Everyday event / よくあること
天幕では午後から特に忙しくなるので、早めに昼休憩を回すようにしている。
交代での昼休憩の間、見習いと一緒に、リンもアイスクリームを売っていた。
昨日、一昨日と、あまりに貴族の問い合わせが多いので、必ず大人がサポートに入っている。
その見習い達も、ライアンとオグがどこからか調達してきた服を制服代わりに着用し始めて、パリっとした貴族の子弟に見える。
剣の鍛錬時に着るチュニックだそうで、生地は一目でわかるぐらい上質だが、袖口と胸元は紐で編み上げ、特に装飾がヒラヒラとするわけでもない。
ハンター見習い達もさほど抵抗なく着ているようだ。風の術師見習いもなぜだかお揃いに着替え、六人で互いに袖を引き、見せあっている様子は微笑ましかった。
そして今の時間、貴族対応担当はリンで、やってきた女性に説明をしている。
「では、伯爵家のボンボニエールをお持ちして、事前に予約をすればよろしいのですね?」
「さようでございます。領の果物を使用して、特別注文も可能になりますので」
「まあ。それではお嬢様に確認してみましょう」
「その他に、例えばこちらの『サンド』ですが、簡単なお使い物にいかがでしょう。こちらはその日の在庫がある分だけ、ご予約なしでお求めいただけます。フレーバーは日替わりで、本日はこちら、甘酸っぱいブルーベリーと、もう一つはバニラ。バニラは王宮の『始まりの宴』で初披露されたもので、お菓子にぴったりの甘い香りが特徴ですよ」
「まあ!『始まりの宴』の話はお嬢様から聞いて、羨ましく思っておりましたの」
「バニラは遠く南の島からクナーファ商会が運んでいる大変珍しいもので、ご存知の方は少ないと思います。もしよろしかったら、そちらのテーブルで召し上がられますか?こちらの、シナモンとベリーのアイスティーと良く合います」
女性は途端にもじもじとし始めた。
「あの、こちらで食べたら、その、見っともなくないかしら?」
全く貴族の女性は、いろいろなことに縛られているものだ。
立ち食いならともかく、テーブルに座るのだから問題はないだろうに。
この様子なら、確実に『持ち帰り』が人気となるだろう。
「そんなことございませんよ。大市ですもの。皆さま、自由に楽しんでいらっしゃいます。ご令嬢方も、お忍びでいらしていますよ」
リンはにっこりと笑うと、そっと、そちらのテーブルを見やった。
隣のラミントンの天幕を訪れたグラッセが、同じ男爵令嬢の友人二人とアイスクリームを堪能中である。バニラとブルーベリーを交換して、楽しそうだ。
三人とも『始まりの宴』に出席するようなご令嬢で、リンは天幕の応接セットも勧めたのだが、外の方が気持ちいい、と、抵抗なく外のテーブルについた。
学生の頃はよく街を歩きましたもの、と、三人でいたずらっぽく笑い、一年ぶりの再会にはしゃいでいる。
ラミントンは領主夫妻がそろってお忍び好きになるな、と、ぼやきながら、オグはリンがおまけにと出した、シロサブレと花形クッキーを運んでいった。
目の前の女性はグラッセたちに気づくと、途端に嬉しそうになり、いそいそと注文した。
「ありがとうございます。お好みでしたら、お茶はこちらで販売しておりますし、バニラはこの裏手にある、クナーファ商会の天幕で扱っております。バニラを使ったレシピも配布しているようですから、お嬢様のデザートに喜ばれると思います」
「まあ、ご親切にありがとう」
バニラの提供がある分、宣伝はしっかり、と、見習い達にも言い聞かせている。
支払いを済ませると、文官が皿を運び、女性をテーブルまで案内していく。
ローロがそれを横で見ながら、ため息をついた。
「リンさんは難しい説明は問題ないのに、どうしてお金の計算ができないんだろ」
「私の国は小銅貨が十枚で、一銅貨だったの。銅貨十枚で、一小銀貨。それがここでは単位が四枚なんだよ?計算するのに、時間がかかるの!……できないわけじゃないんだよ?」
「ふうん」
リンがグラス洗いを率先して引き受ける理由だ。
商台で暗算するのが苦手で、ハンター見習いの方がよっぽど早い。
ウィスタントンの見習いは、ハンターズギルドで読み書き計算の講習を受けているので、誰もが問題なくできるのだ。
「リンは自分で金を持って買い物に行けばいいんだよ。何回か騙されたら、覚えるだろ?」
「ひどい。騙されるのが前提ですか?」
後ろからオグが、からかうように言うのに、リンは反論した。
「ウィスタントンではリンを騙すようなヤツはいねえが、王都ではわからんぞ」
「……俺、買い物の時、付いていくよ」
「ローロが付いて行ったらおんなじだろ?騙されたほうがいいんだよ」
「あのね、いくらなんでも騙されませんよ」
ニヤニヤと笑うオグと、心配そうなローロが対照的だ。
「リン様、交代します。どうぞお昼を召し上がってください」
食事から戻った薬事ギルドのマドレーヌから声がかかったのをいいことに、リンはさっさと、後ろへと下がった。
温かい紅茶を入れて、外のグラッセとお友達に運んでから、リンはお茶会について考えている。
丁寧にお茶の御礼を言われ、今度、午後のお茶会に、と、誘われた。
「グラッセのお友達だし、おっとりとして、感じは良かったな」
行っても大丈夫かな、と考えながら、片手は目の前の洗い桶を押さえている。
グラスの入った洗い桶の前にしゃがみ込んでいるところだが、桶の上に、もう一つの桶が逆さに重ねてあって、その上に手を置いているのだ。
「リン、サントレナの船がついて、ポセッティから荷物を預かったぞ。中を確認して礼を……。それは、何をしている」
ライアンが外から戻り、天幕の奥に、ひとり座り込むリンを見つけた。
そのライアンの耳にも、パシャン、パシャンと、規則的なリズムの水音が聞こえてくる。
「えーと、自動グラス洗い機、でしょうか」
「今度は何をした?新しい物を作るときは、先に言うようにと、あれほど」
「作ってませんよ!……あの、オンディーヌに、ちょっとお願いしただけです」
リンの声はだんだんと小さくなる。
ライアンはため息をついた。
「ま、今更か。それで、自動グラス洗い機とは、どうなっているのだ」
「あの、中にグラスと水を入れるのは一緒です。で、灰汁を少し加えて、こうして別の桶を合わせて、蓋をします。それでオンディーヌに、中で噴水のように水を回すように、お願いしたんです」
「ほう。水を揺らして、こすっているようなものか」
「昨日、洗い物用の灰を使ったら手荒れがひどくて、今朝、アマンドさんと侍女さん達に嘆かれたんです。……そろそろ、いいはず」
リンはオンディーヌにお礼をいって噴水を止めると、カパッと蓋にしている桶を持ち上げ、『水の浄化石』を中に落とした。
グラスを摘まんでチェックすると、しっかり底までピカピカだ。
「大丈夫でしょう?」
「ん?お湯にしたのか」
ライアンは湯気の上がる桶に手を入れる。
「ええ。お湯だと汚れが落ち易いので。それで、ライアン、この中にですね、木の棒を並べて立てると、グラスを伏せてもいいし、アイスクリームのお皿も縦に入れられて、一緒に洗えるんですよ。手も荒れないし、楽でしょう?」
「よし。クグロフに頼もう。そうだな。浄化石を使わないとしても、工房での物品の洗浄に役立つか。噴水を規則的に繰り返す魔法陣は、難しいが何とか……」
掃除機と洗濯機の前に、食器洗い機ができるかもしれない。
上に専用の蓋を付ければ、押さえなくて済むな、と、ライアンもリンの横にしゃがみ込んだ。





