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Make it better / 屋台の改善点

「グラスなら、たぶんあると思うぜ」


 オグの言葉で、ライアンとリンは、『ボーロ&ベニエ』というガラス工房へ向かうところである。




 大市初日の昨日は、終了時刻より前にアイスクリームが売り切れ、屋台側では店じまいとなった。

 疲れた顔で下がってきたオグに、リンはスタッフ用のアイスティーと昼のサンドイッチの残りを出した。オグもライアンも、昼食もそこそこに働いている。

 これから反省会だ。盛況で売り切れたのはいいが、改善点も多い。

 オグが見習い達の意見を聞いて報告し、天幕の責任者であるトゥイルも側に立ち、メモを取っている。


 最後にライアンが、そのメモを見ながらまとめた。


「列での待ち時間が長すぎる。

 持ち帰りの要望が多い。

 女性は立って食べることができないので、買えない。

 冷凍室が開けっ放しになる。

 飲み物は自分のカップを腰に付けていない者が多く、売りにくい。

 という感じか」

「ああ。その中でも、持ち帰りの要望は多かったな。貴族の使いだろう」


 オグも同意する。


「ではまず、アイスクリームの持ち帰りだが、リン、できそうか?」


 リンは少し考えて、言った。


「小さな木箱と『凍り石』があれば、できます。持ち帰りやすいアイスクリームの形を考えますけど、工夫すれば、待ち時間も短くなると思います」

「わかった。木箱と『凍り石』は、こちらでなんとかしよう」


 ライアンは、トゥイルを見てうなずいた。


「あとは、天幕の前に座席を作るか?まあ、貴族女性に歩きながら食べろってのは、無理だな」

「そうでございますね」


 オグが腕を組んで言うと、トゥイルもうなずく。

 リンが家の厨房でお茶の立ち飲みをしても、座ってくださいと叱られるのに、使用人とはいえ、貴族の館で働いているような女性が、アイスクリームの食べ歩きをできるはずがなかった。


「席をつくると、そちらの管理も増えるが、見習いで大丈夫か?」

「持ち帰りができるようになれば、家で食べられる方も多いでしょうし、大丈夫ではないでしょうか」

「交代でひとりが、テーブルを拭くぐらいじゃねえか」

「その場で食べてもらえるのなら、カップを用意して、ミードや茶も販売できるだろうか。リンは売りたいのだろう?」


 ウィスタントンと違い、王都内やその周辺では店も多く、男でも自分のカップを持ち歩いている者が少ない。今日は、アイスクリームは飛ぶように売れたが、飲み物は難しかった。


「ええ。飲んでもらうのが一番宣伝になると思いますし。人気がでて、王都の店に卸せるようになったら、なんて目論んでいますけど」


 リンがふふふ、と笑って言うのに、オグは顎をすりながら答えた。


「ミードはいけるかもなあ」

「……お茶は、ダメですかね」

「酔わねえからなあ」


 なんと一言で片づけられてしまった。


「むー、お茶はですねえ、酒と違って、心が酔うんですよ。まあ、いつかわかってもらえるよう、がんばります」


 目標は高く、だ。

 お茶の普及に向けて、リンがこぶしを握っていると、ライアンがポツリと言った


「……つまみがいるのではないか?」

「え?」

「テーブルで食べるようにした場合、茶にはクッキーもアイスクリームもあるが、ミードにも何かあったほうがいいだろう」

「そうだなあ」

「ハードチーズはまだ熟成が足りない頃だが、燻製をかければ深みがでるだろう」

「おまえ、あれ、本当に気に入っているんだな。俺はから揚げだな」

「私は昨日の夕食に出た、ポテトサラダが……」

「ふむ。これも日替わりがいいだろうか」

「うまいもんなあ。リンのつまみで飲めるなら、人が集まるんじゃねえか?」

「は?いやいやいや……」


 反省会が微妙にズレている気がする。

 ライアンにオグ、トゥイルまでが入って、好みのつまみの話になっている。

 これだから、酒飲みは困ったものだ。

 飲み屋を開くのではなく、あくまでも天幕の延長だというのに、そんなにつまみを出して、どうするのだ。

 それにチーズの燻製程度ならともかく、アイスクリームの販売量が増えそうなのに、さらに、つまみが増えたら、ブルダルー達料理人がいっぱいいっぱいだ。


「テーブルを置くのは賛成です。ヴァルスミアの大市より、天幕の前が広いですし。でも、ツマミは……」

「飲むときは、食べながらにしないと身体に悪いのだろう?」


 それは確かにリンが言った気がする。

 ライアンの覚えがよくて結構だ。


「そうですけど。……実際、日替わりつまみの用意は厳しいですよ。隣はラミントンですし、つまみになるようなものを売ってもらえば、いいじゃないですか。ほら、シー・ヘリソンとか。お客さんは選べて、ラミントンにも利益になるし」

「そうだな。タブレットや、ロクムのところも裏だし、話をしてもいいだろう」

「周囲の店にも話を通しておきましょう」

「椅子やテーブルは、離宮から出すとして、あとは、カップだが」

「木箱のことで商業ギルドに参りますので、同時に店を紹介してもらいます」

「あー、それなんだがな。グラスなら、たぶんあると思うぜ」


 オグが言った。





 翌朝も早くから、ウィスタントンの天幕は動き出した。

 昨夕に話し合ったことをもとに皆が動いており、ライアンとリンが天幕に立ち寄ると、すぐに声がかかる。

 

「ライアン様、あの、『風の石』をご確認いただけますでしょうか」

「もちろんだ。二つの風を入れるのは、難しくはなかったか?」


 風の術師見習いが、緊張してライアンの前に並ぶ。

 精霊術師ギルド長のブリーニを通して、術師に『凍り石』の注文をだした。

 寮にいる風の術師見習いも、ライアンから直接、良い経験となるので作ってみるといい、と言われ、『冬至の月夜』の祝詞をはりきって練習したようだ。

 笑顔で挨拶をしてくれたが、二人とも目が赤い。

 

「あ、クグロフさん。冷凍室、できていますね。ありがとうございます」

「はい。これで横に引いて開けられると思います」


 冷凍室と冷室用の木箱はクグロフによって分解され、ガラスの蓋を組み込んで再度組み立てられた。三枚のガラスは木箱に入れられた二本の切れ込みに沿って、スライドできるようになっている。

 これでそっと持ち上げなくても大丈夫だし、落とすことなく開閉できる。


 ハンター見習いは、学生寮の食堂からテーブルと椅子を運び出し、天幕の前に並べている。結局離宮からではなく、財産管理の部署に使用許可をもらい、学生寮のものを借りられることになった。


 

 そしてリンとライアンは、オグに連れられて、『風の広場』を超えたところにある、ガラス工房へ向かった。


「あの丸い瓶が、まだあるといいんですけど」

「いくつか並んでいたと思うし、必要なら作ってもらえるぞ」


 オグが冷凍室の蓋と一緒に見つけてきたガラス瓶は、縦長ではなく、丸くころんとした形をしており、ナナメ横から手が入って、中のものが取り出しやすい。

 クッキーやバスソルトを売るのに、とても便利だった。


 『ボーロ&ベニエ』の工房の扉は、今日もすでに開いていた。


「ボーロ、いるか?」

「おう、オグか。いるぜ。……や、や、や、これはライアン様!」


 炉の前で立ち上がった工房の主人は、大きく目を見開き、深く頭を下げた。


「ちょっと注文にな」


 オグが言うと、ボーロは慌てた。


「こちらから参りましたのに。このように暑くて、むさくるしいところへ……」

 

 そして工房の奥に向かって、ベニエ、ベニエ、早く、と、大声で呼んだ。


「ボーロ、だから、声が大きいと、いつも言って……。おや、ライアン様?!」

「そうだよ。ライアン様がいらしてるんだよ!」


 二人並ぶと、頭を下げた。


「ボーロ、冷凍室用のガラスの蓋は大変助かっている。グラスの在庫があるとオグに聞いて、来たのだが」


 ボーロとベニエが、またそろって頭を上げる。


「は、はい。ございます。今、お持ちします」


 ベニエがさっと奥へと入っていく。

 ボーロは大して汚れてもいないが、入り口近くのテーブルと椅子のホコリをさっと払い、すぐ後ろにいたオグに、こっそりと聞いた。


「おい、祝いグラスなのか?」

「そうじゃねえよ」


 ボーロは綺麗になったテーブルをすすめ、初めてライアンの陰に立つ、小さなリンに気づいた。

  

「ああ、ボーロ。紹介しよう。リンだ」

「リン、俺と同期の火の術師で、ボーロ。ここの工房主だ」

「リン様っていうと、カツサンドの?」

「ああ、そうだ。カツサンドの」


 リンがペコリと頭をさげると、変わった紹介をされている。


「カツサンド?」

「ああ、この間寮で飲んだ時に、つまみにしたんだ」

「なるほど」


 夕飯にカツサンドが届いた日があったのだろう。

 しかし「カツサンドの」と紹介されて、果たしていいものだろうか。

 ライアンと並んでテーブルに腰を下ろすと、リンは近くの棚に並んだガラス製品を、興味深げに眺めた。

 リンの目当ての丸い瓶もある。

 そこへグラスの入った木箱を抱えて、ベニエが戻ってきた。


「リン、ボーロの妻で、風の術師のベニエだ」

「ベニエ、リンだ」

「リン様っていうと、アイスクリームの?」

「ああ。アイスクリームの」


 やっぱりおかしな紹介だが、こちらもアイスクリームを食べたのだろう。

 木箱から出されたグラスは、シンプルで、スラリとしたタンブラーだが、ガラスの厚みも均一で、形も整って綺麗だ。


「これも割れにくいガラスのようだな。火と風の恩恵を感じる」

「そうなんです。ベニエが最後に力を加えると、割れにくくなるようで」

「割れにくいのでしたら、ちょうどいいですね。どのぐらい在庫がありますか?」

「百近くはあるかと思いますが」


 リンはライアンを見てうなずく。


「いいな。すべて欲しいのだが。なるべく早く、天幕へ届けてもらってもいいか」

「もちろんです」


 別のタンブラーに水を注いで、リンにすすめていたベニエが恐る恐る聞いた。


「あのう、ライアン様の木か、リン様の花をお入れしたほうが、いいでしょうか」

「ベニエは、ガラスに風の力で模様が彫り込めますので」


 カツサンドやアイスクリームのレシピを考えたのがリンだと、オグから聞いたが、それとは別に『ライアン様がご婚約になる方は、黒髪の異国の娘で、リン様』という街の噂があるのだ。

 目の前に、その人がいる。それもライアンが連れてきているのだ。

 百という大量注文といい、これはやっぱり、祝いグラスなのではないだろうか。


「天幕用なので、ウィスタントンの紋章がいいのではないでしょうか」

「そうだな。グラスの底に入れてくれ。無理をせず、できた順に天幕に届けてくれればいい。……リン、他に欲しい物があるか」

「あの丸い瓶を見せていただきます。サイズがいくつかあるみたいなので」


 リンは立ちあがって、ふくらんだ瓶が並ぶ棚に近づいた。

 他にもいろいろ、何に使うのかよくわからないものも置いてある。

 ベニエも説明のために、一歩下がってついていった。


「リンの花を刻んだボンボニエールが欲しい。五枚花弁のフォレスト・アネモネで、図案は後で届ける。それから追加で、タンブラーとワイングラスを……」


 ライアンはボーロ相手に、工房用の注文を出している。

 やはり祝いグラス用の在庫を作っておくべきだ、と、ボーロは決めた。


「あの、あれは何でしょう?」


 棚の上の方に、どうみてもガラス製品ではないものをリンは見つけた。


「これは『火時計』ですよ」


 ベニエはリンをテーブルに促すと、『火時計』をヒョイと取って、テーブルの上に置いた。

 太さのあるキャンドルのようなもので、横面に等間隔で刻みが入っている。


「この一刻(ヒトキザ)みが燃えるのに一刻、全部燃え尽きるまで三日かかります」

「『火時計』は初めて見ますね」

「時計としては、あまり実用的ではないからな」

「どうしてです?蜜蝋が高価だから?」

「サラマンダーだからだ」


 ライアンの説明は簡潔だった。


「サラマンダーの機嫌で燃焼時間が変わる。そんなものは時計としては使えぬ」

「なるほど」

「しょうがないですね。サラマンダーですから」

「ま、サラマンダーだからな」


 リンは目を瞬いた。

 ここには、サラマンダーを扱い慣れている火の術師が三人いる。

 サラマンダーだから、で、すべて理由がつくらしいが、不当な扱いに、サラマンダーは抗議しないのだろうか。


「それは、火の術師の練習用なんですよ。祝詞を勉強し始めたばかりの見習い術師は、皆これを使って、安定して燃やせるように練習するんです。サラマンダーの扱いが上手くないと、なかなか刻み通りに燃えてくれません。力を落ち着けて、集中するのにいいので、私は大仕事をする前に、今でも使っています」


 手に取ると、ずしりと重い。


「私はこれを使いませんでしたね」


 ライアンの顔を見ると、ボソリと言われた。


「リンは、最初、火打石でサラマンダーの扱いを練習しただろう」

「……そうでしたね」


 火花が飛ばない火打石は、あれもサラマンダーの機嫌が原因だった。

 分かった時に愕然としたが、サラマンダーの扱いの練習だったと言えなくもない。


「キャンドルでの練習も面白そうですけどね」

「リンにはもう必要ないと思うぞ。きっちり一刻み、一刻で燃えるはずだ」

「そうかなあ」


 ガラス工房の術師夫婦には、サラマンダーとシルフが大喜びで、ライアンとリンの周りを飛び回っているのが見えていた。

 その上、リンが棚に手を伸ばした時、袖の陰に加護石が、それも複数の石が下がっているのに気づいたのだ。

 この方は、ライアン様の隣に立つ方なのだと、噂通りなのだと、ボーロとベニエはよくわかっていた。

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