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A queue / 行列

「これはね『凍り石』っていうんだ。ほら、氷もできる」

「このアイスクリームは、冷たくて、甘い菓子だよ。他では食べられないから、試してみてよ」

「ミードがあるよ!冷えてるよ!」


 商台の近くから聞こえてくるハンター見習いの声に、リンは少しほっとしながら、自分のキャビネットから、今日の茶を選びはじめた。

 やっと見習い達の緊張が解けてきたようだ。


「夏に氷だって?ひとつ入れてくれよ」


 希望者には、シロップ・ミードやアイスティーの中に氷を加えている。

 すでに十分冷えているが、氷が珍しいのか、ほとんどの者が希望するようだ。



 朝からどこかおかしかった。

 王都の人がくるだろうと思っていたのに、貴族の館に勤める文官や使用人ばかりが、お使いにやってくる。

 最初は天幕が隣のラミントンで、顔見知りの文官が挨拶にきて、そのままライアンに『凍り石』と『温風石』の特別サイズを注文した。

 その辺りは予想していたが、それからも買いに来るのは貴族の文官に、侍従や侍女、メイドといった使用人で、長い列ができるほどになった。

 ハンター見習い達では相手ができず、文官やギルド職員、リンが総出で対応した。見習い達には、横で補充をしながら、どのように説明しているか、耳を澄ませてもらったのだ。

 お使いの目的は人によって様々だけれど、最後に嬉しそうに、アイスクリームを一つ買っていく者も多かった。

 貴族がいると、平民の客は遠慮してしまう。

 お使いの長い行列が終わった頃に、今度はその様子を眺めていた王都の人間が、いったいなにが置いてあるんだ、と、天幕に並び始めた。


 王都の住民は金銭的に余裕があるのか、売れ行きは良い。

 ウィスタントンの天幕には、美容製品や薬草茶、シロップに精霊道具など、他では見られない高級なものばかり置いてあり、どれもそれなりの価格がついているが、人の列は途切れない。

 アイスクリームもだが、それより少し安い、メレンゲクッキーや、型で抜いたクッキーなどの菓子も、春の大市より良くでているようだ。布に蜜蝋を塗ったワックスクロスに包んだクッキーを、皆、大事そうに抱えていく。


「おお、オークの葉ではないか!」


 ピンク色の花形クッキーが、かわいくて人気になるだろうとリンは思っていたが、一番人気は、葉のふちがなみなみとしている、オークの葉をかたどったクッキーだ。

 クッキー型を作る時に、シンプルなリーフ型の設計図をリンが描いたら、これでは何の木だかわからぬ、とライアンにダメ出しをくらって、オークの葉型になったものだ。

 オーティーの葉のパウダーを入れて、緑色をしたクッキーだ。


「ありがたい。ドルー様のご加護だ。これをもらおう」


 この国らしいと言うべきか、想定外というべきか、次々にそればかりが売れる。

 拝むようにして買っていくのだが、ちゃんと食べてくれるだろうか。

 食べずにそのまま持っているのではないだろうか。


『一枚食べたら、元気百倍』


 そうキャッチフレーズをつけたら、ちゃんと食べてくれて、もっと売れるかも。

 

「誇大広告はまずいかな。……あの様子だと、本当に元気がでそうだけど」


 背後から聞こえてくる声に、リンはいろいろ考えながら、お湯を沸かし始めた。

 



「リン、明日のアイスクリームは、倍量にしてもいいかもしれないぞ」


 補充用のアイスクリームを持って、奥の倉庫スペースから出てきたオグは、リンの顔を見て言った。

 アイスクリームの補充も、これで三つめだ。


 奥の冷凍室から出す時に、風の見習いが一度、シルフに頼んでかき混ぜて、柔らかくしてから表に出している。こうしてカチカチにならず、なめらかに保たれているのだ。

 アイスクリームは超のつく高級品だけれど、買えないような価格を付けるなら、大市で販売する意味がない。王都でランチが食べられるぐらいの価格に設定されたが、それが高いのか安いのか、リンにはわからなかった。『金熊亭』のランチなら、三回は食べられる。

 それでも砂糖を生産できるからこそ設定が可能な、特別価格らしい。


「初日にここまで出るとは、思いませんでしたね」

「いろいろ要望も来ているぞ」

「改善点も多いな。夕方のミーティングで、一度まとめよう」


 リンの前でお茶を待つライアンも、うなずいた。

 ライアンは商談の時以外は、衝立の陰にあるリンの応接スペースで、シムネルと契約書類をさばいている。表から顔が見えると、それだけで行列の人は増え、前に進まなくなってしまう。

 王都の住民は、ヴァルスミアのようには、ライアンの存在に慣れていない。

 これも想定外だった。


「うぉっ、グノーム、そんなとこに入ってると、凍っちまうぞ」


 アイスクリームを表の冷凍室に入れようとしたオグが、手を中に突っ込んだ。

 同時にうわっと声をあげる。


「ライアン、こいつ預かってくれ。中に入ったら溶けちまう」


 オグは片手で何かを抱き、もう一方の手で、何かを摘まみ上げている。

 リンの目の前でお茶を待っていたライアンは、ため息をつき、オグから一匹預かった。

 朝からずっと、アイスクリームを狙ってくる精霊達との戦いだ。

 特にサラマンダーはまずい。オンディーヌは怒るし、アイスクリームは溶ける。

 精霊担当はオグとライアンで、暴れる精霊をなんとかするのは、この二人にしかできない。

 見習いの面倒を見るため、ということもあるが、オグは朝から冷凍室の側を離れられないでいる。

 

「サラマンダーに注意、と書いて売らないとダメでしょうかねえ。食べる前にどんどん溶けちゃったら、まずいですよね」


 これこそ本当に想定外だ。

 まさか気温以外で溶けることを心配するとは、思ってもみなかった。


「リン、精霊達に少しあげてもいいだろうか。落ち着くだろう」


 リンは、ヴァルスミア・シロップを作った日々を思い出した。

 ローロに頼んで、試飲用のティーカップに少しアイスクリームを分けてもらい、応接のテーブルの上に置く。

 

「さ、こっちですよ」


 光のオーブがふわふわと寄ってくるのが、かわいい。

 中にはシロップの瓶の方から飛んでくる光もある。

 これで大丈夫かな、と、思ったとたんに、小さなつむじ風がテーブルの上で起こり、カップがカタカタといいだす。

 ライアンが慌てて、両手を差し出した。


「わかったから、待て。……リン、アイスクリームのカップをもう一つだ。サラマンダーが溶かしてしまうと、シルフまで怒っている」

「しょうがないですねえ。サラマンダーは悪くないんですけど」


 リンは立ちあがり、もう一つアイスクリームを持ってくる。


「はい。サラマンダーはこっち。……毎日あげますから、冷凍室の中に入ってはダメですよ」


 ライアンが手を放し、ようやくテーブルの上が静かになったようだ。 


 それでも毎日言い聞かせないとならないだろう。

 特にサラマンダーには。明日にはまた忘れて、冷凍室に飛び込む気がする。

 見習い達に、毎朝二つ、精霊用のアイスクリームを用意するようにお願いする。


 『精霊も大好き!アイスクリーム』というキャッチフレーズをつけても、これは間違いじゃないだろう、と、リンは考えていた。

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