A shot of Walsmire liquor and nibbles / 蒸留酒とつまみ
「あ、デザートに、もう一つの海藻を使った『夏の果実入り ミルク寒天』が用意してあるんですけど、明日の朝食でも大丈夫ですから。……じゃあ、おやすみなさい」
昼の来客ラッシュに疲れたのか、リンはほとんど飲まず、お腹がいっぱいになったら、先に休むために下がっていった。
そろそろ中へ入るか、と、四人もグラスを持って執務室に戻ると、長椅子に落ち着いた。
「ライアン、私はもう飲みませんので、『夏の果実入り ミルク寒天』というのを、いただいてもいいですか?海藻でデザートというのが、気になります」
「もちろんだ」
あの磯の香りがする『青のり塩から揚げ』を食べた後、海藻を使ったデザートというのは、確かに味の想像がつかない。
気を利かせてシー・ヘリソンやチーズの追加を持ってきた料理人に、ライアンはデザートを頼むと、後は下がって良いと伝えた。
「これの、どこがどう、海藻なんだろうな?」
「それは明日の朝、リンに聞くしかないな」
今は食べない三名も、ラグナルに届いたデザートをのぞきこんでいる。
皿には白い長方形に切り分けられた菓子が載っていた。赤や青のベリー、緑のぶどう、黄色やピンクの桃といった果実が断面に見えて、とてもカラフルだ。
「白に果実の色が浮かんで、実に美しい菓子だな」
「おい、ラグ、食べて見ろ。どんな感じだ?」
ミルク寒天は、ラグナルの口の中につるりと入っていった。
「面白い菓子ですね。ひんやりとして、柔らかくて、つるん、ぷるん、です」
「つるん、ぷるん」
「あと、果汁があふれて、爽やかです。これも夏向きの菓子ですね」
ラグナルは、つるん、ぷるん、と、続けて口に入れて、その感触と風味を楽しんでいる。
ライアンが熟成チーズに手を伸ばしながら言った。
「菓子はもともと柔らかいものが多いが、リンは特に柔らかい食感が好みらしい」
「お前もリンも、ほんと、互いの好みをよく知ってるよ」
オグも同じようにつまみに手を伸ばした。
「このチーズもなあ、味見をしては、蒸留酒に合うか考えながら買っていたぞ」
ライアンが蒸留酒と新しいグラスを出してきた。
タブレットが受け取り、飲まないラグナル以外のグラスに注ぎながら言った。
「なあ、ライアン。お前、リンに会った時、一目惚れだったか?」
「タブレット、なんだ、突然」
「前から聞いてみたかったんだよ。この国では、よく、オンディーヌや、シルフに出会った、と、言うだろ?リンはどの精霊に見えたんだ?」
「一目惚れだったわけでは……」
「オグは一目惚れだったよな。大騒ぎだったもんな?」
ラグナルはタブレットの暴露に、スプーンを握り締めて、目を輝かせた。
「義姉上に一目惚れだったとは、聞いておりませんでしたね、兄上」
「『精霊に似ている』と言い始めて、あの時、力も不安定になって大変だったろ?水場の水はあふれたし、火の祝詞だけは絶対に使うなと、止められていたではないか。ライアンは平気だったのか?」
「兄上が?」
実際には、エクレールが精霊に似ているのではなくて、精霊の顔がエクレールに見えた、だ。
かなり昔の、思い出すと転げまわりたいほど恥ずかしい話で、もっと詳しく、と、前のめりになる弟に、オグは慌てた。
「俺の話は、どうでもいいんだよ。ライアンの力が乱れたら、大変なことになるぞ。水場の水どころじゃない。ウェイ川が逆流するんじゃねえか?」
「オグ、私のコントロールはしっかりしている。ウェイ川は順当に流れる」
「それで、ライアン、リンはどの精霊だ?シルフか?」
「オンディーヌって、感じではないよな?」
楽しそうに話す二人は、だいぶ酒が進んでいるに違いない。
話すまで、しつこく聞かれそうな様子に、ライアンは諦めた。
「リンを、精霊のようだと思ったことはないぞ」
「そうなのか?」
「術師は、精霊を知っている。かえって、精霊に出会ったとは言わないと思うが」
オグはその言葉に、確かにそうだ、嫌になるほど知っているからな、と、うなずいた。
「じゃあ、本当に、一目惚れでもなかったのか?」
「違うな。最初は、密猟者か盗賊のようだと思ったのだ」
「密猟者ですか……」
「盗賊……。ライアン、お前、なんか残念だな。最初がソレとは、あんまりではないか?」
二人の出会いを、甘さを全く感じさせず、超ビターに、しれっと語る幼馴染に、三人は、ライアンらしいと言うべきかどうかを迷った。
その恋の行方を、今一番注視されている男女の出会いに、トキメキを微塵も感じさせないのはどうなのだろう。貴婦人のお茶会でそんな話を披露しても、きっと、きゃあ、とは言われないに違いない。
「深夜の聖域に、突如現れたのだぞ。闇に溶け込むような、黒髪に全身黒ずくめの衣装、自分の身体より大きな荷物。密猟か、どこかのスパイだと思っても、仕方あるまい?」
「オグ、これは、その場で絞め落とさなかっただけでも、いいほうなのか?」
「まあ、特別な出会いであることは確かだよな。聖域で出会うのは、精霊か、森の獣か、天の女神ぐらいだろ」
「『天の女神に巡り合った』とでも言えば、周りが喜ぶのになあ」
「そうそう。出会うべくして出会った、唯一無二の特別な二人の出来上がり、だ」
酒が進み過ぎた二人は、好き勝手なことを言っている。
そろそろ酒にレモンでも絞らせるべきか、と、ライアンはレモンを手に取り、オグにポンと手渡した。
「そのリンが、今じゃ、どこからも注目の的だ。つまみはうまいし、菓子も人気。やっぱり店が欲しいよなあ」
「オグ、リンが言っていたが、家で作ってもらえばいいだろう?」
「エクレールは、ギルドで俺以上に忙しいんだよ。食べて帰れるなら、楽だろう?」
「そうですか。店は義姉上のためですか」
「なんだよ、ラグ。リンのつまみを、いつも食べられたらいいじゃねえか」
オグはレモンを半分に切り、グラスに少し垂らすと、残りの半分をタブレットに渡した。
タブレットも自分の酒に果汁を絞り込む。
「私がヴァルスミアを離れた時には、オグが結婚しそうな雰囲気はなかったが」
「……俺もなあ、まさかプロポーズして、その日に結婚することになるとは思わなかったぞ?」
オグはシー・ヘリソンを舐めて、蒸留酒を喉に流す。
「ラグもこの秋に結婚するしよ、後はライアンだな」
「……私はまだ、その予定はないが」
「リンの厨房ができていることといい、公爵も周囲も予定しているのではないか?」
「ライアンは、まず、プロポーズですね」
「頑張れよ。俺はあんなに緊張したことはねえぞ。タブレットは、よく五回も、あんなのができたな」
オグは三人の妻と二人の愛妾がいるタブレットを、感心して眺めた。
「私は残念ながらプロポーズというものを、したことがない」
「なんだと?」
「この娘を妻に、と、相手の親が連れてやってきた。周囲のプロポーズ話を聞いて、うらやましく思ったこともあったが、まあ、しかたがあるまい」
タブレットは、ふっと苦笑した。
「私はプロポーズより、グラッセのご両親に結婚の許可をもらう時が一番緊張しましたね」
「ライアンは、まずプロポーズだよな。その後、ドルーの許可だろ?」
「ドルーの?」
ライアンは、グラスから口を離し、オグの言葉に目を丸くした。
「リンは可愛がられているじゃねえか。許可とは言わないでも、挨拶と報告はしないとなあ」
「……そういうものか」
「たぶん、精霊にも話をしたほうがいいですよね」
「大事だな。ちゃんと許可を得ておかないと、何をしでかすか」
「……そうだな」
「それで、最後はシロだろ?あれのガードは固いぞ?」
ラグナル、タブレットと続いて、とどめを刺される。
面白そうにニヤニヤ、ニコニコしている三人から、ライアンは目をそらした。
「……シロは難しい」
オグが緊張したというプロポーズの後に、ラグナルがプロポーズより緊張したという結婚の許可を、三回も得なければいけないらしいことに、ライアンは、はあ、と長く息を吐いた。
長椅子にゆったりと寄りかかったタブレットが、その様子を見て、ライアンに忠告した。
「なあ、ライアン、船の到着前に、きちんとしとけよ」
「……」
「お前は時間をかけたい、と思っているかもしれんが、リンのためでもある」
タブレットの言葉に、ライアンはグラスを回して、考え込んでいる。
「タブレット、なんの話だ?」
タブレットは、この場で話してもいいか?というように、ライアンの方を見た。
ライアンはうなずいて、自分で説明し始めた。
「ロクムからの情報だ。シュージュリーの東征の影響で、東側諸国では情勢が不安定のようだ」
途端に、オグもラグナルも、一気に酒が抜けたようで、真剣な顔になった。
眠気も吹き飛ぶ。
「シュージュリーですか。北の船ということですか?」
「いや、東征の影響で、この大市にまだ到着していない国がある。クナーファ商会の船で向かっているらしいが、その船に、どうやら姫と呼ばれる者が乗船しているらしい」
「姫だと?」
話が見えずに、オグもラグナルも困惑した。
「公式訪問の予定はない。来訪の目的もわからない」
ライアンの説明を、タブレットが引き取った。
「情勢を考慮して、避難してくるか、フォルテリアスの後ろ盾を得にくるのかもしれない。その場合、一番考えられやすいのは婚姻だ。縁を結び、後ろにフォルテリアスが付けば、シュージュリーも簡単には手を出せぬ」
「そうでしょうね」
「だろうな」
精霊術を使うフォルテリアスの強さは、近隣諸国に知れ渡っている。
北の国境を守ってきたラグナルもオグも、それを良く分かっており、うなずいた。
「その場合、立場的に姫に相応しいのは、王子のフロランタンか、賢者であり王族のライアンか、となるだろう?フロランタンには、すでにフォルテリアス王族の姫、シュゼットという婚約者がいる。どちらの姫も、第二夫人とするには相応しくない。その点、ライアンに婚約者はいない」
その推測にオグもラグナルも、はっ、と息を飲んだ。
「おい、どうするんだよ、ライアン」
「リンは……」
動揺する二人の様子に、ライアンは落ち着け、と言った。
「今の段階では、本当に姫が向かっているのかも、定かではない。まあ、到着したら、国賓として遇することになるだろうが」
「でも、結婚の話がでてしまってからでは、遅いのではないですか?」
「公式には何の話もないのに、断りようがない」
「ライアン、私は自身の結婚を、国の安定のために最大限に使っているし、それが時に有効だということも知っている」
国の長であるタブレットの言葉は重かった。
「私の妻にと選ばれた女性が、私が愛することのできる者で良かったが、お前の父上を見ると、自分の唯一となる者に出会い、添うのは、どんなに幸せなことかとも思う」
「公爵夫妻を、私は見習おうと思っています」
「全力だもんな」
「……父上だからな」
ラグナルは笑顔だが、ライアンとオグは、間近で見ている分、微妙な顔である。
「国同士の話になると、感情は置き去りにされやすい。リンも、お前も、傷つかぬようにするべきだ」
タブレットはきっぱりと言った。
「この話がなくても、きちんと思いを伝えようとは思っていた。伝えて、ゆっくりと考えてもらおうと」
ライアンは息を吐いた。
「こういう話がでるかもしれないから、早く伝える、というのも、何か違うと思っている」
「いい機会だから、とは、捉えられぬか?」
「リンは賢者と呼ばれる立場になることも、注目を浴びることにも、戸惑いがある。私の側にいれば、どうしても騒がしくなる。時間をかけて考えて欲しいが」
「まあ、残念ながら、リンの周囲はどうやっても騒がしいと思うが」
「注目度ナンバーワン、ですからね」
わかっている、とライアンはうなずいた。
「なあ、ところで、どこの国の姫君なんだ?」
「マチェドニア皇国。リンが会うのを楽しみにしている『茶の国』だ。……来るな、とは言えまい?」
訂正:オランジェット→フロランタン (活動報告にて、ご指摘ありがとうございました。すみません)





