果実は無理か、と苦笑するタブレットに、リンは伝えた。

 南国のフルーツも、リンは大好きだ。持ってきてもらえるのなら嬉しい。

 『砂糖の島』を併合するのなら、砂糖の使用も問題ないだろう。


 ライアン達が飲んだ翌朝の食卓には、領主家族と飲み会メンバーが集っていた。

 仕事の都合や、昼餐会、晩餐会への参加で、昼と夜は別のことが多いが、朝食はできる限り一緒にとることになっている。

 領主とライアンは、何かあればここで、前日の報告や一日の予定をやり取りすることも多い。

 最初は領主同席で食事を取ることに緊張していたリンだが、毎日続けば、それが日常となるものだ。ずっと緊張していては、消化にも悪い。

 テーブルを見回し、王にも領主にも慣れて来たよね、と、リンは遠い目をした。


「リン、このミルク寒天とやらも、涼し気で、大変美しいな」

「本当ね。とっても滑らかだわ」

「洗って干した、テングサという海藻を煮出して冷ますと、つるん、ぷるんになるのですね」


 領主家族をはじめ、昨日の試食会、兼、飲み会を、しっかり飲み会で終わったメンバーも、ミルク寒天を気に入ったようだ。

 ラグナルはもちろんレシピを確認していた。レシピだけでなく、海藻の加工のしかたも。


「そうです。その時はまだ、海の香りがしますよ。デザートじゃなくて、それをビネガーで味付けして、食べてもいいんです。これはそこから、更に加工していますけれど」


 寒天作りは時間がかかる。

 何度も洗って乾燥させたテングサを、煮出すとトコロテンになる。それをさらに凍らせてから、解凍し、乾燥させると寒天になる。寒天は、いわばドライ・トコロテンだ。

 リンは祖母と一緒にトコロテンは作ったことはあったけれど、寒天はなかった。旅行に行った時に、冬場に寒晒しになっているのを見たことがあって、凍らせてみただけだ。

 北のラミントンも寒いので、寒天干しができるかもしれない。

 

「先ほどブルダルーから作り方をもらいました。リンのおかげで、また、領の新たな産物となります」


 領主夫人が紅茶のカップを手に、穏やかにうなずいた。


「本当に。美容製品、服飾、デザート、と、リンが次々に発表して、社交でもその話題ばかりですよ」

「母上、リンは新しい産物だけでなく、野菜や果物の長期保存方法の発表もしております。昨日は、各地の文官との会合が多かったのですよ。……父上、会合の内容については、すでに執務室にお届けしてあります」


 皆が集まる朝食の席で、口々に褒められているようで、いたたまれない。

 リンは動揺を隠すように、カップに口を付けた。

 果実のジャムや野菜の酢漬けにしても、リンには発表しているという意識はなく、昨日の来客も、文官の会合だとは思ってもいなかった。


「私のお友達も、リンを招待したいと言っているの。でも、リンは社交にはでないでしょう?」

「一つ出れば、大変なことになるからな。友人の誘い以外は、公の催しだけだ」

「それだと建国祭だけになってしまうでしょう?もう一つ、兄様の誕生祝いの宴を催したら、と思うのだけれど。今まで、ずっと一緒に祝えなかったもの」

「本当にそうね」


 シュゼットと領主夫人がうなずきあうが、ライアンは眉をひそめている。

 ライアンの誕生日は、公に祝われることらしい。


「建国祭があるのだから、誕生祝いは必要ないと思うが。前夜祭があるだろう?」

「あの、ライアンの誕生日は、いつなんですか?」

「建国祭の前日なのよ。ライアンが生まれた時は、賢者の髪色を持つ王子が、建国祭に合わせて生まれたと大騒ぎになって」

「そういえば、建国の前夜祭は、ライアンの誕生を祝って始まったのだったか?」

「ええ。いつしか、前夜祭ということで定着したのですけれど」


 領主と領主夫人が、当時を思い出すように言った。

 ライアンにとっても初めて聞く、自分の生誕の話だったが、それよりも気になることがあった。


「そういえば、リンの誕生日はいつだ?暦がこちらと同じかわからないが」

「まだ、ずいぶん先ですね」

「いつだ」

「十二月の、二十三日です」


 ライアンが眉根をぐぐっと寄せた。


「それは、まだ、ではなく、もう過ぎた、だろう。……なぜ言わなかった」

「だって、誕生日なんて告げるのは、祝えと言っているみたいじゃないですか」

「言えば良かっただろう」

「無理ですよ。そこまで仲良くなかったじゃないですか」

「仲良くなかった……」


 ライアンはショックを受けたように、リンの言葉を繰り返した。

 その様子を領主一家も友人達も、面白そうに眺めた。


「えーと、今と、比べてってことですよ?」

「リン、誕生日も祝っておらぬとは、息子が申し訳ないことをした」


 領主が息子にチラリと視線をやって、からかうように言う。


「え!いえ、私が言わなかったんです。それに加護石もいただきましたし」


 リンは自分の手首のブレスレットを触る。


「だからそれは、術師の誰もが持つ石だと……。もうよい。次には倍、祝おう」


 ライアンは力が抜けたようで、しばらく額に手を当てて考えていたが、顔を上げてきっぱりと宣言した。

 そのやり取りを面白そうに見ていたタブレットが、リンにたずねた。

 

「なあ、リン。リンはライアンに最初に会った時、どう思ったのだ?」

「最初に会った時?突然なんですか?」

「いや、そこまで仲良くなかったというので、どう思ったのかが気になったのだ」


 飲み会の続きのような話題を出されてライアンも驚いたが、リンの答えが気にならないこともない。

 何事もないかのように、紅茶を口に含みながら、リンの答えを待った。


「えー、その、真夜中の森の中に、不思議な恰好で現れたので、ちょっとアブナイ人かと」

「アブナイとはなんだ。リンこそ、変わった衣装を着ていたではないか」

「だって、長いマントを着ている人なんて、その、特殊な催しに行く人以外見たことがなかったですもん」

「特殊な催し、とはなんだ」


 一方は『密猟者か、スパイ』と言い、一方は『アブナイ人』と言う。

 お茶会で期待されるような甘い出会いは、どうやっても二人の口から出てこないらしい。

 仲良く言い合う二人を、周囲は生温かい目で眺めた。


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