Guilds / ギルド
その日、王都の商業ギルドでは、あちらこちらの店からでた要望書を職員達がのぞき込んでいた。
ちょうど階下に降りて来たギルド長も捕まって、その中に入っている。
「見事にどこも同じだなあ」
「そうですね。水以外の三つの広場から挙がっていますね」
「天幕ひとつで、ここまで違いがでるとはねえ」
「……焦る気持ちはわかるが。ウィスタントンに、やめてくれとも言えまい?」
どの要望も、『水の広場』に人が集まり過ぎて、他がガラガラだ。何とかして欲しい、というものだ。
「昨日の休みは顕著だったよなあ。ウィスタントンの前、列が二重になってたろ」
「なんでも王宮の宴で出された、珍しいものがあるって」
「『持ち帰り』ができるそうだが、混雑が緩和されないだろうか」
「……それを求めて、人がもっと集まりそうだな。これから建国祭まで訪問者も増える。うまく分散してくれると良いが、『水の広場』に集まり過ぎても危険だ」
ギルド長の机に置かれた要望書を取り囲んだメンバーは、腕を組み、難しい顔をして、ふう、とため息をつく。
「このまま続くと、他の三つの広場の店にかなり影響がでるだろ?夏に稼がないと、どの店も厳しい」
「他の広場でも、なにかできないでしょうか?ほら、『水の広場』では協力しあっていますからね」
テーブルを置き、周囲の天幕や店にも声をかけ、盛り上げている。
話を聞いた時、これが理想的な大市の姿では、と感じて、商業ギルドでも会議室の机と椅子を出して協力している。
「『ウィスタントンの天幕の近くに』という、各地の依頼の意味が、わかったな」
「……私から話をしてみるか。周辺の店に商品を卸すとか、何か良い案があるかもしれん」
ギルド長がそう言ったところに、ウィスタントンの商業ギルドの担当者、トゥイルが飛び込んできた。
「すみません!ウィスタントンのトゥイルです。これから続く暑さへの対策で、至急ご協力をお願いしたいことが」
本部商業ギルドのメンバーは顔を見合わせた。
ウィスタントンのお願いだ。また何かある。
「実は、こちらもちょうど、ご相談したいことがありまして」
「そうですか。それではご足労ですが、天幕までお願いします。ライアン様が今、王宮の許可を得ておりますが、他のギルドの方も集まるかと思いますので」
賢者の名前もでて、これはますます何かある。
ギルド長はうなずいて、大市担当者と二人、立ち上がった。
「参りましょう」
飛び込んできたばかりのトゥイルは、本部職員を連れ、また駆け出していった。
その日、王都の精霊術ギルドでは、手の空いている術師が集められていた。
会議室はいつも以上にいっぱいだ。
ギルド幹部や上位貴族の術師が座る後ろに、青、緑、黄、赤、と、マントの色ごとに分かれ、多くの術師が立ち並んでいる。
すうっと涼しい風が通っているが、発表されたばかりの『涼風石』がなかったら、室内はもっと暑苦しくなっていただろう。今日は特に気温が上がっている。
『涼風石』を含む、新しい精霊石のために、まさしく今、会合がもたれている。
ギルド職員がこっそり『ウィスタントン精霊石シリーズ』と呼んでいる、春から順に発表された『温め石』『冷し石』『凍り石』『涼風石』『温風石』といった精霊石だが、とにかく反響がすごい。
『始まりの宴』があってから一週間とたっていないのに、この件で、すでに二度目の会合になる。
後ろに立った者の中にギルド職員がいて、頬に当たる風をありがたく感じながら報告を続けている。
「ですので、こちらでは生産に集中できるよう配慮をお願いし、新規発表となった精霊石については商業ギルドにて個数をまとめ、連絡が参ります」
「発表以来、水使いが大分無理を押して作っているが、まだ足りないのかね?」
青のマントを纏った術師の一人が、席から少し頭を向け、顔をしかめて聞いた。
報告をしている者は、背筋を伸ばして、慌てて言う。
「広く需要のある精霊道具が、近年このように同時発表されたことがなく、問い合わせと要望が増えるばかりとのことです。特に『涼風石』『凍り石』は季節柄もありまして……」
「賢者にはもうちょっと余裕を持ってご発表いただきたかったですな」
「どちらの石にも関わっている風使いの忙しさは、なんともいえません。夏は我らも社交が忙しいのに、精霊石造りに会合とこのように度々呼び出されては困りますよ。……よろしいですな、土と火の術師殿は。社交に差し障らないでしょう?」
先ほどから発言するのは座っている術師ばかりだが、緑のマントを纏った者が首を横に振りながら言えば、黄色と赤のマントが反論する。
「そんなわけがないでしょう。魔法陣を刻むのは誰がやっていると思っているんです?確かに我ら土使いならすぐにできますがね。それに加えてそれら精霊石を収める箱が足りないとかで、銅箱成形の依頼まであるのですから」
「『温め石』の要望は変わらず多い。これからの季節を思えば、『温風石』を今のうちに作らなくては足りんだろう。なんといっても、サラマンダーを扱うのは他の精霊使いよりも骨が折れるのは知っているだろう?」
後ろに立つ赤マントの集団が、その言葉を受けて大きくうなずいた。
他の色のマントの集団は、その様子からすいっと目をそらした。
「まあまあ、皆さま。良いではありませんか。若い術師の練習にも、継続収入にもなることですから」
まだ言い足りなさそうな風の術師である幹部が、椅子にもたれ腕を組んだ。
「ウィスタントンの天幕で実際に『涼風石』『凍り石』を使って見せているのですよ。うまいやり口です。そのせいで余計に忙しいのですがね」
「我々が周知する手間が省けていいではありませんか。直接天幕をご覧に?」
「まさか。調べさせたのですよ。ほら、薬草を使った商品があると聞いて。……グラニタ、ベウィックハムの方でも調査したのではないかね?」
幹部の言葉に、後ろに立つベウィックハム領の長男、グラニタが頭を下げる。
「薬草を使用しておりましたものは石鹸、クリームなどの美容製品が全十三品。薬草茶と菓子に五品でした。希少な品種は使っていないようでしたが、薬草をあのように無駄に使われるのは、薬のベウィックハムとしては怒りを覚えます。ぜひ、本部からも不許可の申し入れを」
「グラニタ、ご苦労でした。ウィスタントンは、いろいろと考えつくものですね」
調べさせたと言った風の術師は、自分の妻と娘がその薬草入りの石鹸とクリームを欲しがり、天幕に使いをやったついでに調べた、とは言わなかった。
「考えつくといえば、始まりの宴で出された料理も珍しいものでしたな」
「家でもレシピが欲しいと娘に頼まれて、参ったよ」
「我が家ではウィスタントンの天幕に使いを出しました」
まだ報告は終わっていないが、どんどんと話がずれていく。
ギルド職員は、商業ギルドからあがっているもう一つの要望を告げるのをためらった。
しかし報告は済ませなくてはならない。
「あの、申し訳ございません。精霊石に関連してもう一つご報告が。商業ギルドの方から、説明のために術師を派遣して欲しい、との要望がでております」
「術師の派遣とは、何だね?いったいどこに」
「商業ギルド内に、現在精霊石専用の窓口を設けてあり、そちらに術師を、と」
「販売に関しては商業ギルドが一手に引き受けるのではなかったかね?」
「発表された精霊石に関して、様々な質問があるそうなのです。術師でないと答えられない質問も多く、困惑しているそうで」
「それは面倒なことだな。なんとかならんのかね?」
「こちらに人が押しかけてもまた大変かと思いますので、窓口は一本化したほうがよろしいかと」
幹部達はどうするのかと、中央に座るギルド長クロスタータを見た。
今まで静かに皆のやり取りを聞いていたクロスタータは頷いた。
「最初はしかたあるまい。商業ギルドの者もそのうち覚えるであろう。しばらくすれば騒ぎも落ち着くであろうが、それまで若い者に交代で詰めてもらおうか」
「かしこまりました」
報告していたギルド職員はうなずいた。
精霊石を作る者、商業ギルドの窓口に派遣される者、社交の合間を見ての手配と調整に忙しくなりそうだ。
どんなに大変でも、軍備や一部の職業で使うものではなく広く一般にも需要のある精霊石は、『水の石』のように長く術師とギルドに利益をもたらし、生活を一変させるものになると確信していた。
そこへ、シルフ飛伝を担当している風の術師が慌ただしいノックの音と共に入室した。
「失礼致します!王宮、陛下より、至急の御下命がございました」
その場にいるすべての術師が立ち上がり、陛下の御言葉を拝する姿勢をとった。
「お伝え致します。『過酷な暑さがしばらく続くという報告があがっている。体調を崩し、病に倒れる者が多くなると考えられる。新たに発表された精霊石が一助となるであろう。各ギルド協力して、対策を取って欲しい』以上です」
ギルドの窓口にいた職員もそこに飛び込んでくる。
「恐れ入ります。商業ギルドより、人が来ております。暑さ対策のための『涼風石』『凍り石』が足りておらず、急ぎ増やして欲しいと」
「なんだと?!」
会議室の空気はざわめき、何名かは一礼して駆け出していった。





