Response to Lin's act / やらかしの結果
朝から何組めの来訪だっただろうか。
文官と商人が深くお辞儀をして、ウィスタントンの天幕を出て行った。
リンはそれに丁寧に礼を返すと、長椅子に腰を落とし、くたりともたれた。
「確かに『あちこちでやらかし』て来たようだな」
同じ長椅子で、こちらはピンと背を伸ばしてお茶を飲みながら、ライアンは隣のリンをチラリと見下ろした。
「や、やらかしって。買う時のコミュニケーションです。産地や食べ方とかを聞くじゃないですか……」
リンは言い返すが、言葉に力がない。
昨日は買い物をしただけだが、そのせいで天幕に来客ラッシュとなっているとわかったリンは、ライアンから視線をそらした。
「聞いたついでに、自分の食べ方や、長期保存の方法を教えてきた、と」
きゅうりをビネガーとスパイスで漬けたら、冬の間も食べられますよ、とか、トマトの半分はソースにして、もう半分は乾燥させて、薬草と一緒にフィニステラのオリーブオイルに漬けようかと思っています、などと、大量に買い込みながら話してきたのだ。
複数の領から、ぜひその方法を詳しくご教示いただきたい、と、文官が商人を伴ってやって来ていた。
買い物ついでに、ウィスタントンの冷室と冷凍室は、ガラスの蓋で中が見えるんですよ、とも言い歩いたようで、それを見にやってきた領もある。
「トマトをパンに擦り付けるレシピを教えてもらって、嬉しかったんで、つい」
リンのヘタリ具合を見て、ライアンはくすりと笑った。
「悪い事をしたわけではないのだから、気にしなくて良い。長期保管ができれば、どこも冬の間の食料確保に助かる。領が動くのは当然だ。……レシピはブルダルーが書き留めてあるだろう?それを届ける手配をするだけだ」
そうは言っても、こんなにも来客が続くとは。
リンがため息をついた時、オグが表から休憩に下がってきた。
頭を後ろの長椅子に預けているリンと、静かに茶を飲んでいるライアンを、ニヤリとして見る。
「おい、リン。今の領では何を買ったんだ?」
「……何も。あちらは、私が何も買わなかったんで、来たんです」
リンはオグにもお茶をいれて出しながら、がっくりと項垂れて、もう一度大きなため息をついた。
両隣の天幕では購入されたようでしたが、何か失礼があったのでしょうか、と、文官と商人が少し青くなりながら、ご機嫌うかがいにやってきたのである。
「そうなのか?」
「ビルベリーとか、果実を販売していた天幕だと思うんですけど、私、ベリーは凍らせて、たくさん持っているから」
「我が領の果実も、ぜひお試しを、と持ってこられてな」
どうぞ、と、渡されたが、ひとつの領地からだけプレゼントをもらうと、後が大変になるようだ。
『プレゼントです』、『ありがとう』、ではいけないらしい。
どうしても料金は受け取れぬという相手に、果実を使ったジャムのレシピを返礼として届けることになった。その果実を使ったジャムかアイスクリームも、一緒に付ける予定である。
非常に面倒くさいが、これで相手のメンツも、こちらの立場も守られるなら、しょうがない。
もっとも、その面倒くさい対応もライアンの判断にまかせっきりだが。
ライアンが、またリンをチラリと見た。
朝からずっと、やってくる文官への対応で、リンはライアンに付き添ってもらっている。
「……これは、私の『やらかし』ではない、ですよね? ね?」
リンはライアンとオグを交互に見ながら言う。
「買っても、買わなくても、来てんのか。まあ、あれだけ大量に買えば、目にとまるわな」
「だって、いつもすぐ無くなっちゃうではないですか。ミディ貝の皇帝も、シー・へリソンも。でしょ?」
リンは自分も食べるが、確実に在庫を減らすのに貢献している二人をじーっと見た。大量買いは皆の分だ。
「休日明けで、どこも一斉に領主まで情報が届いたのだろうが」
「領主の子息まで、リンに会いに来てただろ?すげえな」
「ベウィックハムだ。薬草栽培の責任者でもあるから、熱心だな」
天幕を訪れた者の中には、春の大市で会った、ベウィックハム領のクラフティがいた。
昨日訪れたベウィックハム領の天幕は、普通に野菜や果物が置いてあった。薬草と薬もあるようだが、それらはギルドや術師から注文を受けて卸すので、天幕で直接販売するものでもないらしい。
リンが見つけたのは商台の下の木箱に入っていた薬草の鉢で、大喜びで買い求め、厨房の窓辺に並べたところである。
「術師で、賢者のファンですからね。ライアンに会いに来たんですよ。きっと」
軽口を叩くと、ライアンにジロリと見られるが、気にしない。
「胃腸薬にほんの少し使うようなコリアンダーを大量に買ったので、他の薬効があるのか、ウィスタントンから新しい美容製品がでるのか、と、確認に来たらしい」
さすが『薬のベウィックハム』と言われるだけのことはある熱心さだが、リンにしてみれば、たまたまコリアンダーばかりが残っていたのを買っただけだ。
「使用方法は、サラダやスープに入れて、食べる。その効果は、香りづけ、と言ったら、クラフティは驚いていたな」
「薬草入りのソーセージやケーキを春に食べたはずなんですけど、まだ馴染んでないんですねえ」
「新しい使用方法が浸透するには、時間がかかる。特にベウィックハムは薬の領地だ」
「まあ、あの胃薬の原料だろ?コリアンダーが入っていると、酒を過ごした時にもすっとするが、なんせ匂いがきつい」
オグは思い出したのか、顔をしかめた。
ライアンもうなずいている。
酒飲みにはよく知られた胃薬なのかもしれない。
リンはまだお世話になっていないが、これも苦いのだろうか。
「だから、少量の配合なんだ」
「なあ、本当においしいのか?」
「飲み過ぎの薬と一緒にしたら、ダメですよ。おいしいんです。……まあ、好みはありますけど」
今夜は試食会である。いや、試食会と言う名の飲み会で、オグとラグナル、それからタブレットが離宮に集まることになっていた。
「今夜出しますからね。実際に試してください」
注:コリアンダーはパクチーです。





