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休憩:オグと見習い達の王都散策 2

 食堂に置かれた冷凍室の木箱の前で、オグと六人の見習い達は悩んでいた。


「中が見えないし、溶けるから外に出して飾れない。説明するしかないけど」

「甘い雪、じゃ、わかってもらえないよなあ」


 ローロの言葉に他の見習い達も考えこんだ。




 昼食の後『水の広場』に張られた天幕を見に行き、商台の上に冷凍室の木箱を据えて、トゥイルが高さを調節しているところに行き合せた。

 そこでオグとローロ以外、アイスクリームを知らないことに気づいたのである。

 ウィスタントンでの会議に見習いは出ていなかったし、船でもアイスクリームは提供されなかった。

 冷たくて、滑らかで、口の中で溶ける、風味もいろいろある夏の菓子という説明では、普通の菓子だってあまり食べることのない見習い達には良くわからない。


 オグから風の術師見習いに、緊張する飛伝の依頼が再度なされた。


「シムネルとライアン、どっちに送ってもいいから」


 選べない選択肢を渡され、術師見習いは今度はシムネルにシルフを送った。

 精霊術師ギルド長のブリーニとはまだ言葉を交わしたことがあったが、シムネルには王都へ来る船上の顔合わせで、天幕で働く見習いの一人として挨拶をしただけである。

 つむじ風にならないように意識して、賢者の側近という憧れの先輩に向かって、まっすぐにシルフを送りだした。


「『学生寮にいる風の術師見習いの、クロカンです。

 オグさんからの依頼飛伝をお届けします。

 ここにいる見習いはアイスクリームを知りません。

 大市の前に練習をしますので、アイスクリームを届けてください。

 よろしくお願い致します』」


 連絡してその夕方、離宮から夕食と一緒にバニラアイスクリームが届いた。

 アイスクリームスクープを水につけ、ローロが丸くすくって見せる。一緒に届いた円錐型のクレープコーンに盛り付けて、一人一人に差し出した。


「うわっ」

「冷てえ」


 冷凍室を開けた時に漂った冷気で、そうと分かっていたが、唇に触れた雪のような冷たさに驚いた。

 ムースよりも冷たい。


「おお、甘い……よな?」

「溶けてなくなりましたね」

「甘くした雪って、ことか?」

「雪に砂糖をかけたのか!」

「……雪みたいだけど、雪じゃないよ」


 その感想にオグはやれやれ、と、苦笑する。

 ウィスタントンの子には、確かにそれが一番わかりやすいだろう。オグにだって、どうやってできているのかわからない。

 貴族の子息である術師見習いは行儀を忘れていないが、ハンター見習いは甘いとわかって噛みつくように食べている。


「うまいか?お前たち、これを売るんだぞ」


 食べかけのクレープコーンを手に、夢中になっていた見習い達は固まった。

 そして自分たちの仕事を思い出した。

 これは確かにうまい。でも、これはなんだ、と。

 それからしばらく、こう言えばいいか、飾ればいいか、と、相談は続き、瓶のようにガラスの箱をつくって中を見せたらどうかとなった。





 翌朝早く、寮に滞在するなら親の許可を得てからにしろ、と、家に返した風の術師見習い達が、嬉しそうに荷物と共にやってきた。

 オグの知り合いがやっているガラス工房へ揃って向かう。オグと同期で精霊術学校に通った火の術師だ。

 後ろには冷凍室用の木箱を運ぶ見習いが続いている。


 そのガラス工房は『風の広場』の裏手の方にあった。

 黒い鉄でできた、ガラスを吹く人型の看板がかかっており、吹き竿の先、膨らんだガラス部分は、炉から出したばかりのように赤く色づけがされている。その下にボーロ&ベニエとあるのが、この工房主の名前だろう。

 朝早いが、工房はすでに開いていた。

 壁際の炉にはすでに火が入っているようで、戸や窓が大きく開いていても一歩入るとムワリと暑い。

 奥にはいろいろな形の作業台や、鉄の火ばさみに棒が並べられ、いかにも工房といった感じだ。

 入り口近くの棚にはガラスの瓶やグラスが並び、そこで販売もしていることがわかる。


「ボーロ、いるか?」

「おう、いるぜ」


 オグが声をかけると、壁際の炉の前でかがみこんでいた男が立ち上がった。

 背丈はオグとおなじぐらいだが、細身だ。


 オグを見て少し首をひねっていたが、誰かと気づくと破顔した。


「……なんだよ!オグか!髭はどうしちまったんだ。昔みてえじゃねえか」


 近づいてきてオグの肩をバシバシと叩き、家に続いているのか、工房の奥に向かって、ベニエ、ベニエ、と自分の妻を大声で呼ぶ。


「ボーロ、風使いは耳がいいんだ。大声を出さなくっても聞こえるよ! ……おや、お客さんかい? 失礼したね」

 

 奥から出てきてボーロの横に並んだ妻は、マントは着けていないが、風の術師のようだ。

 こちらはボーロと対照的に、小柄でふくよかな身体つきをしている。


「ハハハ、ベニエもわかんねえだろう。オグだよ」

「おやまあ。オグさんかい? 男前だったんだねえ。熊から人になったようだよ」


 目を丸くして、こちらも遠慮なくバシバシとオグを叩くのを、見習い達は笑いをこらえて見ている。

 このガラス吹きの夫婦とオグは仲がいいようで、遠慮がない。


「ああ、この熊もとうとう結婚してよ。挨拶回りに剃ったんだよ」

「なんだと? そうか! めでたいなあ。……良かったなあ、オグ」

「おや、とうとうかい。そりゃあ、おめでとう」


 報告する方も、される方も、とてもいい笑顔である。


「で、挨拶回りなのに、かみさんは連れてきていないのかい?」

「悪いな、ベニエ。次に来る時には連れてくるよ。今日は見習いと一緒でな」


 ベニエは水差しを手に持ち、すぐ前の水場に出ていく。


「じゃあ、なんだ。今度も、大賢者様の供をして来たのか?」

「いや、今度は「大」がつかない方の賢者の供だな」

「ライアン様のか! 王都にいらっしゃるのは久しぶりだよなあ」


 戻ってきたベニエが持ってきた冷凍室を作業台の上に置かせ、オグと見習いの子供達に水を配る。

 平民の家だが、いかにもガラス工房らしく木製ではないガラスのコップだ。


「炉がついているから暑いだろ?……そういえば、ライアン様もご婚約なんだって? おめでたいことは重なるねえ」

「はあ?!」


 ベニエの言葉に、オグは水を飲み損ねてむせた。

 見習い達も目を丸くしている。


「ゴホッ。なんだよ、そりゃあ。聞いたことがないぞ」

「おや、オグさんが知らないんじゃ、シルフが間違って飛ばした話かねえ」

「違うのか。じゃあ、祝いグラスも売れねえなあ」


 ベニエもボーロも残念そうに言う。

 

「祝いグラスぅ?」

「建国祭に、ご婚約の発表があるんじゃねえかって話でよ」

「ほら、賢者様の御婚約だもの。どこもお祝いに記念の品をって、こっそり準備しているんだよ」

「うちはベニエが風で模様を刻めるからな。発表があったら、ライアン様の木と相手の姫様の花を刻んだグラスにでもしようと思ったんだが」

「相手の姫様、なあ」


 オグは髭のなくなった顎をさする。

 ライアンとリンが話を聞いたら、特にリンは腰を抜かすんじゃないだろうか。


「本当にご婚約はないのか? 術師のギルドでも、ガラス吹きのギルドでも聞いたぞ?」


 ボーロはオグやその後ろに並ぶ見習いを見る。


「ん? ……うーん、ご婚約なあ。ない、と思うがなあ」


 オグの歯切れは悪く、見習い達はすいっと目をそらす。

 その反応に、まんざらない話でもないのか、と、ボーロは思った。





「あの、オグさん、ガラスの箱……」


 後ろから、ハンター見習いのひとりがオグに本来の用事を思い出させた。

 昼過ぎには離宮から家具が届くのだ。それまでに戻らなければならない。

 オグは作業台の上の木箱をポンと叩いた。


「そうだった。ボーロ、ガラスで、この木箱ぐらいの箱を作れないか?」

「けっこう大きいなあ。……縦2、横3オークか。作れねえことはないが、脆いと思うぞ」


 ボーロは箱の大きさを測りながら言う。


「お前の作るガラスでもダメか」

「うちのは割れにくいが、ガラスはガラスだ。箱にするってことは、何か入れるんだろ?ボンボニエールや宝石箱ならともかく、この大きさだと難しいなあ」


 何とかしてやりてえが、と、ボーロは腕を組んで、考えこんだ。


「ライアンが作った、冷凍室っていう新しい精霊道具でな。氷ができるぐらいまで冷える。中が見えるようにしたいんだ」

「冷える道具?『冷し石』と違うのかい」


 新しい精霊道具に興味があるのか、ベニエも寄ってくる。


「発表前だから石はまだ入れてないぞ。『冷し石』よりもっと冷える。温度の樹脂だと水色から青だ」

「そりゃあ……。厳しいな。より脆くなるかもしれん」

「上の蓋だけガラスじゃだめかねえ。ボーロ、それならいけそうじゃないかい? 中も見えるだろ?」

「そうだなあ」


 中に何をいれるのか、開ける頻度はどのぐらいか、誰が使うのか、と、ボーロは質問を繰り返し、最後には、うん、とうなずいた。


「一枚板だと重くて、脆くて、扱いも厳しいだろ。縦2、横1オークの大きさで、三枚並べたらいいんじゃねえか」


 必要な分だけを開ければ、冷気も逃げにくい、と、ボーロは絵を描いた。


「いいな」


 オグが賛成した。

 見習い達の「中を見せる」という案がうまくいきそうだ。


「その大きさなら簡単だ。船窓と変わらねえからな。……危ないから、ちょっと下がっていてくれよ」


 見習い達を後ろに下がらせ、ボーロは炉の横にかがみこんだ。


「ベニエ、2x1のを三つだ。……サラマンダー、カレファク(熱くだ)ペルセーヴァ(そのまま維持)


 ボーロはベニエが出してきた円筒状のガラスを鉄の火ばさみで挟むと、炉に突っ込んだ。

 ハンター見習いは目の前で精霊術が使われ、ボーロの指示通りに火が動くのに目を丸くし、術師見習いは実際に術が使われる場を、注意深く真剣に見ている。

 火のある場所では特に風使いは気を付けなければならない。どんな事故も起こしてはならないからだ。

 ベニエはボーロの隣に立ち、緊張する自分の後輩の様子を微笑ましく眺めた。

 

 次に炉からガラスが出された時には、すでに一枚の板状になっていた。


「ベニエ頼む」

「あいよ」


 ベニエが風でガラスを冷やしていく。同時にガラスの角を丸めているようだ。


「シルフのこの作業で割れにくいガラスになるらしい。……オグ、いいぞ」


 炉と見習い達の間で、木箱の蓋を外していたオグが、見習い達を手招きする。

 一枚目のガラス板を木箱の上に置いた。真っすぐとはいっても、どうしても木箱との間に隙間が開き、ガタガタとしてしまう。


「心配しなくていいよ。木箱と同じように、合わせに樹脂を塗れば、ぴたっとするからね」


 ボーロはすぐに二つ目を加熱し始め、ベニエはガラスの縁に樹脂を塗っていく。


「取っ手をつけたらどうだ?こう開けて、真ん中の板に載せれば使いやすいだろ?」


 オグが見習いに聞くと、実際に使う時を想像したのかコクコクとうなずいた。


「ボーロ、取っ手をつくったら溶接できるか?」

「かまわねえよ。オグがつくるのか?」

「ああ。時間がねえからな。ガラスも石だからグノームに頼むさ」


 オグは紙をもらい、土の設計図を描き始めた。

 自分の手や見習いの手を見ながら、サイズも書き込む。


「三分の一オークと六エーコンぐらいがちょうどいいか。……よし、ボーロ、このぐらいの長さのガラス棒を熱くしてもらえるか?」


 ボーロが言われた通りのガラス棒を炉で熱して、取り出した。

 オグは土の石を握り込み、作業台に置いた設計図をトン、と、指し示した。


「グノーム、オブセクロ。パラーレ(準備だ)。……フォルマーレ(成形)


 ぐにゃりとガラス棒が曲がり、木の蔓と葉をモチーフとした装飾が美しい取っ手が出来上がった。


「オグさん、見事だねえ」

「かーっ、これだから土使いって奴はよお。簡単にこんなものを作っちまえるんだからなあ」


 ベニエはその繊細な模様に感嘆し、ボーロは悔しそうに、でも笑いながら言う。


「これが美しいのは、土使いだからじゃねえ。俺の審美眼と設計の腕だろうが。グノームには感謝しているが」

「かなわねえな、オグ」

「じゃあ、これを二枚に取り付けてくれ。夕方、学生寮まで配達を頼めるか?」

「学生寮? あそこにいるのか?」


 ボーロもベニエも学生時代に住んだ、懐かしい寮だ。


「ああ。俺の部屋は火のカチーレ先生の部屋だよ。久しぶりにあの食堂で飲もうぜ。実際の『冷凍室』を見せてやるよ」

「いいな」


 寮の監督術師で怖いと有名だった懐かしい先生の名前を、ボーロは久しぶりに聞いた。

 この先生の目を盗んで寮に忍びこむのが、オグはうまかった。

 もう大人で、食堂で堂々と飲んでも火の玉は飛んでこない。

 オグとボーロは、顔を見合わせて笑った。


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