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The Panetones / パネトーネ家

 休日の後というのは、どの領でも文官が天幕に顔を出す。

 人出はどうか、領の産物は売れているか、なにか手配が必要か。

 そうして、必要があれば領主まで報告を上げる。


 その日、王都にある各地の領主執務室では、どこも天幕からの様々な報告に慌てていた。

 なにしろ、暑さ対策、アイスクリーム用の果実提供、野菜・薬草の大量購入者、に関する問い合わせが、一気にあがったのだ。


 パネトーネ領も同じで、侯爵は執務室で街からの報告を受けていた。


「それでは、アイスクリーム用の果実については、いかがいたしましょう?」

「何が最良かわからぬ。もう一度、商人と共にウィスタントンへ相談を。……今年の大市は、活気があるな」


 侯爵は書類を繰る手を止めて、天幕との連絡・調整係である文官を見た。

 数日前に天幕に赴いて、ウィスタントンと調整し、その場で食べられる物を販売し始めたと報告を受けたばかりだ。

 そして今回は、領の果実でアイスクリームを作って宣伝する、という。


「ウィスタントンと商業ギルドが協力し、新しい取り組みが提案されておりますようで」

「そうか。……我が領にも変わらず声がかかるということは、付き合いを拒まれていないということだろう」


 クレマの振る舞いが噂となり、居心地の悪い思いをさせているのか、文官は嬉しそうにうなずいた。


「それから天幕への『涼風石』の貸与は、我が領では必要ない。術師に追加で精霊石作成を依頼せよ。……王宮から、暑さ対策の文書が出ていたが、全員目を通しておくように」


 商人の天幕が貸与を受けるならともかく、領の天幕が、すでに発表された精霊道具の貸与を受けるわけにはいかなかった。

 社交のために、館用の『涼風石』は優先して作られていたが、それを天幕にも出すように伝える。『凍り石』の準備は遅れていて、まだ館の厨房で使い始めたぐらいだが、文書には、体温を効果的に下げるとあるので、それも準備しておくべきだろう。

 数年前に酷暑となった時には、領でも倒れた者が出たが、軽症なら、精霊石を使い、補水液を摂取することで改善できるとある。


「領にもシルフを飛ばすように。精霊石だけではなく、十分な砂糖の準備もせよ。それから、陛下より御下問があったが、海の様子に変わりはないか」

「はい。海水温は今も高く、遠くまで漁に出なければならないようです」

「海の様子も、引き続き報告を」


 侯爵が書類に目を戻した時、侍従が入ってきた。


「失礼致します。お嬢様が、本日は、カイエル伯爵邸へ向かいたいと」

「クレマが?今日も、朝からクロスタータに呼ばれていると、言っておったが」

「はい。すでに馬車のご用意もできているのですが、社交を優先したいと」

「今は社交より、術師としての仕事を優先するよう、言ってあったはずだが……」


 結婚相手を探す若い貴族女性に、社交は大事だ。茶会に、船遊び、森での散策、晩餐会などに積極的に参加して、縁を繋ぐ。

 クレマも未婚女性だが、国内での縁談は、少々難しいことになっている。

 いろいろな噂が社交場に流れるのは毎年のことで、むしろそういう話を集めるのも社交の目的だが、今年は賢者の周囲が少々華々しい。それと合わせて、そういえば、と、クレマがウィスタントンに礼を欠いたことが話されている。 

 調べたが賢者婚約の事実はなく、シルフが話を拾い間違えたとしか思えないが、お相手とされている女性とトラブルを起こしたクレマが、遠ざけられるのもわからなくもない。

 クレマへの社交の招待状は、ぐんと減っていた。


 始まりの宴で、賢者が愛妾をエスコートして入場した時は、皆が興味本位の視線を投げ、蔑むような言葉も多く聞こえた。だが、昼餐でも話題の中心はウィスタントンの新商品と味わったことのない料理で、その後、それらの開発に愛妾が関わっていると知らされたことで、さっと風向きが変わっていった。


「アレの母が社交へ誘ったのであろう。私が話す」


 クレマに社交を禁じてはいないが、今は術師として勤め、その活動が認められれば、少しは状況が変化するかもしれないのだ。

 あの愛妾の評価が変わったように。

 そのうちウィスタントンとパネトーネの関係に、問題ないことも伝わるだろう。

 そのためにも、クレマ自身には自覚してもらわなくては。


 侯爵はため息をついて立ち上がった。






 クレマがカイエル伯爵邸でのガーデンパーティに、少し遅れて出向いた時から、どこか違っていた。いつもなら、真っ先に友人である伯爵令嬢が出迎えるのに、それがない。

 カイエル伯爵領はパネトーネ侯爵領と同じように、王都からも近い、裕福な領で、令嬢同士も歳が近いことから仲良くしていた。

 

 友人達が集まっているという部屋に入ると、伯爵令嬢がクレマに気づいた。


「まあ、クレマ。いらしたのね?」

「ええ。お招きありがとう」

「パネトーネ侯爵夫人からクレマも一緒に、と、お話があったの。……貴女のお仕度が間に合うようならどうぞって、申し上げたのよ」


 お茶会の主催者である伯爵家の令嬢が、お茶のカップを手に、にっこりと笑顔を見せた。


「驚きましたわ。クレマ、お仕事をしていらっしゃるなんて」

「ちょうど、今日は来られないのではないかしらって、お話をしていたのよ」


 ここに集まっているクレマの友人は、すべて伯爵以上の上位貴族の家柄で、誰も仕事などしていない。

 新しいドレスや髪形を試し、庭を散策する。趣味の刺繍を持ち寄って、皆で話しながら仕上げることもある。お茶会の前には、お茶や菓子を選び、招待客を選び、招待状を送る。

 クレマだって、春までは同じような、ゆったりとした毎日を過ごしていたのだったが。

 

「……二つ加護を持つ者としての義務。仕方がありませんわ」


 クレマのために椅子が用意され、腰を下ろしながら言った。


「精霊術師のお仕事は、今、大変でしょう?我が家でも忙しそうでしたわ」

「でも、クレマ達、精霊術師が頑張ってくださっているおかげで、私達はこのように快適に過ごせるのですもの」

「本当ね。感謝しなくては」


 ふふふ、と笑う友人達を、クレマは少し眉を寄せて見た。

 気のせいではない。

 クレマと自分達は違う、と、線を引かれている。

 

「ほら、精霊術師のおかげといえば、これも。アイスクリームよ」


 カイエル伯爵令嬢が目配せをすると、配膳人が、それぞれの目の前に、白とピンクの、二種類のアイスクリームサンドを置いた。


「まあ!あの、ウィスタントンの?」

「バニラと、こちらが領で採れた森イチゴよ。いつもはパイにするのだけれど、どうかしら」

「素敵ねえ」

「今日のために使いを出しましたの。間に合って良かったわ」


 令嬢達は、いそいそと皿を手に取った。


「もう一度食べたかったのよ。嬉しいわ」

「我が家の料理人も試したのよ。でも、このように滑らかにならなかったの」

「好きな果実で作ってくださるのよ。お土産も用意してあるから、楽しみにね」


 アイスクリームは、今夏、一番話題になっている菓子で、伯爵令嬢は得意げな笑顔で、友人達を見回した。

 今まで、真っ先にそういう物を茶会で披露するのは、クレマだった。

 さすがだ、と称賛されるのは、いつもクレマで、誰もが後に続いたのに。

 

「アイスクリームも、冷凍室も、考え出されたのは、あの方なのでしょう?」

「素晴らしいわ。ライアン様のお目に留まるはずね」

「今日もあの方をお招きしたのよ。でも、ご招待が多すぎて、不公平になるとのご配慮で、公の宴しかお出ましにならないのですって」

「残念だわ」


 ウィスタントン、ウィスタントン、ウィスタントン。

 どこに行っても、そればかりを聞く。

 家でも、精霊術師のギルドでも、そして今、友人だと思っていた者の間でも。

 クレマは、ぎゅっとドレスを握り締め、きっと前を向いた。


「あの方なんて、おっしゃらないで?愛妾よ?」


 眉をひそめて、毛虫がいる、というようなクレマの言い方に、周囲の令嬢達は息を飲んだ。


「……ご婚約も間近だと聞いているわ」

「異国の、平民よ?」

「まあ!」


 カイエル伯爵令嬢が、凍りついたその場を取りなすように言った。


「センスの注文に、ウィスタントンお抱えの仕立屋を別室に呼んでいるの。他にもいろいろ珍しいものがありそうだけれど、よろしかったら、いらっしゃらない?こちらも人気だから、なかなか予約がとれないと思うわ」

「素敵だわ、ぜひ」

「さすがカイエル伯爵家ねえ」


 クレマをのぞく全員が、別室に向かうために立ち上がった。


「クレマはいいのかしら?」

「けっこうよ。伯爵夫人に挨拶して、失礼するわ」

「そう。では、ごきげんよう」


 去っていく令嬢達の声が届いた。

 

「……パネトーネはご令嬢が働かなければならないほど、ご内情が大変なの?」

「あら、違うのよ。ほら、春にシルフが伝えてきましたでしょう?」

「将来のためにも、その方がいいと、思われたのではないかしら」

「まあ。精霊術師でいらっしゃるから、困らないわね」


 クレマはしばらく前を向いて座っていたが、やがて立ち上がり、ドレスに目を落とした。


「……醜いシワがついていること」

クレマめ!

この子だけで二週間かかる……。三週間目に入りそうなので、諦めてアップします。


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